コルチカムのせい


 ~ 十二月二十一日(木) トルコライス ~


   コルチカムの花言葉 頑固



 クリスマス会のプレゼント交換。

 このイベントは、人間の器を測るのに実に向いていると考えるわけで。


 つまりこうしてプレゼントを購入した後の電車内で。

 どんなものが当たるかなとワクワクしている器の大きいやつが藍川あいかわ穂咲ほさき


 受け取ってくれた人が、がっかりしないか不安でしょうがない小者が俺。


 ……目覚まし時計なんか貰っても嬉しくないかなあ、どうなんだろう。


 そんな大物さんは、頭の上も大物で。

 お出かけ用に緩く結った編み込みに、豪快なコルチカムの花をぶすっと挿している。


 イヌサフランと呼ばれる、淡い赤紫の花びらがこれでもかと幾重にも開くダイナミックなお花は、小さいことなど気にも留めないのでしょうね。



 それはともかく。

 年末特有、ちょっと浮ついた電車の中で。

 俺は、マンガやドラマでもお馴染みの、あの感覚を味わっています。

 


 ……俺の身の回りに、裏切り者がいる。



 犯人はここにいませんが、おばさ……、裏切り者がリークした情報により、俺の隣にはおばあちゃんが腰かけています。


 そのおばあちゃん。

 俺たちの買い物に付きそって一緒に街をぶらついたものの。

 特に何かを買うでもなく、こうして帰路についているのですが。


 その目的が微妙に不明なのです。

 何となくですけど、穂咲が欲しいものを探っているようにも見えましたけど。


 ……その片鱗が、この質問にも現れていますし。 


「穂咲さんは、趣味のようなものは無いのですか?」

「趣味? 料理なの」

「それについては、わざわざ問わずとも心得ています。毎日シチューばかりこさえているようですし」

「待つんだ二人とも。あれを趣味に分類するのはどうかと思う」

「……趣味でなければ、なんだと言うのです」

「黒魔術」


 途端に眉根を寄せちゃいましたけど。

 今日はルーから揚げ物のサクサク感までしたんですよ、おばあちゃん。


「道久君は変な事ばっかり言うの」

「そのようですね。道久さんへの指導は後で行うとして、他には趣味などないのですか?」


 すっかり俺を変な奴扱いしやがって。

 もう実験に付き合ってあげないからな?


「他に? ……編み物と、ネコとママ」


 一気に三つ出てきましたけど。

 括りが雑でびっくりだ。


芳香よしかさんを趣味と呼ぶとは何事ですか。……しかし、編み物は良いですね」

「うん! お友達のおうちが編み物やさんでね? そこで道具を買うのが楽しいの!」


 我が意を得たりと身を乗り出したおばあちゃん。

 神尾さんのファンシーショップの話を聞いてしゅんと引っ込む。


 やはり。

 おばあちゃんは穂咲が欲しいものを探っているようでした。


 中学生のころまでは、お話は面白いけどすぐに正座させる厳しいおばあちゃんとばかり思っていたけども。

 今では、その内側に潜む優しさと可愛らしさがとってもよく分かる。

 だとしたら、どう言ってお手伝いしたらいいのかな?


「……おばあちゃん、ちょっと買うのに悩んでる品があってアドバイス欲しいんだけど。明日にでも買い物に付き合ってくれないかな?」


 俺の言い回しに目を丸くさせたおばあちゃんは、咳ばらいと共にいつもの厳しい顔に戻りながら首肯した。

 でも、うまく意図が伝わったものと喜んでいたら。

 この人ったらやっぱり怒るのです。


「道久さん。そのように日陰な物言いをするものではありません。そのような心根でいては、陰口が身に沁みついてしまうものと心得なさい」


 そう言いながら、穂咲へクリスマスプレゼントを探してることを白状しちゃった。

 ……うーん、これくらいの隠し事はアリとも思うけど。

 

 でも、実直なおばあちゃんには確かに叱られてしかるべしかも。

 今日も正座でお小言は確定だな。


 プレゼントと聞いてはしゃぐ穂咲。

 その姿を見て相好を崩すおばあちゃん。

 二人に挟まれて溜息をつく俺。


 そんな三人の前。

 駅から乗って来た一人のおじさんが吊革につかまると。

 おばあちゃんがすっと立ち上がって席を譲ってしまったのです。


 なんとまあ。

 おじさんの方が少し若く見えますが。

 おばあちゃんといると、ほんとに背筋が伸びるのです。


 慌てて席を立つ俺と穂咲。

 おばあちゃんに座ってとすすめると。


「ばかをお言い。まだそのような歳ではありません」


 ぴしゃりと叱られました。


 ……この頑固者め。


 でも、俺たちはいいんだけども。

 席を譲られて、反射的に座ってしまったおじさんの居心地の悪そうなことと言ったら。


 次の停車駅で、そそくさと降りて行ったけれども。

 絶対この駅で降りるつもりじゃなかったですよね?

 なんかごめんなさい。


 気まずい雰囲気の中、三つ空いた席の正面に立ったままの三人組。


「……席、空きましたよ?」

「いいえ結構です」


 ほんと頑固だな。

 周りの皆さんも、どう事が運ぶのか興味津々なようで。

 携帯と俺たちとを、半々に見つめているのですけど。


 そんな中で、穂咲が肘で俺を小突く。

 ……この小突き方、言いたいことは良く分かるので、俺も肘で返事をする。



 あたしは足が限界なの。

 だろうね。俺も辛いのです。



 二人同時にため息ついて。

 しかしその時、天の助けと言わんばかりのものが目に入った。


「おばあちゃん! 靴ひもが解けてる。結び直すから座って!」


 この言葉に一瞬眉根を寄せたものの、結局ふんと息をついたおばあちゃんがようやく折れてくれました。


「…………仕方ないですね。お願いします」


 良かった。

 席に着いたおばあちゃんの靴ひもを結び直している間に、穂咲はしれっと席に座り。

 車両内の皆さんから安堵のため息が一斉に上がったところで電車は止まり。



 ……初老のご夫婦が乗ってきました。



 至る所から、こらえきれずに漏れる笑い声が聞こえる中。

 穂咲共々、目と口を真一文字に結んで吊革につかまった。



 ……今日は、正座より辛いのです。


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