第24話
*
「百歩譲って、名前の件は帰国してから考えましょう」
「ありがとう、イディアーテ」
「まだ認めていませんから、礼には及びません」
「はーよかったよかった。ところで、解決したんならどうやって帰りますかね?」
アライが突然現実的な話題を振った。
我に返り、イディアーテが魔王に歩み寄る。
「……魔王は、我々人間に危害を加えるつもりもなく、友好的に扱ってくれるし、無事に返してくれるつもりなのでしょうか」
「危害? そんなことしないよ。別に命を狙ってこられたわけでもないし。君達は逆に、僕を助けてくれたんだし」
言ってから、自分が暗殺される可能性に気がついたらしい。魔王は真顔になった。
「えっ、何? 僕を殺すの?」
「そんなつもりはありません。花嫁の件を、貴方に直談判しに来ただけなんですから」
「あっ、あの、それと。魔物が、北の大国以外の積み荷を狙っているっていう噂もあるんですけど。そういうことがあるか、確かめたくて」
リアがイディアーテの後ろから出て、危険な藪に分けいると、魔王は数度瞬きをした。
「え? 魔物に人間の国とか種族の区別が、ついてるとは思えないけど。見分けてるふうに見えるのは、護符のせいかな? この印のある積み荷は絶対に襲わない。僕の代に思いついて、ぺろっと言っちゃったら大国に作らされちゃった」
魔王がぺらりとした紙切れを取り出した。紙はぼそぼそしてあまりよくない。その上、中心にあるのも、簡単なサインだけだった。
「これ、まねをしてもよろしいのでしょうか?」
「え。僕はいいけど、お札とかって偽物作ったらだめなんだよね? 札の制作は、北の国に一任してるから、勝手にやったらまずくない?」
「札がなくても襲わない、っていうのは無理なの?」
「それは無理。積み荷の中に好物があるのか、または、強い感情を得たいのかで、どうしても魔物の一部は、人間に近寄ってしまうし」
ぱたぱたと魔王が手を振った。ジークが頷きを返す。
「分かりました。では、新しい契約はいかがでしょう。こっそりと新しいサインを作ってもらって、うちで流通させていただけませんか」
「でも、あんまりたくさん作られると、魔物側も襲えるものがなくなって困るし」
魔王は人の形を取っていても、当然ながら魔物の味方だった。
(どうしたらいいのかしら?)
リアは、基本に立ち戻って考える。
魔物は、恐怖などの強烈な感情が大好きだと言われている。それと、呪われた者の魔法などを好物にしているらしい。
「強い気持ちさえ食べられたら、いいのかしら」
強い感情。
それが魔物の望みなのであれば。
しかめ面で考え始めたリア達の中で、ジークがもっとも早く思案から浮かび上がった。
「では、観劇場のチケットを融通しましょうか」
「は?」
「人の、喜怒哀楽の渦巻く演劇をいかがでしょう? あるいは本」
「……本?」
魔王が不思議そうな顔をした。
「本読んで、光景を想像するのは読み手の心ですが。書いてあるのは、たいてい人の心ですよ?」
「……そういうモノを好む魔物も、いるにはいるけれど。へぇ」
面白いかなと、魔王が話に興味を抱いた。
至って優雅に、ジークが微笑む。
「では魔王。我々と、大国の目を盗んで手紙のやりとりでもしましょうか。その際にでも、本や観劇の席をご用意しますよ。魔物達に流通させてもいいし、鏡の世界に来られたように貴方の一部だけで訪ねてきても構わない」
「あ。私の国には、古文書の解析と増刷、取り次ぎをしてる商人がいるわ」
リアも手を挙げた。
「古い本なら融通できます。いずれ、襲撃されそうになったら写本を差し出して、人質ならぬ「本」質にしてみたりしたいわ。できるのならば」
「うーん、できなくもないけど。全面的にとはいかないと思うよ。魔物なんてあんまり統率しきれているものでもないし」
「努力目標でも構いません! 今は、歩み寄りができると、分かっただけでもいい。また、後日詳しいことを話せたら嬉しいわ」
「そうだね。魔王にそのつもりがあると分かっただけでも、嬉しいことです」
ジークがリアの方を見てから、微笑み直して、魔王に告げた。
「我々の隣人、あるいは友人として、魔物達ともうまく暮らしていける日々を。戦よりもそれを、願ってやみません」
「ゆうじん」
蝋燭が音を立てる。
ぽかんとした魔王は、順繰りに人間達の顔を見た。これまではあまり人の区別をつけていないようだったが、ようやく、初めて顔を見た、といった風情だった。
「そうかぁ」
ふわ、と息を吐いて。
「……友人、か」
それもいいなと。
魔物の王は、楽しそうに笑っていた。
北の大国によって魔物が制圧されると同時に、イバラ達は一般市民として、魔王の住みかたる荒野を追い出されたらしい。
魔王が目を閉じて、辺りの様子を、時間をさかのぼって「見て」教えてくれた。
イバラは怪我もしておらず、近くの町で宿を取って、様子見に徹しているようだ。
「魔物側にもめごとがあって、一部の人間を巻き込んだ、と僕も北の国に言っておいたよ」
魔王は食器でも並べるみたいに、簡単に言ってのけた。
「言っておいた、って、いつ?」
「さっき。「見る」とき、ついでに、逃げまどう兵士らに連絡をやっておいたんだ。僕がいるのは現在なんだけど、僕が干渉した相手は過去の人間。北の国は、不審がって調べはするだろうけれど、荒野は「閉じて」おいたからしばらくの間、他の人間は入ってこられないし、君達のことも外に漏れることはないと思うよ」
(魔王って)
すぐには声が出ない。ため息になった。
(魔王ってとっても……)
「……とっても、変わってるのね」
「そう? そうかも。魔物の中でも変わり者だし。笛なんてものを作って、言葉の通じない他の魔物達を動かしてみるくらいだし」
「あぁそうだ、笛を預かったままでした」
預かったというよりも、偽魔王から取り上げたものだ。
ジークが思い出して、アライに指示する。鏡の世界で一度ジークが手にしたが、すぐにアライに戻したようだ。
銀色の笛は、アライの掌に載っていると、指一つよりも細くて小さく、頼りなかった。アライは恭しく、自分の主に笛を渡した。
魔王は笛をジークから受け取って礼を言い、丁寧にポケットの中にしまった。
「で。これから帰るんだっけ?」
「そうですね。できれば一晩、ここで休ませていただけたら助かります。歩き通しだったもので。その後、母国に向けて出立します。あまり長居すると、いくら貴方が隠してくれても、大国に不審がられてしまうでしょうから」
「そうだね。分かった。部屋は――いろいろあったからしばらく掃除もできてなくて、汚れてると思うけれど、好きな部屋を、埃をはたいて使っていいよ」
魔王に手を振られて、リア達は広間を後にした。
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