第65話 黒き小人

 森の奥に行くにつれ、大きな木が増えてきた。これは魔力が関係しているのかな? 森の最深部手前まで来た今では、五メートルを超える木が乱立している。


「かなり見通しが悪いね」

「切る?」

 〈そんなことしたら周りの魔物共に気づかれるだろうが〉


 日差しが遮られているので、かなり薄暗い。鳥や小動物の気配も無いので、不気味な雰囲気を醸し出している。頭の上のフューも、不穏な気配を感じとっているのか、さっきからそわそわしている。


「ここまで生き物の気配がないとなると、やっぱり何かいるのは間違いないね」

「ん、強い何かがいるはず」


 その何かとはいつ出会ってもおかしくない。他の生き物たちが逃げ出しているということは、ここは既にその何かの縄張りに入っているのだろうから。


 僕達は話しながらも一切の油断をしていなかった。周囲を常に警戒し、何が起きても対処できるよう神経を張り詰めていた。


 だから、唐突な背後からの奇襲にも対応できた。


「ぐっ、重いっ!」


 僕の後頭部を狙った一撃をとっさに抜いた刀で受け止めるが、その威力に体勢を崩してしまう。その隙を突いて相手は更なる攻撃を仕掛けてこようとしたが、それはセリアの氷の刃による牽制で阻止される。


 相手は後ろにとび、一度距離を取った。おかげでその全貌が明らかになる。


 大きさは一メートル半と魔物の中でも小型で、シルエットはゴブリンとほぼ同じだ。だが、ゴブリンとは大きく違う点が一つある。

 それは、全身を覆う黒い鱗だ。重厚さを感じさせるそれ僕の刀とぶつかった拳の鱗でさえも傷一つなく、その硬さを表している。

 その天然の鎧は見た目も、その性能もドラゴンと同じだと言われている。


「ドラゴニックゴブリン……」

「Aランクの、魔物……」

『ちっ、厄介な奴が出てきたな』


 ドラゴニックゴブリンは、ゴブリンが強力な魔力を浴び、突然変異したものだ。その力はAランクの魔物に相応しく、出現した場合は騎士団が出てきて、数十人がかりで対応するくらいだ。


 魔物は経験を積むことで進化することがある。ゴブリンがボブゴブリンになると言った具合にだ。

 進化すると、進化前の特徴を受け継いだまま全体的に強化される。

 だが突然変異はそれとは違い、進化前とは大きく異なった特徴を持つようになる。今回の場合で言えば、漆黒の鱗だ。


「どうしてこんな所にドラゴニックゴブリンが?」


 ドラゴニックゴブリンが現れるのは、もっと魔力が濃い場所だ。この森はせいぜいCランクの魔物が住む程度の魔力濃度でしかない。ドラゴニックゴブリンが生まれるのにはもっと濃密な魔力が必要のはず。


『さぁな。今はそんな意味のねぇことより、こいつを倒すことだけを考えろ』

「他の事考えている余裕、無い」


 ドラゴニックゴブリンは今も僕達を睨んでいる。僕達を見た目で侮るのではなく、強者として認識しているため、様子見をしているのだ。

 相手の力量がわかるのは優れた戦士の証。油断なく僕達の出方を伺っている。


「Aランクの魔物となると全力を出さないといけないね」

「ん、本気」

『出し惜しみは無しでいくぞ』


 体にかけているトレーニング用の魔術を解除し、魔術を発動するため魔法陣を編み始める。

 ドラゴニックゴブリンがしているように、未知の敵に迂闊に攻撃しないのは戦闘での定石だが、相手が魔術を使える場合はその限りではない。

 睨み合っている間に魔術を組まれてしまうからだ。

 このドラゴニックゴブリンは人と戦うことには慣れていないようだ。つけこめるとすればその経験の無さだ。


 僕達三人と一匹はこの時間を活かして強力な魔術を組む。そしてそれが完成すると、互いにタイミングを合わせて魔術を発動した。


「【死神のグリムサイス】」

「【氷剣姫の一閃ヴァルキリーブロウ】」

『【水素爆発ハイドロプロージョン】』


 黒い風の鎌が首を襲い、氷の刃が胴に攻撃を加え、更には頭上から雷が落ち、そしてトドメとばかりに強烈な爆発が起こる。

 僕達の攻撃は辺りの木を薙ぎ払い、巨大なクレーターを作った。土煙が舞いあがり、攻撃の中心にいたドラゴニックゴブリンの姿は見えない。


 やがて土煙が晴れ、視界がクリアになる。僕達の全力の攻撃を受けたドラゴニックゴブリンは――敵意剥き出しでこちらを睨んでいた。


「この攻撃にも耐えるのか……!」

「ん、厄介」

『ドラゴンの鱗は伊達じゃねぇってか』


 流石に無傷とはいかなかったようで、所々鱗がはげ、血が流れているが、全力攻撃の被害としては軽微すぎる。


 ドラゴニックゴブリンはクレーターの中央で、怒りを吐き出すように吠えた。その咆哮だけで大気が震え、僕達の体が吹き飛びそうになる。

 その直後、ドラゴニックゴブリンが地面が陥没するほど強く大地を蹴り、僕に向かって弾丸のように飛んできた。回転も加えられたその一撃を刀で防ぐが、その破壊力に刀がはねあげられ、胴がガラ空きになってしまう。

 胴に向けて振り払われた爪を身をよじってかわすが、皮膚一枚が切り裂かれ、つぅと血が流れた。


 今の一撃で、両腕が痺れ、刀が砕かれて使い物にならなくなった。

 ソルに作ってもらった刀じゃ魔力で強化しても太刀打ちできないか。

 僕は亜空間から父さんがくれた大剣を取り出す。


 その隙を埋めるため、フューとセリアが魔法で牽制をしてくれるが、ドラゴニックゴブリンはそれをかわさずにその鱗で受け止める。

 直撃しているがダメージはないようだ。


 ダメージはなくても鬱陶しいのか、ドラゴニックゴブリンは標的をセリアに変えた。セリアに向けて強靭な爪が振り下ろされる。

 僕はその間に割って入り、大剣で受け止めた。業物の大剣は、刃こぼれ一つしなかった。だが、いくら素晴らしい剣でも、使い手の力を増幅させることは出来ない。

 僕は腎力の差に追い詰められてしまう。じりじりと刃が僕に近づいてくる。


「【亜空間収納インベントリ】」


 僕は大剣を亜空間に収納した。鍔迫り合いの相手を急に失ったドラゴニックゴブリンは前のめりになり、体勢を崩した。

 僕はしゃがんで爪をかわすと、ドラゴニックゴブリンの懐に潜り込み、顎に掌底をくらわせる。

 ドラゴニックゴブリンはよろめきながら二、三歩後退した。


 そこにセリアの魔法が飛んでくる。斬撃より打撃で衝撃を与える方が有効だと気づいたのだろう。大きな岩を飛ばした。フューも同じように岩で攻撃している。

 僕の掌底で脳を揺らされたドラゴニックゴブリンはそれをかわすことが出来ず、まともに受けてしまう。


 セリアもフューも全力だ。セリアは魔力眼が発動し、瞳が琥珀色の輝きを放っている。フューは残り魔力が大きく減り、僕から補給を受けている最中だ。


 そんな二人の攻撃を受けてなお、ドラゴニックゴブリンは目に力を宿したままだ。

 ドラゴニックゴブリンは再び咆哮をあげると、空を飛んだ・・・・・


「翼まであるのか!」


 ドラゴニックゴブリンは背中に収納していた翼を広げ、空に羽ばたいたのだ。真上に向かって一直線に飛んだドラゴニックゴブリンはそのまま逃げるのかと思いきや、百八十度方向を変え、地面に向かって急降下してきた。


 どうやら狙いは僕のようだ。重力を味方につけ、ぐんぐん加速しながら僕めがけて落ちてくる。

 セリアとフューがそれを防ごうと、ドラゴニックゴブリンの進路上に氷の壁を何枚も作ってくれるが、それらは小気味良い音をたててあっさりと砕かれていく。


 ドラゴニックゴブリンがほとんど減速することなく隕石のように落ちてきた。亜空間から取り出した大剣を盾にするが、その圧倒的な破壊力に僕は数十メートル吹き飛ばされ、木にめり込んだ。


 血を吐き捨てて、大剣を杖にしながら立ち上がった。今の攻撃でどこかの内蔵がやられて、アバラが何本か折れたみたいだ。

 吹き飛ばされた時に頭から落ちたフューが慌ててやってきて、回復魔法を使ってくれた。僕自身も回復魔法を使い、治療に専念する。

 その間、ドラゴニックゴブリンは上空へと飛び上がり再び落下攻撃を仕掛けてくるつもりのようだ。


 空を飛ばれると本当に厄介だ。こちらからは攻撃がほとんどできない。魔法で空を飛んだところで、翼のある相手には機動力で劣る。魔法を放ったところで回避されるだろう。


「ソル、準備は、まだ、なの?」


 内蔵が傷ついたことで喋るのが辛く、途切れ途切れになりながらソルに問う。


『丁度完了したところだ。さぁ、反撃といこうぜ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る