第3話

「うわあぁあああん!」

 運命を変えたかった。変えてやりたかった。

 それなのに、掴んだ新しい「運命」は、本当にとんでもないものだった。

「よりにもよって……! かっ、蛙だなんてえぇえ!」

 階段を駆けおりる。人形みたいな執事が、ご利用ありがとうございましたー、とまるっきり他人事な平静さで挨拶をしてくれた。

 リアは、目の前の大きなドアをぶち開ける。

 来たときと違い、ドアの向こうはすぐ森になっていた。

 外は明るく、爽やかな風が吹いている。

 リアは泣きながら、森の中を全力疾走した。

「こっ、こんなのって……!」

 木や草の、緑の葉が体に当たる。痛い。つらくて、いっそう涙があふれてきた。

(こんなのって、ないわ)

 後方から、蹄の音が近づいてきた。

「もしもーし、逃げないでくださーい」

 のんきな声をかけられた。十中八九、あの蛙の従者だろう。リアは振り向かず、馬の通りにくそうな脇道に飛び込んだ。従者が構わず、のどかに叫ぶ。

「話し合いましょうよー。アライ、お話だけは上手ですよー。暇でしょうがない殿下の、「きっと、私を助けてくれるのは、とってもいい子なんだ!」とかいうきらきらした夢見がちな妄想を時々無惨に踏みにじって遊ぶこともあったけど、たいていは、とってもいい従者でしたよー」

「どう考えてもひどすぎない!? 貴方従者なんでしょう!?」

 思わず叫び返してしまい、リアの速度がいくらか鈍った。

 後方に、馬が二頭見えている。一頭はアライとか言う従者が乗って、もう一頭は灰色の目の男が乗っていた。

「聞かせてくれないか……! 私は確かに、今は蛙だ、だけど、君の力があれば人間に戻れる! 蛙が嫌いということであれば、考え直して、戻ってきてくれないかい!」

 アライの馬に座っていた蛙が、精一杯声を張り上げた。

 確かに、この蛙自体には罪はない。

 ちょっとキスをしてやったら、蛙の呪いはとけるのだ。そうしたら、彼はリアの味方になってくれるかも、しれない。

(そうね、少なくとも蛙本人は……)

 蛙は、何だか、優しそうに見えた。

(そう、優しそうなのよ!)

「優しくたって……あっ、あんなんじゃ……魔王に勝てないわ!」

「えっ?」

「貴方なんて、よっ、弱そうじゃないですか!」

「えっ?」

 蛙の王子は、傷ついたのかころりと馬から転がり落ちた。後続の馬の乗り手が、灰色の目をすがめて、蛙をひょいと拾い上げる。

「貴方足が速いですねえ」

「えぇ! いつでも運命から逃げられるように! 鍛えていますから!」

「運命? よければ、聞かせてくれないかい?」

 蛙の、いっそかわいらしいくらい落ち着いた口調に、リアは思わず口を滑らせた。

「魔王の花嫁になって、十六人の子どもを生まされることです!」

「じゅ、じゅうろく……」

 絶句した蛙を掴んだまま、灰色の目の男が言った。

「何だかものすごく具体的で中途半端な数字がくっついていますね。予言ですか、ソレ」

「そう! 予言! くそくらえ!」

 息が切れてきた。リアは空腹だったことを思い出した。めまいがする。

「危ない!」

 蛙王子が一声あげてジャンプする。転ぶリアを受け止めようとしたが、体が小さすぎて無理だった。結局、蛙はリアの下敷きになる。リアと二人で仲良く気絶してしまった。

「……さて。どうしますかねぇ」

 灰色の目を細めた男に、馬をおりたアライが、「ってか道具全部置いてきちゃった。どうしようイディアーテ?」と問いかけた。

 イディアーテは微笑んだ。

「取りに行ってこい」

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