第25話
*
部屋を決めるのに、どこが一番安全なのかアライが点検すると言うので、リアはいったん外へ出た。
星がさざめきあう中、リアは深呼吸した。冷たい空気が喉を通り、肺に流れる。伸びやかに手足も伸びる。
ストレッチをしていると、建物からジークが現れた。淡い色の髪が風にそよいだ。
「リア。大丈夫?」
「ふふ」
おかしくなって、リアは微笑む。
「貴方っていつも、「大丈夫?」って聞くのね」
「そう? そうかな。聞いてみないと分からないこともあるからね」
荒野の、茶色の地面。そこに生えている小さな草を避けながら、砂利を踏んでジークが近づいてきた。
「イディアーテなんか、子どもの頃から弱音を言わない癖があるし。大丈夫、って言い返されても、その調子から、本当の具合は推し量れるものだから。聞かないよりはいいかなと思って。つい」
「そうね」
気を張って、無理をして大丈夫と言っても、この人には見透かされてしまいそうだ。
指先が冷えているのにも気づかれたらしく、「手を握ってもいい?」と自然に問われた。
「ありがとう。私、ちょっと寒くて。冷たいからびっくりするかも」
「あぁ、それでかな? ちょっと寂しそうに見えたから。一人でいる方が、心がしんとして楽なこともあるけれど、人のぬくもりがある方がいいことも、あるし。声をかけたくなって、来たんだ」
するりと、リアよりも広い掌が、リアの手と繋がった。
「ふふっ」
リアは笑う。
「どうしたの?」
「何だか、おかしいなぁって思って」
「どうしてかな?」
「最近私、弟とも手を繋がないのに。どうして貴方と繋いでるのかなって、思って」
「今、距離が近いからじゃないかな」
ふわりと手を引かれて、肩が触れる。
「他の誰かにこの場所を譲るつもりも、ないし」
「え?」
「――あれっ?」
ジークが何かに気づいたようで、こちらを見下ろした。
リアは後ずさる。耳が、頬が、手指が熱い。
「えっ、あのっ、私っ」
気恥ずかしさが、今更のようにあふれ出す。
ジークのことを考えてみると、大事にしたい人だ。確かに。
(キスだって、したけど……!)
改めて我に返ると、これは、まさか。
「こっ……」
(恋人みたいじゃない!?)
冷や汗まで出てくる。赤くなったり青ざめたりするリアに、指の力を入れ直してジークが聞いた。
「で、大丈夫?」
「な、ななな何が?」
「ここに来て、嫌な思いはしなかった?」
「あ」
(私、自分のことばっかりだ)
反省とともに、苦い思いが胸に広がる。
(ジークは一緒に、ここまで来てくれた。魔王と、話してもくれた。イバラだって、私のために、人を集めてあんなことをしたのに)
まぁ、イバラの場合は、他にも政治的な思惑がある。ただ、動機の一部にリアのことがあるのは、分かる。
「ジーク。大事にしてくれて、ありがとう」
「どうしたの?」
「お礼をね、言いたくなったの。貴方が一緒に来てくれなかったら、きっと私、いつまでも逃げ回っていたような気がする」
「大丈夫だよ、君ならきっと」
掌が暖かくて、目の奥がじわりと痛む。
「どんな運命であろうとも、君ならきっと大丈夫」
ジークの言葉に、リアは不意に崖に向かって突き放された心地がした。
運命。
リアは当初、運命を変えるつもりで、リンデンの城に向かい、扉を開けた。
蛙の王子と、従者達とともに、魔王の元にたどり着いて、魔物のことや、花嫁が不要であることを知ったけれど。
そもそも、リアは、リンデンの城で、運命を誤った可能性があるのだ。
運命。
ジークに、運命と言われるたびに、ぎゅうっと心と体が縮こまる。
「私、ね。貴方に謝らなくてはいけないの」
言わなくては。
嫌われたくないけれど、言わなくては。
繋いでいる手を離しそうになって、ジークから握り返されて引き戻される。
「何? どうしたの?」
「貴方は、これを運命だと言うけれど」
星が瞬く。あれは何の星座だろう。
「以前、ちょっと話したかもしれないけれど、リンデンで、私、マーサに突き飛ばされて、たまたま、あのドアを開けたの」
「たまたまでも、君が選んで開けたものだったら、別に構わないよ」
「違うの。他のドアを開けるって決めた直後だったの」
ジークは空色の瞳を細めて、白く息を吐き出した。考え込んでから、あぁ、と笑みを含んで、目を上げる。
「ドアを開ける前に、一度ドアノブに触って、離さなかったかい?」
「えっ?」
そういえば。
リアはリンデンの城の中で、ドアノブを掴み、開けようとしたとたん突き飛ばされて――そして、あのドアを開けたのだった。
おかしそうに、ジークが笑う。
「あのときにね。ドアが鳴ったんだ。ドアノブに、誰かが触れた。期待で胸が張り裂けそうになった。でも、開けられなくて、がっかりして。イディアーテに慰められていたら、もう一度。今度こそ、ドアが開いて、君が入ってきたんだ」
嬉しかったなぁと、彼は目をきらきらさせて言う。
「だから、君は、選んだんだよ。ちゃんと。自分の選んだ運命の扉を、開いたんだ」
呆然として、リアは星空を見上げていた。黙ったまま、どれくらい並んで立っていただろう。
ふとジークが、こちらを見下ろして囁きかけた。
「眠たそうだね」
「そう? そんなことない……」
言葉を裏切って、ふわ、とあくびが出る。ほっとしたせいで、一気に疲れが来たようだ。
「足下がふわふわしてる……私、確かに眠いみたいね」
靄を食むようにして、リアは数度あくびをこらえた。
「本当に眠そうだ。自分で歩ける?」
「たぶん、大丈夫」
星々が降るような中、ジークが身をかがめ、背中を見せた。
「乗って」
「えっ」
先日まで蛙で、リアが元に戻した相手だとはいえ、ジークは他国の王子なのだ。リアだって子どもではないのだから、気軽に背負われるわけにもいかない。
「子どもの頃以来だし、私ちょっと、あの……」
初めは断ろうとしたけれど、何となく、触れてみたくなって、リアはためらう。
「どうぞ」
「ッ」
何だろう。ものすごく恥ずかしくなってきた。
どうしたの、と不思議そうに見上げてくる相手の様子に、恥じらっているのが自分だけだと気がついて、リアの心臓は坂を登ったり下ったりした。
(何なのかしら!)
思い返すと、イディアーテの妹、マーサの怒りは、もっともだ。
――こっちばっかりどきどきして、でも、相手はどこ吹く風なのだから。
ちょっとぐらい困ればいい。リアは、幼い頃父親にしてみたように、思い切りぶつかった。突き飛ばすくらいの勢いだったけれど、ジークは軽くいなして、リアを背負いあげてしまう。
「何なのかしら……」
「え? 何が?」
リアが呟くと、耳元がくすぐったかったのだろう、笑いながらジークが首を傾げる。
ちょっと腹が立って、わざと首筋に顎をうずめた。
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