第3話 新たな人生

 目が覚めると、木製の天井が目に入った。古いというわけではなく、むしろ新しい天井だろう。シミもほとんどなく綺麗な天井だった。


 それを眺めながらぼんやりしていると、ふいに先ほどの出来事を思い出した。


 僕は、めにうつるどうなったんだ? と声にだそうとした。だが、僕の口から出たのは


「あうああえあうあうあ?」


 という、意味をなさない音であった。これにはさすがの僕も混乱して、頭を動かし自分の体を見る。


 目に映ったのは赤くてまるまるとした手、ぷにぷにした短い手足だった。


 もしかして……。


 僕は抱いた疑念を解消すべく、動かしにくい体をなんとか動かし体のあちこちを触つた。


 そして、返ってきたのはすべすべした感触だった。そう、まさに赤子のような肌という表現がぴったりな――


 あぁ、そういうことか……


 僕はようやく理解する。自分が転生したのだと。












 自分が転生したという事実を、ようやく受け止めた僕はどうして自分が記憶を保ったまま転生したのかを考える。


 きっとあの光を浴びた時の僕の行動のせいなんだろうな……


 僕は死後の世界だと思われる場所の大きな扉をくぐったときの光を思い出す。あれが記憶などを洗い流すものだったんだろう。


 それに耐えた僕は記憶が残ったまま転生した……ということかな?


 あれこれ考えていた僕は、人が近づいて来る気配を感じた。

 がちゃり、と扉の開く音がした。


「あら? ソーマちゃん起きたのね〜。ほ〜ら、ママでちゅよ〜」


 そう言って綺麗な女の人が、年老いた女性に支えられながら近づいて来た。その女の人はふわりと微笑むと、僕の頭を優しくなでた。


 彼女の綺麗な金色の髪がはらりと僕の頬に落ち、少しくすぐったかった。


 彼女の澄んだ青の瞳に見つめられながら穏やかな時を過ごす。そうするうちに、僕の意識はまどろんでいった。






 再び目が覚めた時、今度は男の人がいた。


「おぉ、ソーマ。起きたか」


 そう言って僕の頭をゴツゴツした指でなでる。痛くはなく、なんだか不思議と落ち着くようだった。


「おーい! ソレイユー! ソーマが起きたぞー!」


 男は大声で呼びかけた。近くにいる僕からすると、少しうるさいくらいの声だ。


「は〜い。今行くわ〜」


 そう言って部屋に入ってきたのは、この前僕の母だと言っていた女の人だった。


「もう! あなた。さっきみたいな大声出したらソーマちゃんが驚いちゃうでしょ〜?」


 その女性は腰に手を当てぷりぷりと怒る。


「すまんすまん。だがソーマは俺達の息子だろ? このくらい大丈夫さ。現に今だって驚いてないじゃないか」


 この言葉から察するに、この男の人は僕の父親なのだろう。


「あら、本当ね。ソーマちゃんは強いのね〜」


 そう言って彼女は僕の頭を優しくなでた。


「当たり前だろ、俺達の息子だ。強くないわけがない!」

「そうね〜ソーマちゃんは強い子でしゅよね〜」


 彼女は僕のほっぺたをつつく。


「あ、そうだわ。そろそろおっぱいの時間ね〜」


 おっぱいの時間……ってことは……!?


「ソーマちゃ〜ん。ほ〜ら、おっぱいでしゅよ〜」


 そう言って彼女はおもむろに胸を取り出した。綺麗な双丘が光に照らされ、神々しささえも醸し出しているように見えた。


 そ、そんな。いくら母親だっていってもまだそんな自覚ないのに……! こんな若くて綺麗な人のお、おっぱいを吸うなんてできない!


 僕が慌てている間に彼女の胸はもう目の前に来ていた。


 そ、そうだ! 今はお腹がすいていないって言えばいいんだ!


「ああうあうあういああい」


 僕の口から出たのはまたもや意味をなさない音だった。


 そ、そうだった! 僕は今喋れないんだった! ど、どうすればいいんだ!?


「ん〜どうしたの〜ソーマちゃん、おっぱいでちゅよ〜」


 ……ここで飲まなかったらきっと心配するよね。それにいつかは飲まなきゃいけないんだ。だったら今、覚悟を決めよう!


 僕はギュッと目をつむり、胸に吸い付いた。


「んっ。ソーマちゃーん。どう〜おいしい〜?」


 彼女の母乳はとても優しい味で、一口飲むと止まらないほど美味しかった。だがそんなことを伝えるなんてことが出来るはずもなく。僕は出来る限り無心で、母乳を飲み続けた。








 気がつくと辺りは暗くなっていた。窓から差し込む月明かりが、今が夜だと示している。


 僕はあのまま寝ちゃったのか。やっぱり赤ちゃんだからすぐに眠くなるなぁ。色々考えなきゃいけないこともあるのに……


 例えばここはどこなのか、とか。


 転生してから見てきたもので、ある程度の推測はできる。人の顔立ち、名前、髪の色から察するにここは日本ではないのだろう。


 そうすると一つ不思議なことがある。言葉が理解出来るのだ。明らかに日本語ではないはずなのに、何故か言葉の意味がわかる。


 不思議な事は他にもある。父さんの髪の色だ。父さんの髪の色は鮮やかなだった。なにかで染めているとかではなく、本当に地毛で赤なようだ。あの自然さは、染料なんかでは出せないだろう。


 はぁ……なんだか不思議な事ばっかりだなぁ。


 ため息をつき、窓の外をみる。夜空には満天の星と、二つの青い月・・・・・・が輝いていた。


 綺麗だな……特にあの二つの月が……二つの月!?


 僕は慌ててもう一度空を見る。やはり見間違いなどではなく、本当に月が二つあるようだ。


 どういうことだ? ここが日本じゃないとしても月の数が変わるわけがない。ということはここは地球じゃない……?


 僕は一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。


 考えられるのはここが地球以外の星であり、僕はいわゆる宇宙人になった可能性。だがこれは僕が人間とまったく同じ形であることから、可能性は低いだろう。

 生物が生存できる環境が地球の他にあり、さらにそこの生物の形が人間と同じだなんてありえないだろう。


 もうひとつは僕が死んでから転生するまでの間に、月がもう一つできた可能性。これも可能性は低い。月がもう一つ出来るなんて、どれだけ確率が低いんだって話だ。


 そして最後はここが僕の前世とは違う世界である可能性。これは非現実的すぎて否定できない。それに――


 死の間際、僕の体には突然電気が走ったんだよね。あれだけ非現実的な事が起きたんだ。今だって非現実的な状態である可能性は否定出来ないよね。


 じゃあここは違う世界と仮定して動くことにしようか。


 どんな世界だったとしても生き抜いてやるさ。死ぬのはもう懲り懲りだ。


 僕はそう覚悟を決めた。


 僕の覚悟を祝福するかのように、星々と二つの月が美しく輝いていた。

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