最終話 ユキワリソウのせい
~ 一月五日(金) クリームシチュー ~
ユキワリソウの花言葉 少年時代の希望
枯れ木の間を吹き抜ける風は。
セピア色の窓にかけられた鍵をかちりと開く。
そんな音が聞こえた寒い朝は気を付けて。
白い息をじっと見つめながら霜柱を踏むと。
さくり、さくりと楽しくなって。
こうして、一枚の写真の中に迷い込むから。
帰るためには、誰かと交わした約束を思い出さないと。
小さな頃に交わした、小さな小さな約束を。
それを叶えるために、お家へ早く帰らないと。
暖かいシチューを食べに、早く戻らないと。
~🌹~🌹~🌹~
「もう、体力の限界を感じたの。ベンチで休憩なの」
「やれやれ、飽きちゃったかい?」
冬枯れは、茶色の絵の具も手を焼くほどに、白と灰の景色に溶け込んで。
公園の遊具と子供たちの手を、冷たく凍えさせていた。
「別に疲れてないの。ここで、冬景色を堪能なの」
「難しい事を知ってるね。……でも、殺風景じゃないかな」
大きな背中の大人と。
小さな靴の子供。
そんな二人にも、ベンチは平等に、一人分ずつの休息を提供する。
「サップケー? ……そうかもしれないの」
「ははっ、殺風景は分からなかったか」
「分かるの。あこがれのお仕事なの」
「憧れの仕事? ……じゃあ、将来は殺風景になるんだ。ちょっと寂しいな」
大人が大きな白いため息を子供に向けると。
子供はその煙が包んだ言葉の意味も知らずに。
ハーハー真似て、楽しそうに微笑んだ。
「寂しくないの。だって、お嫁さんになるのが夢なの」
「なんだ、そうなのか。……誰の? 今、滑り台百番勝負に挑んでる子の?」
二人が見つめるその先では。
灰色の景色にぽうっと明かりを灯すよう。
元気に滑り、また駆け上る。
青いセーターの子供の姿。
ベンチの子と同い年。
お隣に住む、大好きな子の姿があった。
「うん。……優しいから、きっとグータラ過ごせるの」
「その理由はどうなのかな。……でも、グータラは感心しません。しっかりしないといけないよ?」
「…………寝てる間ならば」
「主に、起きてる間でお願いします」
大きな背中を小さく丸めて、困り顔を浮かべた大人が見つめる先で。
逃げるように顔を逸らした困り顔が、頬を桃のように染めながら口を尖らせる。
「……大人になったらきっと、しっかりになるの。だって、大人なんだから」
「それは一概には言えないなあ。だって、僕はしっかりしてないもの」
「しっかりしてるの」
「ほんとかい? 例えば、どこが?」
適当に口にした言葉だったのだろう。
子供はうーんとね、と、首をひねって黙り込み。
サッカーボールが目の前を横切って。
それと倍くらいしか違わない子がのたのたと追いかけて。
たっぷり考えてから、ようやく返事をした。
「…………たまに、自分の事を俺って言うところが」
「俺って言うかな、僕。……じゃあ、真似するかい?」
「ほんと? いいの? でも、待って欲しいの。それは、ハタチまで無理だと思ってたから急すぎて……」
「変なルールだね。でも、やっぱりやめようか。……僕が叱られるの、明白だから」
「叱られるの? ……さては、悪の道に誘い込もうとする魂胆なの」
「違うよ。変なことは教えません。良い事なら沢山教えよう」
温厚そうな背中がゆさり。
穏やかなタレ目をきょろきょろとさせると。
滑り台の向こうに指を差す。
「あそこ、ヤドリギの実が生ってるだろ? あれは毒だ」
「不必要な知識なの。冷たそうだからキーンってしそう。暖かいものが食べたいの」
「そうか、暖かいものか。……うん。いいものを思いついた。作ってあげるから、一緒に食べよう。美味しいよ?」
そう言われた子供は、丸い桃を大人に寄せて。
それを嬉しそうに、ぱっとほころばせた。
大人が、ぎしりとベンチを立つと。
子供は、たんとベンチから降りる。
大きな指に、しっかりと掴まって。
でも、ちょっと背伸びをしないと歩けない。
だから、両手で捕まって、こうしてぶらんとぶら下がると。
いつもより速く歩けて、いつもよりちょっと楽しくて。
「さあ、帰ろうか」
「美味しいの、楽しみなの」
「……おーい! もう帰るぞ!」
大きな声に呼ばれた、青いセーターの子供は。
滑り台から降りたばかりの元気な子は。
楽しそうに走ってきて。
そしてちょっとためらった後。
反対側の手にぶら下がる。
――笑顔を二つぶら下げて。
今は、片手で持ち上げることが出来る二つの夢をぶら下げて。
どんどん膨らんで、現実になっていくその夢は。
いつから腕全体でなければ持ち上げることが出来なくなるのだろう。
いつから両手で抱えなければ持ち上げることが出来なくなるのだろう。
そして、いつ。
君の手を引いて歩く、赤い道の途中で。
その手を、他の誰かに託すことになるのだろう。
その時、僕は、泣くんだろうな。
にっこりと笑顔を浮かべながら、涙を流すことになるんだろうな。
滑り台から走って来た、青いセーターの子が。
その頭に、白いユキワリソウを一つ咲かせた女の子が、楽しそうに微笑んで。
「ブランコなの。楽しいの」
「……穂咲? 道久君のしゃべり方の真似かい?」
「そうなの? 前からなの」
「ほっちゃん、ウソついてるの。僕の……、俺の真似しないで欲しいの」
「ああ、道久君。僕が怒られるから。俺は禁止の方向でお願いします」
冬枯れの中を吹き抜ける風は、子供たちの手と頬を真っ赤にさせて。
だから、大きな背中の大人は、その手をぎゅっと握り締めてあげた。
「穂咲。道久君が素敵なアイデアくれたから。パパがいい物作ってあげる」
「なんなの? いいものなの?」
「あー! また真似したの!」
「もともとなの。ねえパパ、いいものって?」
「それはね……」
……
…………
………………
肉まんの湯気越しに眺めるお正月気分の公園は。
過去の世界に誘う魔法の景色。
「……くん」
確か、ここで誰かが滑り台で遊んでいたのを見ていたことがあった気がする。
その時、俺、誰かに夢を話したような気がするな。
「道久君」
「お? ……悪い。ボケっとしてました」
軽い色に染めたゆるふわロング髪を大人っぽくエビにして、肩から前に流した女の子。……頭に、ユキワリソウを一個乗せた、子供のような女の子。
彼女の名前は、
生まれた頃からの幼馴染。
この公園で、一緒に何度も遊んだ幼馴染。
「昔、ここで。俺が変な夢を語った相手、君じゃないですよね」
「どんな夢なの? 世界一恥ずかしい夢?」
「失礼だな! そんなこと無い……かな?」
「はっきり言うの」
「……だれかのお嫁さんになるって言った気がする」
「……それ。宇宙一恥ずかしいの」
「ですよね」
なにかを思い出したような。
でも、そんなバカな事を言うはずもないような。
枯れ木の間を吹き抜ける風は。
セピア色の窓にかけられた鍵をかちりと開く。
そんな言葉を聞いたせいかも。
錯覚なのかな……。
「穂咲は、昔の事をふとした拍子に思い出したりしない?」
「しないの」
「ああ、聞いた俺が間違ってましたごめんなさい」
「でも、この年末年始、沢山パパと過ごした気がするの。また思い出が増えたの」
…………そうだったね。
君の記憶は砂時計。
過ぎ去った時間のはずなのに。
今もそうして、思い出の山がどんどん大きくなっていく。
「思い出、これからも沢山増えると良いね」
「うん」
そう、これからも。
思い出はどんどん増えていって。
君をパンパンにふくらます。
まあるく、幸せにふくらます。
「…………穂咲、正月で太った?」
「失礼なのっ!」
……そして俺は、君をもっと真ん丸にさせた。
おしまい♪
……
…………
………………
枯れ木の間を吹き抜ける風は。
セピア色の窓にかけられた鍵をかちりと開く。
「いっこ、なにか思い出した気がするの」
「なんでしょう。言ってごらんなさい」
「思い出」
………………………………。
「え? それだけ?」
「思い出、埋めなかった?」
「…………タイムカプセルか! ああ、掘り出してみようか!」
「懐かしいの。どこに埋めたっけ」
「どこに埋めたっけ?」
「……どこに埋めたっけ」
「………………どこに埋めたっけ?」
冬の一日。
ついさっきまで仲良しだった俺たちは。
お互いの記憶力をののしり合いながら帰ることになるのだった。
次回! 「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 7冊目♪♪♪
一月九日(火)より更新スタート!
タイムカプセルの行方は!?
穂咲はあてにならないぞ!
頑張れ道久!
どうぞお楽しみに!
コンテスト応募都合により、
・ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ雰囲気が変わります!
・各話タイトルに、日付が入りません!
・時候のネタが無く、季節感も描かれません!
・誕生花のしばりが無くなります!
・土日も更新!
お間違えの無いよう、よろしくお願いいたします!
あ、もう一つ。
・道久が立たされません。
「…………絶対ウソなの」
よ、よろしくお願いします!!!
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 6.5冊目! 「秋山が座らされた理由」欄のある反省ノート! 如月 仁成 @hitomi_aki
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