第60話 薬草採取
ギルドを出ると、辺りは夕焼けに染まっていた。橙色の光が街を行く人々を照らし出す。
「今から薬草採取に行ってたら夜になるね」
『こんな時間から依頼に行くやつはまずいねぇだろうな』
薬草の群生地は、町からそれなりに離れたところらしいので、薬草を見つけて帰ってくる頃にはすっかり日が沈んでいることだろう。
「じゃあ、ちょっと急ごうか」
「わかった。飛ぶ?」
「それはちょっと目立ちすぎるね」
僕達は手早く薬草採取に必要なものを買ったあと、移動手段について話していた。あまり目立つのも面倒ごとが起きそうで、好ましくない。
町から出てしばらく歩いたあと、僕は頭の上のフューに話しかける。
「フュー、ノワールホースに変身してくれる?」
フューは頭の上からジャンプし、無駄に三回転を決めたあと変身した。
「じゃあフューに乗って行こうか」
「馬に乗ったこと、ない」
「大丈夫だよ。僕にしっかり掴まっててくれればいいから」
〈あぁん? お前は乗ったことあるのか?〉
人目がないので、ソルが魔法を使って文字を描き出す。
「乗馬は前世でやったことがあるんだよ。必要だとは思えないけど、父さんに仕込まれてさ」
車が通れないようなところの移動には、馬がいい。そう言って父さんは僕に乗馬を教えた。その技能が活用されることは無かったが、異世界でならば活躍の場があるようだ。
「ソーマ、すごい」
〈無駄に多才だな〉
ソルの無駄、という言葉を否定出来ずに苦笑しながら、フューに跨る。鞍無しで乗るのは流石に初めてだが、フューはこちらの言うことをきちんと理解して聞いてくれるし、人並みに知能が高いので大丈夫だろう。
セリアの手をとり、フューの上に引き上げる。セリアは身体強化魔法を使って、ジャンプして飛び乗ったのであまり意味がなかったかもしれないが。
『ったく、考え無しだな、お前は。リンク切るぞ』
ソルが何故か僕にだけ話しかけ、感覚の共有を切った。といっても全てではなく、触覚の共有だけを切ったようだ。
リンク、というのは感覚の共有の事だ。一度使ってみたところ、ソルが気に入って以降ずっと使い続けている。
呼びやすいし、僕もそうしようかなと思っている。
「ソル? どうして――」
その答えはすぐあとに得られた。しっかり掴まれという僕の言葉通りセリアが抱きついてきたのだ。当然、背中に柔らかな感触が生まれる。
ソルはこうなるのがわかってて逃げたのか……!
『普通は二人乗りするとき、慣れてないやつを前に乗せるもんなんだがな。わざわざ後ろに乗せるってことは、ねらってたんじゃねぇのか?』
ソルが念話でからかうように言う。
馬は後ろの方が揺れるので、初心者は前に乗った方がいい。なのに僕がセリアを後ろに乗せたのは、ソルが言うような理由なんかじゃない。
(掴まる対象がいた方が安心かなって思っただけだよ! 振動もセリアなら魔法があるから大丈夫だろうし)
ソルに言い返すが、相手にしてもらえず流されてしまう。結局、ソルのことは無視して、出発することにした。
背中から伝わる体温にどぎまぎしつつも、それを表に出さないようにして、僕はフューに合図を出す。
フューはひと鳴きすると走り出し、緩やかに加速していく。フューの上の僕達には当然強い風圧が加わるが、それは風魔法で防いでいるので問題ない。
道中には当然魔物も出てきたが、もちろんフューの速度についていけるはずもなく素通りした。
受付嬢に教えてもらった薬草の群生地までは、十分とかからなかった。
群生地にたどり着いたはいいが、薬草は需要が高いので数がそう多くない。
「うーん、必要な量の薬草を見つけるのには時間がかかりそうだね」
「なら、空から探せばいい」
セリアは風魔法を使って宙に浮かび上がった。風魔法で浮かぶには、非常に繊細な制御が必要なのだがセリアは事も無げに成し遂げる。
なるほど、上空から見下ろして広範囲を一気に探すつもりなのか。
セリアの意図を汲み取った僕は、同じように宙に浮かび上がる。身体強化魔法を目に集中させ、視力を格段にあげるとすぐに薬草が見つかった。
「位置も把握したし、下に降りて採取しようか」
「その必要は無い。ソーマ、薬草の場所を教えて」
あぁ、セリアは薬草と他の草の違いが見分けられないのか。僕は前世で山篭りさせられたことがあるから慣れているけど、普通は難しいもんね。でも、降りる必要が無いってどういうことだろう。
理由はわからないが、とりあえずセリアのお願いを叶えるべく、僕は見つけた薬草を光魔法で光らせる。
「ん、ありがと」
セリアは小さく感謝を述べると、土魔法を発動させた。すると、光らせた薬草が一人でに動き出し、一箇所に固まる。
なるほど、薬草の周りの土を操ったのか。でも、数十メートルは離れた地点から、複数の薬草を傷つけることなく運び出すのには、かなり精度の高い魔法が必要だろう。流石はセリアだね。
(制御力だけなら、ソルよりも凄いんじゃない?)
さっきの仕返しに、軽く嫌味を言ってみる
『ちっ、確かにセリアの制御力はなかなかのものだが、他がまだまだだ』
お、制御力で劣っているという点に関しては触れていない。もしかしたら本当にセリアの方が制御力に関しては上なのかも。
セリアの魔法のおかげで一瞬で採取が終わったので、薬草を持ってきた容器に詰めてすぐに帰ることにした。
ちなみに、薬草はすべて取り尽くしたわけではなく、繁殖できるように残してある。薬草が無くなると困るだろうからね。とはいえ、少し取りすぎたかもしれない。供給過多になったりしなければいいんだけど。
再びフューに乗って、町へと帰った僕達はギルドに向かった。ギルドに入り、受付嬢のところに行くと訝しげな顔をされた。
「どうされました? 何か御用ですか?」
僕達が今日依頼に行ったとは思っていなかったのだろう。依頼の期限はまだあったので、明日にでも向かうと思われていたようだ。
「依頼達成の報告に来たんだよ」
「え、もうですか? ギルドを出てから一時間もたっていませんよ? 流石に早すぎるのでは――」
僕は持ってきた袋をカウンターにどさっと乗せ、中身を見せる。
「た、確かに依頼の品ですね。一体どうやって……いえ、冒険者への詮索は御法度ですね。すみません。それでは少々お待ちください。数量や品質の確認をしますので」
受付嬢は薬草の入った袋を持って、受付の奥に引っ込んだ。
依頼の報酬は持ってきた薬草の数とその品質によって上がることがあると書いてあったので、今査定が行われているのだろう。
数分間待つと、ようやく受付嬢が出てきた。
「査定が終わりました。新鮮な薬草でしたので、本来の一株あたりの値段が銅貨五枚から銅貨七枚に上がります。それが百八十五株ですので、銀貨が十二枚と大銅貨が九枚に銅貨が五枚になります。……どうやったらこんな量をこの短時間で集められるのでしょう」
日本円にして、約十三万円か……。すごい額だね。薬草採取って実はボロい依頼なのかな? ソルに聞いてみると、呆れたような返事が来た。
『普通は一日かかって五、六株しか見つけられねぇんだよ。この薬草は貴重なものだからな』
普通の三十倍くらい取ってきちゃったってことか。供給過多になっちゃうんじゃ。少し怖くなり、受付嬢にたずねてみる。
「取りすぎたかな?」
「いえ、薬草はポーションの材料となりますので、多すぎて困るということはありません。ポーションは常に品切れ状態ですから」
ポーションというのは、傷を一瞬で治す薬だ。当然、作るのは容易ではなく、とても高価になる。一番安く、擦り傷程度しか治せないポーションでも銀貨一枚は必要となる。
大金を受け取った僕達は、宿をとって初依頼完遂の祝杯をあげることにした。
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