第19話
「ドラゴン……?」
(はっ、まずいわ!)
弟が何かにかんづくとき――それは、利用方法を思いつくときだ。
慌てて、リアはイバラに聞いた。
「ところでイバラ」
「何。姉さん」
「軍隊に興味ないって言ってたじゃない。何でその軍服を着てるの」
「ストラは小さい国だし軍隊なんて養えないよ。これだって軍服って言ってるけど、警備兵の制服っていうか」
「軍服かどうかの定義はいいから。そうじゃなくって、貴方、軍に興味があったわけなの?」
「ストラに住む者としては興味ない。今連れてきているメンバーの大半は、近隣諸国の商人が連れてる子飼いだよ。借りてきたんだ」
「商人?」
「姉さん」
いっそ哀れみ深く、イバラは微笑んだ。
「忘れた? 商人は、賊対策で流しの魔法使いや傭兵を雇う。その人達だよ」
「それは分かるわ。でもどうして彼らが、イバラについてきているの? 雇ったの?」
「商隊が賊に襲われると、多くの悲鳴や恐怖が生まれる。近場の小さな魔物が反応して、さらに襲ってくる。魔法使いと傭兵が頑張って追い払う」
「……そうだけど」
イバラは簡単そうに言葉を続けた。
「ところで、魔王は親・人間派だと言われている。魔王が指示すれば、嫌々でも魔物は人を襲わないと思われている。北の大国は魔王の住みかたる荒野を監視し、他の国の者が近づかないようにして、自分達で権利を独占している――自分達に有利な積み荷を守り、不利な積み荷は魔物に襲わせて」
「ただの憶測だわ」
「そう、憶測だ。根拠が薄い」
だからこそ、と弟は息を継いだ。
「近隣諸国の商人達は、違和感を覚えたわけだ。北の大国と仲が悪いと、魔物に襲われるのか? あるいは仲がよくても、なぜか魔物にしょっちゅう襲われる自分達の積み荷を、どうしたら守れるだろう? 根本的な解決策として、魔王を捕縛する、あるいは知り合いになって多少の融通をお願いするというのはどうだろう? ――僕はそうやって、彼らの助けを借りてここまで来た」
「そんなことができるの? それなら、私の予言だって魔王に融通してもらえたはずよ、できてないんだから無理じゃないの!」
「できなかったから、できるように動いてるんだよバカ姉貴! この分からず屋」
人前で気取って喋っていたイバラだが、途中から面倒くさくなったのか、いい加減に話を打ち切った。
「とにかく僕は、魔王を一国の思うままにさせない。公式の交易に使う馬車には紋章を入れ、それを魔物には襲わせない。周辺諸国や魔王自身と、密かに交渉したくて行動してきたけれど――もうそれどころじゃないから。姉さんのために、今すぐに、魔王を手に入れるよ」
イバラは元々公益のために始めたようだ。準備が整いきらないうちに行動したのは、リアのためというのが大きい原因らしい。
「これだけ集まってれば、大国に気づかれるわよ」
「大丈夫だよ。東にあるエストの、若い魔法使いを雇い入れた。しばらくなら、大国に対して目くらましできる」
「目くらましが使えるなら、私達が見えないようにして。荒野を渡るから」
「荒野を目くらましだけで渡るのは無理だ。ここは見張り小屋から遠い場所だから、うまく目くらましがきいている。けれど近いと、向こうにも魔法を破る者がいて、すぐにばれる」
「じゃあ、どうやって魔王に会うのよ」
「これからしばらく、大国の防備はお留守になるから大丈夫」
にこ、とイバラは、よそ行きの顔で笑った。
「まずは、ちょっと昼寝していただく。東西南北、四カ所の見張り小屋のうち、三カ所には、煙幕を用意する。これは魔法ではなくて通常のもの。薬物を混ぜて、一過性だけれど動けなくさせる。同時に、呪物を各所へ配置して、魔物を集める。これで残りの見張り小屋は手一杯だ。すぐに援軍が来るから、それまでの間に魔王のところへたどり着く」
「それじゃ、イバラがやったっていうことがバレちゃうわ」
「たまたま、近くの商人と商談中だった我々は、魔物が出たので私兵を使って追い払おうとした。どうやら商談中の積み荷が、一部呪物であったらしい。火をたいたら、その煙幕で前が見えないから、敵と間違えて大国の兵を撃ったり、魔王の屋敷に迷い込むことも――あるだろう? 嘘はついてないし……呪物は、生物じゃなくてモノだし。大丈夫、問題ない」
「問題がある気がするわ。そういう不穏な動きって、既に察知されてるんじゃないの?」
「さぁ? 僕達は何年も魔王を捜しているけれど、これまでずっと強行突破してこなかった。それなら、予言と関係のない、姉さんが十七歳の歳にわざわざ動くとは思わないだろう。今回はたまたま、通りがかっただけだ。偶然魔王に出くわして、交渉するだけ。とはいえ……姉さん、十六歳で花嫁にされる予定だったじゃない?」
「予言って言ってよ」
予定と言うと、自分でたてた計画みたいで嫌である。
「どっちにしろ、予言なんて既に不成立のはずだよ。時期がずれてるし。それなのに僕がちょっと目を離した隙に、父さんも母さんも勝手なことをして。姉さんは家出するし。姉さんの予言が不成立じゃなかったら困るから、しょうがないから、僕が何とかする」
「心配かけてごめんねイバラ。だって、どうにもならなくて」
「いいよ。もう大丈夫だから」
額をくっつけんばかりに会話する姉弟を見守って、アライがぼやいた。
「何このシスコン」
「確かに」
イディアーテが浅く頷き返した。
「イディアーテも似たようなものじゃないのかな?」
「王子。マーサを一つ前の町で待たせておくことはシスコンとかいう問題ではありません」
「自分で言ってんじゃん」
従者と主人がもめている頃、リアはイバラにもう一つ、質問をしていた。
「イバラ」
「何」
「私、イバラのしまい込んでた軍服を借りたの。気づかなかった?」
イバラが一瞬、口と目を大きく開いて、息をした。
「……そりゃ、そうだよ! 姉さんが今着てるのって、僕が数年前にもらった奴だよね? 丈があわなくて着られないからしまってたんじゃん! 今更そんなの見てるわけないでしょ!」
「嘘! 貴方ほとんど私と身長、違わないじゃないの!」
「違わなく見えても、手足が伸びてるの! 姉さんと違って!」
「何よその言い方は!」
「子犬みたいだなぁ」
のどかに、ジークが微笑んだ。
その様子で、リアも我に返る。
「そういえばイバラっ、監督官はどこに行ったの!? 貴方いつも勝手なことしてるから、お父様がつけておいたじゃない」
「難しい問題ばかり相談してやったら、それについて外部で愚痴れないし丸抱えになってストレスで倒れたよ」
「イバラってほんっと性格ひねくれてるわ」
「誰のおかげだと思ってるんだか」
ふう、とイバラが息をついた。荒野の土を踏み直す。
「とにかく、僕達が魔王のことは何とかする。だから、姉さん達は、町で待っていて」
その言葉が、吹きっさらしの荒野の風を、一瞬だけやませた気がした。
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