第14話
*
「……まだ、姉上は着いていないのか」
魔王が住むという荒野の手前の小さな町で、イバラは小さく呟いた。
酒の染み着いた木の円卓は、表面がささくれだっている。白い指先でそれを撫で、薄暗い室内でため息をついた。
「どうした旦那」
十代の少年に、彼の胴体ほどもある腕の持ち主が軽やかに声をかけた。
片方の眉をあげて、イバラは答える。
「待ち人が来なくて」
「あんたにそっくりの女の子だろう? まだ来てないよ。それ以外の件は、バレないようにじっくりと根回し中だ」
「まだ準備段階だということも悩ましい」
頬杖を突いて、イバラは再びため息をつき、途中で飲み込む。
「皆、賛成してくれて手を貸してくれる。実にありがたいことではあるけれど」
一瞬、細めた目が、室内とも思えなく光を集める。
「与えられる利権は、特にないのに」
「存じております。ただ、貴方は、既存の、賄賂だとかの利権の話をされている」
「既存、と」
「さよう。貴方の提案は、元々、我々も叶えたいと思っていたことだった。ニーズがあったんですよ。貴方が細かな折衝を続けて、小さな我々はうっすらと連帯した。そして、今ここにいる」
蝋燭の芯がじりじりと削れていく。イバラは、礼の代わりに呟いた。
「手始めに魔王に、会う。その機会を作る」
時間がないという個人的な事情があって、イバラは、元々の予定よりもずいぶん早く、それを実行しようとしているのだった。
*
橋がある(というか作れる)なら馬も連れて行ける、と思ったのだが、ここから先も険しい道があるのと、いい馬を連れていると目立つということから、馬とは別れることになった。
(そっか……もう、魔王がいるっていう、北の大国の領土内に入るんだわ)
実感が薄い。そのせいでかえって、高い木に腰掛けたみたいに宙ぶらりんな感じで、寒気がした。
(私、何でここにいるんだっけ)
人と一緒に歩けて、心強いはずだった。
でも、真綿を敷いた地面の上を歩くようにふわふわする。ちゃんと、足裏が地面につかない。
(どうして魔王のところになんて、行くのかしら)
出会った人に言われたからだ。
無論、自分でここへ来ると、決めはしたけれど。
(自分で決めてないみたいだから、こんなに不安なのかしら)
リアは悩む。
自分が納得のいく「魔王の会い方」って何だろう。
(うーん)
考えて、一人で考えて結論が出なかったから相談したんだなと思い出した。
(相談っていうか、気づいたら話しちゃってたっていうか)
そもそも、このもやもやの原因は、魔王に会うことではなくて、他のところにあるような気もする。
眉を下げて考え込んだリアに、
「ちょっと何この子。ぶさいくな顔して」
アライが失礼な発言をぶつけてきたので、リアは意図的にものすごく顔をしかめてやった。
「おぉ、大分偉そうに感情表現するようになってまぁ」
「打ちとけてきたってことかなぁ」
カエルもといジークが、ほんわりと天を仰いだ。
別の意味でリアも天を仰ぎたくなる。
呆れてもいるけれど、同時に、胸の底がストーブに当たったみたいに暖かくて、手放しがたいものに思えた。
少なくとも今は、その気持ちに名前はない。
*
山中では幾度か魔物に遭遇した。たいていは、リンデンで初日に出くわしたような、小山に似た物体だった。
今回は子ネズミほどの大きさで、うわんうわんと反響音を立てて地面を駆けてくる。一斉に飛びかかってきた。シャツの裾や首筋に入り込んで、ところかまわず噛んでいく。
「嫌ー!」
持ち合わせのナイフを振り回してみても、切ることができない。
こればかりは、アライも剣でなぎ払うが殺せず、通り過ぎるのを待つだけだった。
「あーあ。魔物、さっさと来なくなればいいのにぃ」
「アライ」
イディアーテが軽く睨むと、アライは肩をすくめて、上着の胸ポケットの蓋を開けた。魔物は通り過ぎてくれたが、中の蛙は息も絶え絶えになっていた。
「ふ、ふう……」
「大丈夫ですか殿下」
「息苦しかったけど、無事だよ」
皆、どうにか切り抜けてきたけれど、魔物にはいっこうに慣れなかった。
よろめきながら、リア達は先へ急ぐ。
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