第61話 初めてのお酒

 祝杯をあげると言っても、宿屋の部屋で静かにお酒を楽しむことになった。

 僕達はまだお酒を飲んだことがないからペースがわからず酔いつぶれてしまうかもしれないし、酒場だと酔っぱらいがセリアに絡んできそうだったからだ。


 酔っぱらいにどうにかされるほど弱いつもりは無いが、それでも面倒にはなるだろう。せっかくの祝杯なのだから邪魔されることなく楽しみたい。


 そんなわけで、僕達は宿屋の中に酒を持ち込んでいた。かなり稼げたので少し奮発して少し高いワインを買った。銀貨が三枚も飛んでいってしまったが、初のお酒なのだ。そのくらいはかまわないだろう。


 何故ワインにしたかというと、僕もセリアも初めてのお酒なので飲みやすいものがいいと思ったからだ。

 ワインなら苦かったり辛かったりすることもないだろうから、初心者向けだと思った。


 あ、ちなみに薬草採取の報酬は二人で均等に分けることにした。セリアも個人的に欲しい物があるかもしれないし、お金の管理をすべて僕がするのはおかしいだろう。


 フューも活躍したので報酬を渡してみると、そのお金で何かを買うつもりなのかどこかに行ってしまってまだ帰ってきていない。


 一緒に祝杯をあげられないのは残念だが、フューが急に居なくなるのはよくある事だ。フューのことは置いておくことにした。


「じゃあ早速ワインを開けてみようか」

「ん、賛成」

〈ワインはあまり好きじゃねぇんだがな。ま、たまにはいいか〉


 せっかくだからと買ってきたワイングラスにワインを注いでいく。ワイングラスといっても現代の透き通ったものではないが、貴族用として美しい装飾が施されているためワインの雰囲気を壊すことはないだろう。


 赤の液体を注ぐことで、グラスがうっすらと紅に色づく。


「じゃあ、初依頼成功を祝って、乾杯!」


 グラスを合わせ、チンと甲高い音を鳴らせる。

 うーん、祝杯としてワインは失敗だったかもね。ワインって静かに飲むイメージだし、お祝いの席で騒ぐってのとは違うかも。

 少し後悔した僕だったが、その考えはセリアを見て吹き飛ぶ。


 セリアはワイングラスを繊細な手つきで持つと、香りを楽しむように優雅に揺らした。そして口をつけて少しだけ傾ける。血のように赤いワインが、ゆっくりと流し込まれる。


 それは、セリアの持つ人間離れした美貌と雰囲気に見事にマッチしていた。非常に様になっていたのだ。


 セリアには、騒いで飲むお酒よりこういうしっとりと飲むワインなんかの方が似合っているかも。


「ん、美味しい」


 セリアが少しだけうっとりとしたように零す。よほど気に入ったのだろう。母さん渾身のお菓子を食べた時と同じ顔だ。

 セリアがそこまで言うワインが気になり、僕も一口飲んでみる。


 葡萄の香りが口いっぱいに広がり、後から滑らかな舌触りとともにアルコールがすっと通り抜ける。葡萄の甘味の中の微かな酸味が、よりいっそう味に深みを持たせている。

 後味もくどくなく、非常に飲みやすいワインだ。


「本当だ。美味しい」

〈悪くねぇな。こいつは当たりだ〉


 窓から見える二つの月を肴に、何杯かワインを飲んでいると、アルコールで体が熱くなってくる。毒に対する耐性はつけたつもりだったが、アルコールへの耐性は無いようだ。


「おぉ、これが酔うって感覚なのかな」

〈まだまだ序の口ってところだな。もっと思考が回らなくなってくるぜ〉

「そこまで酔いたくはないね。ほろ酔いくらいを楽しむのが丁度いいかも」

〈なんだよ、朝まで飲み明かすんじゃあねぇのか〉

「流石にそんなつもりは無いよ。酒は飲んでも呑まれるなって言うしね」


 セリアの方を見てみるといつも通りの無表情でワインを楽しんでいた。口元が少し緩んでいるので、楽しんでいるのは間違いないが、酔っている様子はない。


 セリアはまたグラスに白い酒を注ぎ、口に運んで――ん? 白いお酒? 買ったのは赤ワインだけのだけど。


「せ、セリア。そのお酒は?」

「酒場で買った。ソーマも飲む?」

「じゃあ少しだけ」


 そう言ってセリアにそのお酒を注いでもらう。それを飲もうとすると、強いアルコールの匂いに顔をしかめる。

 匂いはきついけど、セリアが平気そうに飲んでいるんだし、度数はそんなに高くないはず。

 そう思って一気にその酒を飲み干すと、全身が燃えるように熱くなり、視界が一瞬赤に染まる。


「ゲホッ。せ、セリア、このお酒強すぎないかな」

「そう? 平気」


 あまりのアルコールの強さにむせる僕を、首を傾げながら見るセリア。その手には今飲んだ酒がなみなみと注がれたグラスがある。

 セリアはお酒に強いのかな。この度数のお酒を平気そうに飲むなんて。


〈酒はやっぱりこのくらいじゃねぇとな。だがソーマ、お前酒に弱すぎねぇか? このくらいの酒でだらしねぇ。お前の体じゃ長く酒が楽しめねぇじゃねぇか〉

「そんな事言われても、お酒を飲むのは初めてなんだし……」


 そう言いかけて同じくお酒初体験のセリアを見る。セリアは再びグラスに注いだお酒を一息に飲み干していた。


「本当にお酒に強いんだね、セリア。それだけ飲んでも平気そうなんて――」

「平気、美味しいからいつまででも飲める」

「それは凄いね――って、セリア、そこの空き瓶は何?」


 僕はセリアの足元に転がる五、六本の空き瓶を指さす。


「? お酒の空き瓶」

「これ全部飲んだの?」

「美味しかった。ソーマも飲みたかった?」

〈へぇ、セリアは少しは飲めるみてぇだな〉


 明らかに一人が、それも女の子が飲む量じゃないと思うんだけどな。お酒は亜空間から取り出したとして、いつの間に飲んだんだろう。


「いや、大丈夫。僕は結構酔ってきたし、そろそろ飲むのをやめるよ」

「そう? 残念。……ソル、少しいい?」

〈ったく、仕方ねぇな。せいぜい頑張れよ〉

「なんのこと? どうし――」


 僕が言い終わる前に、ソルはリンクを切ってしまった。


「どういうつもりなんだ? セリア、ソルが急に感覚の共有を切ったみたいなんだけど、どうしてがわかる?」

「わからない。それよりこっちに来て」


 ベッドに移動したセリアが、グラス片手に僕を呼ぶ。


「なんでわざわざ移動したの?」


 ベッドに腰掛けるセリアの隣に座ると、セリアの意図を尋ねる。

 セリアはそれには答えず、僕の肩に頭を預けた。甘い匂いがふわりと香り、綺麗な銀の髪が僕の首元をくすぐる。


「せ、セリア!?」


 僕の驚いた顔を見て、セリアはくすっと笑う。ただでさえ、セリアの密着によって早い鼓動を刻む心臓が、セリアの滅多に見せない笑顔と、その不思議な色気に飛び出そうになる。


「もしかして、酔ってるの?」

「そうみたい」


 そ、そうか、やっぱり酔ってるのか。酔ってるからこんなことをしたんだね。セリアは酔うと人に甘えてしまう体質なのかな。

 セリアには他の人の前でお酒を飲ませちゃいけないね。他の男がこんな事されたら勘違いするだろうし。誰彼構わずくっつくのは問題だしね。


 そんなことを考えていると、セリアが少し不機嫌な顔をした。アルコールのせいか、いつもより表情豊かだ。


「どうしたの?」

「ソーマ、勘違いしてる」

「勘違いなんてしてないよ。酔ってるからこんなことしてるだけなんでしょ? 大丈夫、わかってるから」


 僕がそう言うと、セリアはますます不機嫌な顔になる。


「わかってない」


 セリアが何を言いたいのかわからず、苦笑していると隣から小さな寝息が聞こえてきた。


「……寝ちゃったのか」


 今日は馬車の旅の後、冒険者ギルドに行って、その後馬に乗って初依頼を達成して――とかなり色々あったもんね。きっと疲れてたんだろう。


 僕はセリアをそっとベッドに寝かせ、布団をかけてあげる。

 セリアが当然のごとく二人部屋を指定してきたので、僕も同じベッドで寝るしかなく、セリアの隣に潜り込む。


 今日もまた緊張で眠れないかと思ったが、疲れのせいか、お酒のおかげか、ぐっすりと眠ることが出来た。

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