第62話 学園見学

 眠ったことで、真っ白な部屋――魔法の練習に使っているアゼニマーレの神域――にて行けたので、ソルに文句をぶつけた後、いつも通り魔術を作ったり新しい魔法を試したりして朝を迎えた。


 体を起こして隣を見ると、セリアがまだ寝ていた。眠っているセリアはまるで芸術品のようで、起こすのがためらわれる。

 少しの間セリアを鑑賞していると、視線を感じたのかセリアが目を開けた。

 寝顔を見ていた罪悪感で体がビクッと震えるのを隠すようにセリアに挨拶をする


「おはよう、セリア」

「ん、おはよう、そーま」


 セリアは寝起きだからか、少し舌っ足らずに挨拶を返してくる。その様子は昨日の出来事を忘れたかのように、いつ通りだった。


「今日はどこ行く?」

「そうだね、大図書館にも行きたいけど、今日は学園の見学をやってるみたいなんだ。だからそっちに行こうかなって」


 この町の三つの学園は定期的に見学を許しているようなのだ。昨日それを宿屋の女将さんに聞いて、せっかくの機会だし見学しようと思ったのだ。


「ん、楽しみ。魔法の学校」

「そうだね。僕達の知らない魔法や魔術がきっとあると思うんだ」

『そんなにおもしれぇ場所でもねぇがな……』


 見学は昼からなので、それまではまた屋台巡りをして過ごすことにした。

 この町の屋台は火の魔術を使って空中で焼くパフォーマンスや、氷の魔術で作ったかき氷なんかがあってなかなか楽しめた。


 しばらく食べ歩きをしていると、お昼を知らせる鐘が町中に鳴り響いた。この世界では時計は魔道具になるので貴重品で、庶民は持っていない。だからこの鐘の音だけが時間を知る方法なのだ。

 鐘は一日に五回鳴り、朝、昼、夕方を知らせるときとそのちょうど中間にも鳴る。


 少し急ぎ足で学園に向かうと、学園の前には既に同い年くらいの少年少女がいた。同じく見学目的でやってきたのだろう。それから数分待つと、学園の中から先生らしき若い男の人が出てきた。

 服はゴルトアイを示す赤色の服だ。


「君たちは見学目的でいいのかな?」

「「「はい」」」

「じゃあ着いてきて。まずは私が栄光ある学校、ゴルトアイを案内するよ」


 まずは、ということは最終的には三つの学園を案内してくれるんだろうか。どんな違いがあるか楽しみだ。


「我が校は格式だけを意識してるノービリスや、変人共が集まるクーランクなんかと違って、優秀な人材を沢山輩出しているんだ」


 言葉にトゲがあるね。やっぱり三つの学園は互いにライバル意識みたいなのがあるのかな?


「有名どころで言うと、《芸術の創造者》や、なんとあの魔王を倒した《魔導師》もこの学園の卒業生はんだよ」

「えっ!?」


 思わず大きな声を上げてしまい、視線が集まる。頭をぺこり下げて何でもないと誤魔化すが、内心かなり動揺している。


(どうして教えてくれなかったんだよ)

『あぁん? 聞かれなかったからな。わざわざ言う必要もねぇだろ』


 ソルは自分のことをあまり話さないから、ソルのことで知っていることは本当に少ない。有名人だから本には色々と書いてあるんだろうけど、本人の前で読むのは気が引けて、ソルについての本は読んだことがないんだよね。


 まぁ、ソルが教えてくれなかったことについてはいいとして、ここがソルの母校になるのか。しげしげと眺めていると、先導していた男の人が不意に立ち止まった。


「ここが修練場だよ。生徒達が自主的に練習をしているんだ」


 生徒達が、的に向かって魔術を放ったり、剣の素振りをしたりと思い思いに訓練をしている。だけど、なんていうか、その――


「弱い」


 本音を漏らしたセリアの口を慌てて抑える。幸い、みんなには聞こえなかったようだが、かなり危うい発言だ。


 でも、セリアの言う通りなのだ。魔術の発動にかなりの時間がかかっているし、魔力のロスも多ければ威力もしょぼい。

 剣の素振りだって軸がぶれているし、型も少しおかしい気がする。


 天才が集まる学園って言ってもそんなにレベルが高いわけじゃないのかな。


 これじゃあ見学に来た他の子達もがっかりして――


「すごい! あんな複雑な魔術を使えるなんて!」

「詠唱短縮までやってるぞ!」

「そうだろう、我が校の生徒達は優秀だからね。成績上位の数人の生徒は魔法まで使えるんだよ」

「え!? あの魔法を使えるんですか!?」


 ……大絶賛だった。

 え?このくらいの魔術誰にでも使えるんじゃ?それに魔法ってそこまで高度な技術なの? 魔術よりすこし難しいくらいしか考えてなかったけど。


『はぁ、お前らがおかしいだけで、お前らぐらいの歳の奴らだとこんなもんだぞ。自分の異常さをちゃんと認識しろ』


 そうなのか。僕の常識は少しではなく、かなりズレていたみたいだ。


「今年は一人飛び抜けて優秀な、稀代の天才がいるんだけど……ここには来てないみたいだね。残念だ」


 その後もゴルトアイを案内してもらったが、あまり面白い所はなかった。セリアもがっかりしているようだ。


 次はノービリスを案内してくれるようで、案内役は青い服を着て、不機嫌そうな顔をしている男の人に引き継がれた。


「それでは今より、伝統と名誉ある我が校、ノービリスを案内しよう。着いてきたまえ」


 男性はスタスタとこちらを振り返ることなく歩いていく。


「これが誇りある我が校の創立者の象だ」

「これが歴代学園長の銅像だ」

「これはかつて国王陛下より賜った書だ」

「これが――」


 以下延々とノービリスがどれだけ素晴らしく、高貴なの学校なのか、自慢が続いた。なるほど、ゴルトアイの案内人が言っていた、ノービリスは格式ばかり意識しているというのは間違いではなかったのか。


「もうこんな時間か。仕方あるまい、次は変人共の巣穴の見学だ。得るものなど何も無いだろうが、下を知ることは大事だ。見学してきなさい」


 かなりクーランクを見下しているようだ。クーランクに近づくのすら嫌だと言うのか、案内の引き継ぎはせずクーランクに勝手に向かうように言われる。


 仕方なく、指示された場所に向かうと、そこには黄色いピエロがいた。


「お待ちしておりました。見学をご希望の方ですね。この不肖私めが皆様をご案内致します」


 その奇妙な見た目に合わず、ピエロはまるで執事であるかのように丁寧に話す。右手を胸に当て、一礼する動作も妙に様になっている。


「変人が集まるってのも本当らしいね」

「ん、変な人」


 僕とセリアは小声でひそひそと話す。ピエロはそれを気にした様子もなく、優雅な足取りで歩いていく。


「まずはこちらにどうぞ。肉体研究を行っている研究室です」


 研究室があるんだね。肉体研究って何をやっているんだろう。研究室の中を覗いてみると――


「フンッ! フンッ! まだまだぁ! 私の筋肉はまだいけると言っている!」

「【筋肉圧迫マッスルオプレッション】!! おおぉぉ! 俺の筋肉はもう一段階高みに至る!!」


 ――筋肉だるまがいた。研究室という名には相応しくない筋トレグッズがずらりと並び、そこで上半身裸のたくましい男達が叫びながら汗を流している。


「この研究室は、現在この町のギルドマスターを務めていらっしゃる、トール=ムスケル様がおつくりになったのです」


 あのギルドマスターが原因か! ここの学園出身だったんだね! 変人が集まるクーランク出身だっていうのには納得だよ。


『トールもかなりの変人だったからな。筋肉を鍛えるためだけに魔術を作り上げたんだぜ? それも十以上もの魔術を』

(え、ちょっと待って。あのギルドマスターと知り合いなの? しかもソルが名前で呼ぶってことはかなり親密な関係だよね?)

『あぁん? そりゃそうだろ。あいつは魔王討伐の時のパーティーメンバーだったんだから』

(そんなの聞いてないよ!!)

『言ってねぇからな』


 ソルの衝撃の告白と、濃い筋肉たちのせいでその後の案内は一切頭に入ってこなかった。


 こうして、学園見学は終わったのだが、驚きの事実が多すぎて頭がこんがらがりそうだ……。

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