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第12話
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リアは、くしゃみをこらえて空を見上げる。木陰に入ると、少し寒い。
平坦な道がそろそろ終わる。馬に乗り、道が悪いときには徒歩で馬の手綱を引いて、一行はひたすら北上していた。
山道に入る前に、一度食糧などを買い足したいとアライが申し出た。彼だけが森を出て人里におり、いくつかの品を手に入れて再び合流した。
マーサも、たびたび使用人を町にやって、お茶や食べ物を買い足しているらしい。アライはマーサに買わせたらしく、マーサは「大した額ではありませんけれど腹が立つので後で請求書を送ります」と怒り気味だった。
馬に荷をくくり直しながら、リアはようやく、気になっていたことを口に出した。
「何で貴方は、ジークについてきたの?」
「そりゃ、アライは殿下のことが大事だからです」
「……あんまりそう見えないんだけど」
イディアーテと違って、アライは王子に対して心がない扱いをたまにする。そういう性格のようだが、それにしても、そんなに大事にしているように見えなかった。
言い方を変えてみる。
「……どうして、そんなにジークのことが大事なの? その、王子だから、っていうのは分かるんだけれど」
「そりゃ決まってます。アライは面白い方につく!」
「……蛙、面白い?」
「冗談はさておき」
リアは半眼になる。アライはかなり本気で言っているように見えたのだが。
「えーと。……何だっけ? 殿下ー、イディアーテ、何でしたっけ?」
「知らないなぁ」
「知りません」
ジークとイディアーテに言い返されて、アライは馬にとりすがった。
「えー、知らないの? ほんとに誰も知らないの?」
「あはは、嘘だよ。確かね、アライは、ドラゴンが嫌いだったんだ」
ジークが、イディアーテによって馬に乗せられながら、明るく笑って教えてくれた。
「……はい?」
リアが思わず荷物を落とす。拾って馬に乗せ直す途中、ジークが事情を説明した。
「アライの家は、ルカオンと言ってね。ドラゴンの飼育でも有名なんだ。でも、アライはドラゴンが嫌いで。家族から、育てなさいって言われて卵をもらっても、泣きじゃくって走って逃げていたらしくって」
話が読めない。リアは頷いて続きを待った。
「アライは、昔、年始の挨拶のために家族と王宮に来ていたときに、私の前で転んだんだ。……大嫌いなドラゴンに乗せられて運ばれてきたから、パニックを起こしていて、無我夢中であちこち走り回ったらしくって。ひどい顔をしていたから、そうだ、気分が悪いならこれをどうぞ、って私は彼に飴をあげたんだ。飴は、ちょうど妹達用に持っていたんだ」
ドラゴンのことは想像できないが、転んだ子どもに飴をあげるジークのことは想像に難くない。
「……で?」
「アライは、飴をしゃぶりながら私の後をついてきてね。私は、ドラゴンの姿を遠目でしか見たことがなくって。気性が荒いというし。気の優しい子どものドラゴンだったら、一緒に連れてきているってアライが言うから、見せてもらおうと思って……」
「……それで?」
「それでね。ルカオンの人達は私が来たことに驚いて、危ないから帰れと言ったのだけれど。子どものドラゴンだけは、触らせてもらったんだ」
間がどうも、飛んでいる気がする。リアは小さくため息をついた。
詳しい説明はないが、ジークはこののほほんとしたテンポで、大人を煙に巻いてドラゴンに触ったに違いない。
「貴方、思った以上にすごい蛙……人なのね」
「え? 何?」
「どうぞ話を続けてください」
「あぁ、うん。それでアライに、ドラゴンはかっこいいね、君は、これに触っていろんなことができるんだね、すごいねって言ったんだ。そしたら、アライが急に泣き出して」
「あーそりゃ殿下が、こっちが死ぬほど気持ち悪いって思ってる生き物を、誉めた上に、お前も頑張れって簡単に言うから絶望しちゃって」
「絶望とは、また大きな言葉だねえ」
ぜんぜん気にしていない様子で、ジークはのほほんと相づちを打った。
「で、まぁ、アライが泣くから。私は、じゃあドラゴン以外の勉強をしたらいいよと言ったんだ。その、言質を取られたらしくってね? アライは「王子が他の勉強を許してくださった」と言い張って、実家を飛び出して王宮に来てしまったんだ」
「……何ですって?」
多少なり、いい話になるんだろうと思って聞いていたので、リアは固まった。
「私も、その頃はイディアーテくらいしか、年の近い遊び相手がいなかったし。魔法使いになれるかもしれない友人というのはいいだろうなと、父上達も判断されて」
「ジーク、それって」
リアはおそるおそる口に出す。近くで、イディアーテが細長いため息をついた。
「ドラゴンつきの実家にいるのが嫌だったアライに、利用されたってこと?」
「あはは違うんじゃないですかー」
アライが挙手した。馬が驚いてたたらを踏む。手綱を引き直して、アライは笑う。
「ここで、発想の転換! 殿下はそもそも将来使えそうなヤツを遊び友達にしたいなーとか思ってて、ちょうど泣いてるアライが走っていくのを発見しました。アライを捕まえて、大人達の前でうっかり口を滑らせたフリをして、アライを部下に仕立てあげて、にっこにこ。って考えると、あら不思議。殿下超腹黒く感じられませんか」
にこにこしながらアライが言うのを、
「あはは、子どもの頃にそこまで考えてたかなぁ」
特に否定もせず鷹揚に、ジークが受け流す。
「……変な主従」
リアが思わず呟くと、
「その範囲に私まで入れないでください」
馬の背を撫で、イディアーテが遠い目をした。
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