第63話 真剣勝負

 学園見学をした日の晩、僕とソルは神域で話をしていた。真っ白な床に並んで寝転がっている。


「ソルは昔の仲間に会いたいとか思わないの?」


 今までは気にしていなかった、いや、あえて意識していなかったけど、昔の仲間に会ったとなるともうソルに聞かざるをえない。


「あぁ、思わねぇな。情けねぇ死に方しちまったし、合わせる顔がねぇ。なにより、この体はお前のもんだ。だからオレはお前に着いていくだけだ」


 ソルは、僕の死の原因が自分にあるからと変に罪悪感を抱いているようなのだ。だから、体の主導権も僕に譲っているし、代わって欲しいと言うことも滅多にない。


「僕はこの体が僕のものだなんて思っていないよ。僕とソルは二人で一人みたいなものなんだから、体も二人で分け合えばいいじゃないか」

「いいんだよ、別に。今の状態も嫌いじゃねぇ。一日中魔法や魔術の練習ができるしな」

「でもやっぱり仲間とは話したいでしょ? 少しの間でも僕と代わって話してみたら?」

「オレはもう死んだんだよ。この人生はオマケみたいなんもんだ。だからオレのことは気にするな」


 ソルは短い灰色の髪をがしがしと掻き、目を少し逸らす。


 仲間と話したいっていうのは否定しないんだね。ソルは変なところで頑固だからなぁ。どうにか出来ないかな。


「それに昔の仲間って言っても、トールは変なヤツだしな」

「筋肉を鍛えるために魔術を幾つも作ったんだっけ? 確かに変な人だけど」


 魔術は本来、作り上げるのにかなりの時間が必要となる。それを筋肉のためだけに複数作ったのだ。変人扱いされても仕方が無いだろう。


「……それをお前が言うのか?」


 ソルがジト目になる。元々の人相の悪さもあって、不良が睨んでいるみたいだ。


「え? どういうこと?」

「お前が普段体にかけている魔術、あれも体を鍛えるためにって作ったんだろうが。それもえげつないやつを複数」


 えーと、今使ってるのは、酸素をエベレスト山頂付近レベルの濃度にする魔術と、数百キロの重りをつける魔術に、体に電気を流して筋肉組織を破壊して回復するというサイクルを繰り返す魔術。

 あ、あと、地面を一瞬沼地に変えて歩きにくくする魔術も使ってるから、計四つかな。


「お前もあの筋肉バカと変わらねぇんだよ」

「でもソルだって、精神を鍛えるためって言ってその苦痛を受けてるじゃないか。ソルだって一緒だよ」


 ソルは十年前、スコルの闇魔法でダメージを喰らったことを反省し心を鍛えると言って、僕のトレーニング中もリンクを切らなくなったのだ。


「あぁん? 誰があんな筋肉だるまと一緒だって? 言うじゃねぇか。久々に模擬戦でもやるか? ぼこぼこにしてやるよ」


 ソルが立ち上がり、今にも掴みかかってきそうな顔で凄む。赤い目がギラギラと輝いている。


「いいけど、前回僕に負けたの忘れたの? 今回も僕が勝つよ」

「はっ、言ってやがれ。勝つのはオレだ」


 僕達は互いに距離を取り、得物を構えて睨み合う。

 この神域での怪我は現実には一切関係しない。だから相手を殺したとしても問題ない。思う存分やり合える。トレーニング用の魔術ももちろん外して、全力を出すつもりだ。

 躊躇ったりは、もうしない。


 緊迫した雰囲気の中、先に動いたのはソルだった。


「いくぜ、【蒼炎龍の狂乱祭ドラゴンディソーダーフェスタ】」


 おびただしい数の龍が生まれ、それらが唸りを上げながら迫ってくる。しかもただの龍ではなく、高温の青い炎で出来た龍だ。

 触れなくとも近づくだけでダメージを受けるだろう。

 それに、東洋の龍なので全長が長く、巻き付くような攻撃をされるとかわすのが難しい。


 僕は水魔法で大量の水を生み出し、盾とする。威力なんて一切考えずに、ひたすら量だけを求めた魔法だ。多くの魔力を消費して生み出されたそれらは、蒼炎龍にぶつかる。

 とてつもない高温の炎にぶつかった水は急激に熱せられ、その体積を爆発的に増やす。いわゆる水蒸気爆発を起こした。


 前もって地面に作っておいた穴に隠れてその爆発をやり過ごした僕は、爆発が生み出した煙に紛れる。

 気配を消し、一切の音を立てずにソルに向かって走り出す。

 視界は煙に隠され、真っ白だがソルの位置は分かっている。僕はソルの背後に立ち――


「言っただろ? 狂乱祭・・・だって」


 ソルの不敵な声を聞いた。瞬間、僕はその場から飛びすさる。僕のいた場所を、蒼炎龍のブレスが焼き払った。


 僕の位置がバレたのか? 

 そう思ったが、爆音があちこちから聞こえることから察するに、蒼炎龍は手当り次第に攻撃しているのだろう。

 あの数でランダム攻撃を仕掛けられるとかなり厄介だ。隠密行動も意味がなくなる。


 蒼炎龍の始末が先だと考え、僕は魔術を組み始める。時折襲いかかるブレスを直感で交わしながら、魔術を組むこと数十秒。蒼炎龍に対抗できる魔術が完成した。


「【死神の魔手グリムテンタクルス】」


 闇を纏った巨大な手が現れ、龍に襲いかかった。


 以前、対ソル用として作った魔術で、触れた魔法を消すことが出来る。仕組みとしては単純で、魔力で魔術を打ち消しただけだ。

 魔術も魔力から出来ているので、圧倒的な魔力で塗り潰せば霧散してしまう。まぁ、魔力消費が激しいので、あまり良い手ではないけどね。


 死神の手は次々と龍を捕らえては消していくが、突然現れた土の箱に閉じ込められてしまった。

 死神の手は魔力で出来ているので、ただの土なら通り抜けられるが、これは魔力が込められた土だ。抜け出すことは叶わない。


 これ以上、蒼炎龍を消すことは叶わないが、問題は無い。蒼炎龍はその数を減らし、弾幕がかなり薄くなった。

 今ならソルに近づける。


 水蒸気爆発で起こした煙はとっくに晴れ、僕の姿はソルから丸見えだ。僕は光魔法で目眩しを行うと同時に短剣を投げた。

 目眩しをまともにくらったソルはその短剣に反応出来なかったが、短剣はソルの前で何かにぶつかったように弾かれた。


「お前が何かを投げてくるのはわかっていたからな。対策しねぇわけねぇだろ」


 ソルが得意げに話すが、油断しているそぶりは全くない。ソルは今まで濃密な経験を積んでいる。優位にたとうと油断することは無いのだ。


「風の防護壁か。厄介だね」


 そしてそれは僕と同じ。目眩しが成功したからって油断せず次の手を準備していた。


 ソルの頭上から巨大な岩が降ってくる。今から全力で回避に動いたとしても逃げきれない大きさだ。

 ソルは岩の対処を強要され、蒼炎龍達を岩にぶつけさせる。だが、勢いよく突っ込んでいった龍たちは岩をすり抜けた。


「ちぃっ! 幻影か!」

「正解」


 ソルの意識が岩に向いた一瞬のうちにソルの目の前に移動した僕が答える。僕の手の中の刀が防護壁を貫き、ソルの胸に吸い込まれていく。

 刀から肉を切り裂く感触が伝わり、痛みにソルが呻くが、その顔は獰猛な笑みを浮かべていた。


「お前が龍を必死になって消していた間、オレが何をしていたと思う?」

「――っ! まさか!?」


 その場に生まれ始めた高熱に危機感を覚え、僕は刀を手放し、その場から退避しようとするが、それより一瞬早くソルが土で壁を作り僕の行く手を阻んだ。


「仲良く爆発といこうぜ」

「ソルと心中なんてゴメンだな……」


 直後、僕達を強烈な爆発が襲った。自分の体が四散するのが見える。恐らくソルも同じように木っ端微塵になっている事だろう。


 神域で死んだことにより、強制的に目が覚める。夢の中で死ぬと目が覚めるのと同じだ。


 意識が覚醒してすぐさまソルに文句を言った。


(ソル! あれは卑怯でしょ!? 自爆はずるいよ!)

『あぁん? 立派な戦略だろう。最悪でも引き分けに持ち込めるように準備しておいたんだ。お前がその考えに至らなかったのが悪いんだよ。実際の敵は自爆だってしてくるぞ?』

(ぐ、うぅ、仕方ない、か。まぁ、これで僕の百八勝、百七敗、十三引き分けだから、僕の勝ち越しだね)

『はっ、すぐに巻き返してやるよ。それまでせいぜい優越感に浸っとけ』


 あぁ、なんだか懐かしいな。和麒とも同じような事をやっていたなぁ。ライバルがいるっていいね。

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