第10話 銀の少女

 魔法の威力を見届けたぼくは、地面に大の字になって寝転がった。


「はぁはぁ……ソル……こんなに痛いんだったら先に言ってよ……」

『ハハッわりぃわりぃ。この痛みは口で言っても伝わらねぇと思ってよ』

「それでも前もって言っといて欲しかったよ……そういえばソルと僕って感覚を共有してるんだよね? だったらソルにも今の痛みって伝わったんじゃないの?」

『あぁそのことか。どういう理屈か知らねぇがその感覚の共有、切ろうと思えば切れるんだよ。昨日お前が風呂に入ってた時に試したんだ』


 ってことは僕の方からも切れるのかな?


 そう考えた僕はソルと視界の共有を切ろうとしてみる。


『やるとは思ったがいきなりやるんじゃねぇよ。まぁ、とりあえずこれで理解出来ただろ?』


 実験は終わったのでソルとの視覚共有を戻す。


「そうだね、あ、あとさ魔法の威力がおかしかったんだけど……」

『融合魔法は威力が跳ね上がるからな。イメージしたのよりも強力になるんだ。魔力を込めすぎたわけじゃねぇから暴走はしないがな』

「それも先に言っといて欲しかったよ。この木、どうしよう……」


 僕は焼き払われた木々を見る。これを村の人たちが見たら魔物の仕業だと思って大騒ぎになるよね……


『まさか成功するだなんて思ってなかったからな。それと、木の処理よりも先にやるべき事があるぜ? 燃えた木の後ろ、誰かいる』


 ソルにそう言われ、気配を探ってみると確かに誰かがいた。魔法に集中していたため、気づかなかったのだ。自分の警戒心の緩みを反省しつつ、その気配の元に向かう。


 そこにいたのは、ペタンと女の子座りをした五歳ぐらいの女の子だった。銀の髪が地面に広がり、花を咲かせている。


 彼女は僕を見ても大した反応を見せず、その澄んだ青い目で僕をじっと見てくる。


「だ、大丈夫?」


 僕が、手を差し伸べながらそう言うと、彼女はこくんと頷いた。


「どうしてここにいるの?」

「人形……見に来た……」


 少女は小さな声で言い、僕の手を取った。


「あー。あの時の土人形か……やっぱり壊しとくべきだったね」


 そう呟き、少女の方を見ると足元に黄色い水溜りができていた。よく見ると少女が着ている白いワンピースの下半身部分も濡れていた。


 少女が隠れていたのは僕の魔法がなぎ倒した木のすぐ近くだ。自分の身長の二倍もある炎の竜巻が近づいてくるのは相当な恐怖だろう。座り込んでいたのも恐怖で腰を抜かしたのかもしれない。


「あー、えっと、ごめんね? 近くの川に洗いに行こうか」


 少女の手を引きながら近くの川まで来た。


「それじゃあ僕は後ろを向いてるから自分で洗えるかな? 服は魔法で乾かすから」


 僕がそう言うと少女はふるふると首を振る。


「えっと、僕が手伝わなきゃダメ?」


 小さな頭が縦に振られる。


「わ、わかったよ。なるべく見ないようにするから服を脱いでるくれるかな?」


(ソル、ごめんね。ちょっとの間視覚の共有切るね。相手も女の子だから見られる人数は少ないほうがいいだろうし)


 ソルとの視覚共有を切って、少女の方に近づく。


 少女は服を脱ぐのを少しためらっていたようだったが、手で身体を隠しながらワンピースとパンツを僕に渡してくる。肌着を着ていなかったようで裸になってしまっている。


 きめ細かく、真っ白な肌はとても美しく、少女の整った顔立ちと無表情さもあいまって、まるで人形のようだった。


 脱ぐのを嫌がっていたし、手で隠しているので恥ずかしがっているようだが、それは表情には一切出ていない。


 あんまり感情が顔に出ないタイプなのかな?


 それからは少女の方を方を見ないようにしながら服を洗う。洗い終わると一度ソルとの視覚共有を戻し、魔法で乾燥するように頼む。


 すぐに魔法が発動し服が乾く。僕は再度ソルに謝りながら視覚共有を切る。


「服は洗い終わったからこれ着てね」


 僕は少女を振り返らずに服を差し出す。


「体……洗いたい……」


 少女がポツリとつぶやくように言う。


「あぁ、そっか。気持ち悪いだろうし、座り込んだ時に髪も汚れちゃってたよね」


 彼女が木の影に座り込んでいた時のことを思い出しながら言う。


「……体……洗って……」


 あまりの衝撃に一瞬思考が止まった。


「え、えっと、それは僕に洗って欲しいって事なのかな?」


 銀の髪が縦に揺れる。


 い、一旦落ち着こう。相手は五歳だ。僕は中身は高校生。親戚の小さな子をお風呂に入れるのと何も変わらない。だから大丈夫、大丈夫。よし、じゃあ洗っても問題ないはず。……スポンジとかボディタオルって無いんだよね? ということは……手で洗うの? ……裸の五歳児を手で撫でまわす高校生……絶対やばいって!


「え、えーと、その、自分で洗えないかな?」


 返ってくるのは望まない返事。


「……ついでに……全身洗って……」

「わ、わかったよ……」


 もともと彼女が汚れてしまったのは僕のせいだ。彼女が望むなら、僕には彼女を洗う義務があるだろう。

 無心になって洗おう。僕は機械だ。何も考えるな。


 覚悟を決めた僕は、彼女の服を木の枝にかけ、彼女の手をとり川の中に入っていく。そしてソルとの触覚の共有を切り、彼女の土で汚れた髪を洗っていく。


 彼女は時折気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。その度に僕はドキッとさせられ、この子は五歳児、子どもなんだと言い聞かせるハメになった。


 汚れが落ちていくと、彼女の銀の髪は本来の輝きを取り戻していく。


 髪の毛の先まで輝きを取り戻すと、僕は彼女の肩に水をかける。そして優しく撫でるように洗っていく。その時に感じるすべすべした手触りをなるべく意識の外に追いやりながら、彼女の体を綺麗にしていく。

 くすぐったいのか、洗っている最中に体をくねらせるものだから、変なところを触ってしまいそうでドキドキした。


 数分後、ようやく洗い終わった僕は深くため息をついた。


 そして川から上がろうとして気づく。


「どうやって体拭こう……」

『あぁ? そんなもん魔法を使えばいいだろ。風と火の融合魔法で温風を吹かせて乾かせばいい』

「でも、あの激痛をまた味わうわけでしょ?」


 先ほどの体がバラバラになりそうなほどの痛みを思い出す。


『一度融合魔法に成功しちまえば大丈夫だ。体が融合魔法に耐えられるように作り替えられたからな。あの痛みは体が作り替えられる痛みでもあるんだよ』

「そうなんだ。じゃあ試してみようか。あっ、でもまた威力が出過ぎたら……」


 焼き払われた木々が脳裏に浮かぶ。


『ちっめんどくせぇな。そのへんの調節は俺がやってやるよ』

「本当! ありがとうソル!」


 ちょいちょい、と僕の服が引っ張られる。振り向いてみると、少女が僕の方をじっと見つめながら不思議そうに首をかしげている。


 しまった。ついソルとの会話を口に出しちゃった。


「ご、ごめんね? 僕独り言が多くってさ!」

「嘘……ソルって言った……人の名前……」


 僕の苦し言い訳もあっさりと崩されてしまう。


「はぁ、実はね、僕の中にはソルっていう人がいるんだ」


 子どもなら大丈夫だろうと本当のことを話してしまった。もしかしたらソルのことを隠し続けることに疲れてしまって、隠さずに話せる相手が欲しかったのかもしれない。


「中に……人がいる……?」

「うん、そうなんだ」

「いいな……」

「どうして?」

「だって……一人じゃないから……」


 そう言った少女の目は少しだけ寂しそうに見えた。僕が答えに詰まっていると少女が身震いをした。春に入った頃とはいえ、まだ少し肌寒い季節だ。早く乾かさなければ風邪をひいてしまうかもしれない。


「ごめんね、すぐ乾かすから」


 僕は彼女を川から上がらせ、自分も上がった後、魔法の準備を始めた。イメージはドライヤーだ。右に火の魔力、左に風の魔力を集め、手を合わせてそれらを融合させる。少しだけ不安だった痛みも発生しなかった。

 融合の直前、少し魔力が散らされる感覚があった。さっき言っていたようにソルが調節してくれたのだろう。ソルに感謝しつつ、魔法を発動させる。


 すると暖かい風が吹き、体の水分を飛ばしていった。その風はしばらく続き、体が乾いた頃にようやく止んだ。


「どう? しっかり乾いた?」


 僕が聞くと彼女はぼーっとしているようだった。


「……今の……魔法……? もしかして……さっきの炎も……?」

「あーうん。そうなんだ。炎の件は本当にごめん」


 僕がそう言った瞬間、彼女が詰め寄ってきた。


「魔法……教えて」


 表情は変わっていなかったが、気迫が凄かった。


「え、えーと、それはダメだよ」


 裸の少女に迫られたじろぎながらも、五歳児に魔法は危険すぎるという考えから彼女の頼みを断る。


 彼女はしばらく俯いていたが、何かを思いついたのか頭を勢い良く上げた。彼女がどんなことを思いついたのかというと――


「木を燃やしたこと……言う」


 脅迫だった。無表情で、僕が魔法で環境を破壊してしまったことを大人達に教える、と脅してきたのだった。

 彼女は木を燃やすのが悪いことで、大人達にバレると叱られると思っているからそう言ったのだろうが、僕には怒られることよりも魔法が使えることがバレるのが問題だ。

もしバラされれば、僕が住んでいるのは小さな村だしすぐに広まってしまうだろう。偶然だが、かなり効果的な脅しだった。


「わかったよ……じゃあ明日、この場所にまた来てね。そうしたら教えるから」

「絶対来る……」


 彼女は意志のこもった声でそう言った。


「うん、また明日ね。……えーと、それじゃあそろそろ、服着よっか」


 僕がそう言うと彼女は自分が裸だったことを忘れていたのか、慌てて後ろを向いて服を着始めた。


 彼女が服を着終わったのを見計らい、彼女に声をかける。


「そうだ、まだ君の名前を聞いてなかったね。僕はソーマ」

「セリア……私はセリア……」

「セリア、か。いい名前だね」

「ありがと……ソーマ……」


 彼女はほんの少しだけ口元を緩めた。初めて見た彼女の笑みは、とても小さなものだったが、可愛いと素直に思えるものだった。

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