第15話 スライム

 僕はしばらく人形を観察しているセリアを眺めていたが、ソルの魔法によって水が踊り始める。


〈おい、さっさとスライムを創れ〉


 珍しくセリアが感情を表に出してるんだから、もう少し見させてくれたっていいのに……


「はぁ……わかったよ。セリア、今からスライムを創るんだ。だから念のため少し離れててくれないかな?」


 セリアはこくんと頷いた後にトタトタと走って距離をとった。

 スライムを創るっていうのがどういうことか気になるだろうに、セリアは素直だね。


〈それで、考えってのはなんなんだ?〉

「それは今からわかるよ」


 僕は体内にある魔力に集中する。そして魔力を右手と左手・・・・・に集める。その際魔力量が同じになるように注意する。そして右手の魔力を火属性、左手の魔力を風属性に変換する。


〈まさか、二属性でスライムを創るつもりか!?〉

「そうだよ。一つの属性のスライムが弱いなら二属性の魔力で創ればいいと思ったんだ。魔法だって二属性使えば強力になったし」

〈なるほどな、それなら強いスライムが出来るかもしれねぇ……面白そうだ、オレも力を貸してやる〉


 水がそう描ききったあと、体内の魔力が勝手に集まり、火と風属性以外の七属性に変化したのがわかった。


〈これでお前が無属性の魔力を注げば全属性、十種類の属性でスライムが創れるわけだ〉

「全属性! 凄いスライムが出来そうだね!」

〈あぁ、かもな。さっさとやるぞ、流石のオレでも七属性の魔力の維持はキツイ〉

「うん、わかった。いくよ!」


 僕は一気に両手の魔力を放出する。ソルも僕の掛け声に合わせて魔力を放出していた。放出した魔力が散らないように魔力を必死に制御する。結構な魔力を使ったからか、制御に結構神経をつかう。

 そのまま一分ほど耐えていると魔力が僕の制御を離れグルグルと渦を巻き出した。多分、魔力が融合しているんだろう。


「で、できたのかな?」

〈どうだろうな。初めての試みだ。何が起きるかはわかんねぇ〉


 固唾を呑んで魔力の動きを見守る事数分、ようやく魔力が落ち着きを見せた。

 そしてその魔力の中から現れたのは――


「……」

〈……〉


 ――何の変哲もないただのスライムだった。


「えーと……普通のスライム?」

〈みたいだな……〉


 そのスライムは家の魔物図鑑で見たことがあるスライムと全く一緒だった。水色で、ボールのように丸い体が重力で少し潰れている。そのボールのような体の表面はつるんとしていて、太陽の光を反射している。そしてぷるぷると震えているさまはどこか愛嬌があった。


 そのスライムにセリアが近づき、恐る恐る指でつつく。するとスライムはその体を伸ばし、指にまとわりつく。どうやらじゃれているみたいだ。

 セリアはスライムを抱き抱え、僕の方に歩いてくる。


「成功……?」


 セリアがこてんと首を傾げる。


「そうだね、スライムを創るってところは成功なんだけど……」


 全属性使って創ったにしては普通なんだよね……


〈見た目は普通でもなにか能力なんかがあるかもしれねぇじゃねぇか〉

「そうだね。ねぇ君、なにか出来ることはあるかな?」


 僕がセリアの腕の中のスライムに話し掛けると、スライムはセリアの腕から飛び出した。そして空に向かって火を吹いた。


「おぉ、火の魔法がつかえるんだ!」


 僕がそう言うと、スライムはそれだけじゃないと言いたげに他の魔法を使い始めた。水、氷、風、土、雷、光、闇と次々に魔法を放ち、最後はセリア腕の中に転移した。


「凄いよ! 全属性の魔法が使えるんだね!」

〈しかもなかなかの威力だったぞ〉


 僕達がそう褒めあげると、セリアはスライムの頭?を撫でた。するとスライムから嬉しいという気持ちが伝わってくる。


「あれ? 今のは?」

〈お前の魔力で創った魔物だからな。意思がある程度伝わってくるんだよ。お前と魂が融合してるせいか、俺にも伝わってきてる〉

「なるほど、便利だね」


 僕とソルが話していると、再びスライムから意思が伝わってきた。


「えーと、もしかして名前が欲しいって言ってる?」


 スライムは肯定するように体を上下に振る。


「そっか。名前が無いと不便だよね。んー名前か……ソル、何かいい案ある?」

〈融合魔法の応用で創ったんだから、そこからとるってのはどうだ?〉

「そうなると、融合、融合……」


 融合、と言われて脳裏に浮かんだのは、ボールを七つ集めるあの超有名アニメだった。


「フュージョンからとって、フューってのはどうかな? たしかフュージョンには溶解って意味もあったし酸で獲物を溶かすスライムにはぴったりだと思うんだ」

〈フューか、まぁいいんじゃねぇか?〉

「フュー……ん、いい……」


 ソルとセリアの賛同も得られたようだし、フューで決定だね。


「よし、君は今日からフューだ。よろしくね、フュー」

 フューは激しくぷるぷると震える。喜んでいる伝わってくる意思でも、その行動でもよくわかる。


「よし、それじゃあ今日の特訓始めようか!」


 と言っても僕の魔力はフューを創るのに半分弱使ってしまった。指輪の制限があるから昨日と同じ、あまり魔力を使わない制御の練習しかできない。


「せっかく外で練習出来るんだし、他の事がしたいよね……そうだ! フューに戦い方を教えるってのはどうかな!?」


 戦うスライムってのも見てみたい。あれだけ魔力を注いで創ったんだ。もしかしたら近接戦闘もいけるかもしれないし。


〈スライムに戦い方を教える……か。聞いたことねぇが面白そうだな〉

「でしょ! その間ソルはセリアに魔法を教えてあげてね」

〈めんどくせぇが約束だからな、やってやるよ〉


 その後、セリアとフューは並んで特訓をしていた。こうすることでセリアとフューの両方が僕の視界に入るからだ。見えなきゃ適切な指導なんてできないもんね。


〈もっと魔法に集中しろ。まだまだ魔力の無駄が多い〉

「重心の移動をなめらかに! もっと素早く動いて!」


 フューに指示を飛ばしながら、意識をセリアの方に向けると、セリアは巨大な氷を宙に浮かせていた。おそらくあの氷を空中で静止しさせ、そのままの状態を維持する練習をしているんだろう。

 セリアの額に浮かぶ汗から、その大変さがうかがい知れる。


 気がつくと太陽が高く登っていた。セリアも結構疲れてるみたいだし、そろそろかな。


「もうお昼だし、休憩にしようよ。母さんがまたお昼ご飯作ってくれたんだ」


 そう言って僕は土人形の近くに置いておいた昼食をとってくる。母さんが作ってくれた昼食はクレープだった。クレープと言ってもデザートに食べるようなクリームたっぷりのクレープではない。様々な野菜やお肉、チーズなんかが入っている食事としてのクレープだ。


「うわぁ、凄いね。クレープかぁ、だから母さんは揺らさないように注意しなさいって言ってたんだね」

「くれーぷ……」


 セリアはクレープという言葉を初めて聞くのか、少したどたどしく言う。相変わらずの無表情だが、クレープを見つめるその目には食べたいというオーラが宿っている気がした。


「それじゃあ一緒に食べよっか」


 僕はそう言いながら昨日ソルに作ってもらった石で出来た椅子に腰掛ける。


「いいの……?」


 セリアが聞いているのは、自分もクレープを食べていいのか、という事だろう。


「うん、もちろんだよ。母さん、セリアに食べてもらうために頑張ってたんだから」

「うれしい……」


 セリアはいそいそと僕の隣に座った。僕はそれを確認すると、チーズがかかったソーセージとレタスが入っているクレープに手を伸ばす。


「ん〜おいしい!」


 ソーセージの肉汁とチーズのこってり感をレタスが絶妙に中和し、それらをほんのりと甘い生地が包み込む。レタスのシャキシャキ感と生地のふんわり感もマッチしており、口の中が幸せだ。


「おいしい……」


 セリアが食べているのは村ではなかなか手に入りにくい海産物であるツナをマヨネーズであえた、いわゆるツナマヨとレタスが入っているクレープだ。贅沢品であるツナをたっぷりと使った一品である。

 あぁそうそう、この世界ではマヨネーズやソーセージ、クレープといった異世界に無さそうなものも何故か広まっている。もしかしたら僕のような転生者か、転移者なんかがいたんじゃないかと睨んでいる。


「でも今はそんな事より……」


 僕は新たなクレープを手に取る。チラリとセリアの方を見てみると既に二個目を食べ終えていた。両手でしっかりとクレープを持ち、はむはむと必死に食べていた。

 よっぽど美味しかったんだね……母さんに伝えたらきっと喜ぶだろうな。


 僕達は次々とクレープを平らげていく。最後のクレープは生クリームをたっぷりと使い、更に果物で彩りが加えられている、デザートのクレープだった。

 最初見た時は食事用のクレープばかりで、デザートのクレープはないと思っていたが隠れていただけで、実際にはあったみたいだ。

 僕達はそのデザートのクレープをたっぷり堪能した。甘いクリームと少し酸っぱい果実のコンビは最強だった。


「ふぅ、美味しかったね」

「ん……おいしかった……」


 セリアも今回は量に満足してくれたようだ。まぁ、僕の二倍くらい食べてたからね。

 そんな事を考えていると、セリアがじっとこちらを見ていることに気がつく。


「どうかした?」


 するとセリアは身を乗り出し、僕のほっぺたをなぞった。僕の頬をなぞったセリアの指を見るとクリームが少し付いている。そしてセリアはその指をパクッとくわえると――


「ん、甘い……」


 と呟いた。

 僕は熱くなる顔を誤魔化すため、少し下を向く。


「あ、ありがとう」


 あぁ、しばらくセリアの顔見れないな……

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