第14話 お礼
「ただいまー」
僕はそう言いながら玄関の扉を開ける。すると母さんは晩御飯を作っているところだった。
「あら、おかえり〜サンドイッチどうだった〜?」
「おいししかったよ! ともだちもおいしいって言ってた!」
僕はセリアがサンドイッチを食べていた様子を伝える。普通の五歳児らしさを出す為に、わざとたどたどしく言うことも忘れない。
「そう、よかったわ〜セリアちゃんっていうのね。その子がたくさん食べるなら明日はもっといっぱい作らなきゃね〜」
母さんは風魔法で野菜を切りながら、本当に嬉しそうに言った。僕からは背中しか見えていないが、雰囲気からも楽しそうなのが伝わってくる。
「うん! ありがと!」
「それにしても初めてのお友達が女の子ね〜ソーマちゃんもやるじゃな〜い」
「そんなんじゃないよ!」
「ふふ〜じゃあそういうことにしときましょうか〜」
母さんは野菜を魔法で浮かせて鍋に入れ、中身をかき混ぜながら上品に笑う。
「もぉ! おかーさんったら!」
「ふふ〜からかいすぎちゃったかしら〜それでセリアちゃんってどんな子なの〜?」
「んーとね! あんまりしゃべらない子だよ。あとね、キレイなぎんのかみなんだ!」
僕はセリアの長い銀髪を思い浮かべながら答える。すると母さんは一瞬体を硬直させた。
「そう、銀髪の子なのね」
母さんは少し黙ってから僕の方を振り返る。
「ソーマちゃん、その子とちゃんと仲良くするのよ〜」
「うん! もちろんだよ!」
僕は何もわかっていない風を装いながら、頭の中で考える。
どうして母さんは銀髪の子、という所で変な反応をしたんだろう。そういえば村ではセリア以外で銀髪の人を見かけたことがないね。だからセリアが誰の事を指すのかわかったのかな? 母さんはセリアの事をしっているのかな?
でも名前は知らなかったみたいだし……それに何か嫌な事を思い出していたみたいだった……セリアに何があるんだろう。
そこまで考えて僕はそれ以上の思考をやめることにした。あまり深く立ち入っちゃダメだ。
その後しばらくして父さんが帰ってきて、皆でご飯を食べたが、嫌な事を思い出したせいかその日の晩御飯はあまり味を感じなかった。
お風呂に入った後、自室に戻った僕はソルと会話を始めた。寝る前にソルと話すのは恒例になってきている。
『なんかあったのかよ、ずっと上の空だったじゃねぇか』
「あれ? 心配してくれてるの? 意外だなーソルが心配してくれるなんて。でも何でもないよ、大丈夫」
『……チッ。そうかよ、だったらボサッとしてんじゃねぇよ』
ソルの苛立たしげな声が頭に響き、僕は少し申し訳なく思う。
「ごめんごめん。それよりさ、明日は従魔を創ろうと思うんだ」
『あぁ? 従魔を創る?……スライムのことか?』
僕の下手くそな話題転換に、ソルは乗ってくれるようだ。
「うん、そうだよ。スライムは高濃度の魔力から生まれてくるから、魔力を一箇所に放出するとスライムができるんだよね」
魔物の繁殖方法と他の動物の繁殖方法には大きな違いは無い。だが、スライムだけは例外で、高濃度の魔力さえあれば勝手に生まれてくるのだ。
『なんであんなもんを創ろうとするんだ? 人工スライムなんて役に立たねぇだろ』
ソルの言う通り、人が創るスライムというのは本当に役に立たない。弱いし、特別な力を持っている訳でもなく、いい所がない。しいていえば餌は魔力だけでいいので手軽に飼えることくらいだ。
「でも、属性付きの魔力で創れば強いスライムになるんでしょ?」
人工スライムは弱い。だが、『魔道の極め方』にはその対策法が書いてあった。放出する魔力に属性をつければいいのだ。そうすれば出来るスライムの性能も上がるし、何より使った属性の魔法を使うことができるようになる。
『なるほどな、だがそれでもせいぜいFランクくらいにしかならねぇだろ。お前の馬鹿みてぇな魔力をつぎ込めばマシにはなるかもしれねぇが、それでも弱い』
「うん、わかってるよ。だから少し考えがあるんだ」
『あぁ? 考えだと? 何をするつもりだ』
ソルが興味を持ったのがわかった。だから僕は――
「それは明日のお楽しみ、だよ」
と言ってやるのだった。
その後に聞こえてきたソルの文句を無視し、僕は眠りについた。
『――きろ! さっさと起きやがれ!』
「ふわぁ。どうしたの? そる」
ソルの怒鳴り声で起こされた僕は、寝起きだから呂律の回らない口でソルに理由を問う。今までこんな起こされ方したこと無かったのにどうしたんだろう。
『さっさとスライム創りに行くぞ! お前が明日のお楽しみとか言いやがって何するつもりか教えねぇから、お前が寝てる間ずっと考えちまってたんだよ! 気になってしょうがねぇ!』
「寝てる間ずっとって、どんだけ気になってたのさ……」
でもそれなら流石に悪いことしちゃったかもね。
『魂だけの状態だと眠ることも出来ねぇからな。無駄な事を考えすぎちまうのが難点なんだよ』
そっか、寝る必要が無いってそういうデメリットもあるんだね。
『それに、魔法関連でお前なんかに負けたくねぇってのもある』
まぁ、スライムは魔力で創るわけだし、魔法関連と言えなくはないかな? というかソルって意外と負けず嫌いなんだね。
「勝ち負けっていうか、ただ思いついただけだよ?」
『お前が思いついてオレが思いつかないってのが嫌なんだよ。てか、そんなのはどうでもいいからさっさと行くぞ!』
「そんなこと言われても、行くのは朝ごはん食べてからじゃないと……」
『チッ。だったら食べたらすぐに行くからな』
「わかったわかった。じゃあ今から準備しとこうか」
そう言って僕は着替えようとする。服を取りいこうとした時、昨晩机の上に置いておいた氷の人形が目に入る。
「あれ? あの人形溶けてないね。魔法で作ったからかな?」
『ちげぇよ。俺が溶けないように魔法をかけ――なんでもねぇ』
「へぇー? ソルが魔法をかけてくれてたんだね。ソルって口調は乱暴だけど、本当は優しいんだねー?」
ソルが口をすべらせ、珍しく焦っていたみたいなので、少しからかってみる。
『そんなんじゃねぇよ! ただの気まぐれだ!』
「うんうん、そういうことにしておけばいいんだね」
僕、昨日の母さんと同じような事を言ってるなぁ。
「まぁ、気まぐれでもなんにしても――ありがとね」
セリアからこの人形を貰った時は嬉しかったんだ。その人形が溶けてしまってたらきっと僕は悲しんでいたのだろう。だからソルにはしっかりお礼を言わなくちゃね。
『なんだよ気持ち悪ぃな。そんなのいいからさっさと準備しろ』
「りょーかい」
適当に返事をし、今度こそ用意を始める。丁度用意が終わった頃、母さんが僕を呼ぶ声が聞こえた。
「ソーマちゃ〜ん。ご飯よ〜」
「はーい! いまいくよー」
僕は小走りでリビングに向かった。リビングには既に母さんと父さんが座っていた。
「あら〜ソーマちゃん。今日は早いのね〜」
この身体になってからどうにも朝が苦手で、いつもは母さんに起こされている。
「うん! 今日ははやくおきれたんだ!」
『相変わらずその気色わりぃガキのフリは慣れねぇな』
ソルの言葉は無視しつつ、適当にごまかす。まさかソルに起こされたとは言えないしね。
「おぉ、偉いじゃないかソーマ」
父さんは僕の頭をワシワシとする。しばらく父さんに撫でられた後、僕は父さんお手製の子供椅子に座った。
「それじゃあ朝ご飯を食べましょうね〜」
母さんのその言葉を合図に僕達は朝食を食べ始める
「ソーマちゃんは今日もセリアちゃんと遊びに行くのかな〜?」
「そうだよー」
僕は焼き立てのパンをモシャモシャしながら答える。
「おっ、セリアってもしかして女の子か? やるじゃないかソーマ。そのセリアって子とは何して遊んでるんだ?」
父さんの質問に一瞬固まる僕だったが、なんとか答えられた。前もって答えを用意しておくんだった。何してるかなんて絶対聞かれることなのに……
「お、お人形を作ったりしてるんだ!」
うん、嘘ではないよね。魔法で作ったって所を言ってないだけで。
『詐欺師みてぇだな』
(うるさいな! 本当のことは言えないんだから仕方ないでしょ!?)
ソルの詐欺師、という言葉に文句を言いつつも内心少し落ち込む僕。ずっと父さんと母さんを騙してるのも事実だしね……
「へぇー人形を作ってるのか。でもソーマは冒険者に成りたいんだろ? だったら体も鍛えなきゃダメだぞ? そうだ、俺が鍛えてやろう。そうだな、それが良い」
「あなた〜? ソーマはまだ五歳なんだから好きにさせてあげましょ〜? 自分の子どもを自分で鍛えたいっていうのもわかるけど〜押し付けはダメよ〜」
父さんは、母さんのたしなめの言葉にしゅんとする。息子との特訓とかに憧れてたりしたんだろうなぁ。
その後も他愛ない会話を続けつつ、朝食に舌鼓を打つ。
朝食を食べ終わるとソルが急かしてくるので、手早く食器を片付ける。出掛けようとすると母さんが昼食を渡してくれた。昨日よりも重いそれは母さんが早起きして作ってくれたのだろう。僕は母さんにお礼を言ってから家を出た。
いつもの場所に着くと既にセリアが来ていた。セリアは昨日と同じ白いワンピースを着て昨日と同じ様にソルが作った土人形を眺めていたので、まるで昨日に戻ったかのような感覚だった。
「おはよう、セリア」
僕は後ろからセリアに声をかける。するとセリアは僕の方を振り返り口を開く。
「ん……おはよ……」
「ほら、ソルもちゃんと挨拶!」
『チッめんどくせぇな』
ソルはそう愚痴りながら水の魔法を発動させる。
〈よう〉
文字はセリアの方を向いていたので、僕からは文字が裏になり読みにくかったが、短かったお陰で読み取れた。
「短すぎるよ! まぁいいや。セリア、これあげるよ。昨日の人形のお礼」
僕はそう言って粘土でできた人形を差し出す。昨日の晩に作っておいたのだ。魔法で綺麗な人形を作るのは無理だったので土魔法で粘土を生み出し、自分の手で成形した。
これまた土魔法を使ってヘラなどの用具まで創り出して作った人形で、結構な自信作だ。
「これ……私……?」
セリアは人形を受け取った後、その人形を見て首をかしげた。
「そうだよ。セリアをモデルにして作ったんだ」
「嬉しい…………ありがと」
セリアは人形をそっと胸に抱き、本の少しはにかみながらそう言った。
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