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第1話
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(絶対に、運命なんて変えてやるんだから)
そうは言っても、リアは、家出したことをちょっとばかり後悔していた。
というのも、今、石壁にぶら下がっていて、足がかりも何もなくて二進も三進もいかないからだ。
自分が生まれ育った小国ストラの城は、白鳥のように首が細くて秀麗だった。だが、ここの城は違う。ずんぐりむっくりしていて、まるでまん丸いどんぐりみたいだった。出入り口がなく、開いている窓は、高い塔のてっぺん一カ所きりだ。リアは仕方なく、壁を登ることにしたのだが――数メートル登ったところで、進むことも降りることもできなくなった。
(私って、もしかしてばか?)
助けを求めようにも、周辺の森にはひとけがない。
(自分で何とかしなくちゃ)
何とかしたいが、体がうまく動いてくれない。
ここしばらく弟と一緒に筋トレをしていたので、体力はあった。ただし、自国からずっと歩いて移動したので、さすがに疲れがたまっている。馬をもらってくればよかったが、人目につかないように外に出るには、一人で行動するしかない。幸い、木の実も、きれいな沢もあって、食べ物と水に困らなかった。
(ナグーの森には、動物がいない。ただ、森だけがあると言う。不思議だけれど、本当みたいね)
風が吹き、リアは目を細めて足下を見た。
辺りには獣や小鳥の姿がない。道中、獣に襲われずにすんだし、リアにとってはよかったのだが。
「うぅ……」
(何にもいないから、小鳥の声で心が慰められるっていうこともないわ……)
視線を引き上げ、森の果てをじっと見た。
ここには、求めるものがあるという。
リアは、自分に与えられている運命なんて、信じたくない。伝説でも何でもいいから、手っとり早く、自分の運命を変えられる「力」がほしかった。
「ぜっ、たいに、手に入れるんだから……!」
端の擦り切れた軍服姿で、リアは、決然と呟いた。
しかし残念ながらそろそろ手がしびれてきた。
お腹の虫も鳴いていて、体に力が入らない。
諦めて、落っこちて受け身を取るしかなさそうだ。
(骨折しそう)
再び地面を見下ろして、リアは痛みを想像して身震いした。
「やっぱり、落ちたくない」
呟くと唇が冷たくなった。心なしか手足も冷たい。
「あ」
指が空をかいた。底の厚いブーツも、リアの体重を支えてはくれない。
苔一つ生えていない城壁を、リアは滑り落ちた。
(あぁ……もうだめ)
大丈夫ですかお嬢さん。
声が聞こえた気がして、リアはゆっくりと瞬きした。
「……あら?」
頭の下がごつごつしていて、まるで石床のようだった。
「床?」
ぺち、と掌で叩く。
「私、城壁から落っこちたんじゃなかったかしら?」
起きあがると、体に痛みは感じない。暗褐色の石床、同色の壁が、陰鬱そうにリアの周囲に並んでいた。
壁には点々と燭台が据え付けられている。蝋燭の燃える匂いがした。
「幻じゃあ、ないみたい」
振り向くと、リアの後ろの壁に穴が開いており、その入り口に古いベッドが押しつけられていた。穴から風が入ってくる。
「通気孔かしら」
城壁から落っこちたとき、下に隠し穴でもあったのだろうか。
首を傾げ、リアはひとまず、行き止まりの壁穴から視線を戻した。
「案外、地面に落ちていた私を拾った、山賊の家だったりしてね」
笑いそうになったが、笑い事でもない。
(本当だったらまずいわ)
リアは何だかしょんぼりした。
(それにしても静かだけれど)
耳を澄ます。
ここにいても何も起きないようだった。
リアは暗い廊下を進んでみることにした。
行けども行けども石壁ばかりで憂鬱だったが、やがてそれも行き止まりになる。
前方に、重たげな鉄扉がそびえ立っていた。獣のカタチをしたノッカーが、真ん中に据えられている。他に抜け道もないようだ。
リアは背伸びしてそれを掴み、正々堂々とノックした。
「こんにちは! 用があって来ました」
真面目に言うと、ドアがぎいいと軋みをあげて開いていく。
「ようこそいらっしゃいました」
木で作られた道具のように軋む声が、リアに答えた。
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