ラークスパーのせい
~ 十二月二十日(水) うな重 ~
ラークスパーの花言葉 私の心を読んで下さい
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その二台のレジ。
隣に立っているのは、自分の部屋にいるかのようにはしゃぐ
普通、お仕事中は身が引き締まるもの。
なのにどうして君は、そうリラックスできるのでしょうか。
今日の穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんにお団子にして、そこにラークスパーを何房もプランプランと揺らしている。
デルフィニウムにとってもよく似た青いラークスパー。
別名はチドリソウ。
まっすぐ伸びた茎に群れて咲くそれぞれの花が可愛らしく、お花に詳しくない方からは大きなラベンダーとも呼ばれている。
そんな、鼻歌交じりに仕事をこなしていた穂咲が急に気を付けになってしまった。
この反応はもしかしてと、自動ドアに目を向けた俺も気を付け。
驚くなかれ、おばあちゃんがバイト先へとやってきました。
……ははあ。
自分の息抜きタイムが欲しくて、俺たちのバイト先教えたな?
今頃、魂を洗濯機でごうんごうん洗いながら羽を伸ばしているであろうおばさんを思い浮かべて、思わず苦笑い。
そして、厳しいキツネ目が穂咲の方のレジに並びましたけど。
穂咲はあうあう言い始めて、落ち着かない様子。
こんなに緊張してたら絶対やらかすでしょう。
自覚もあったらしく、穂咲はいつものアイコンタクトで訴えかけてくるのです。
代わって欲しいの。
きっと叱られるの。
……気持ちは分かるけど、それなりちゃんとした理由が無いと代わってあげられません。
なので、キッチンにいる店長にアイコンタクトをしてみると。
ヘビににらまれたカエルの心境をよく分かっている店長がすぐに察してくれたようで、穂咲をキッチンへ呼んでくれた。
……助かった。
だから、なんですぐに弱者の気持ちを汲んでくれたのかは追及しないでおこう。
「お客様、申し訳ございません。私がご注文を承ります」
急に受付が変わったことに特に指摘も無く。
緊張しながら、なんとかそつなくレジをこなす。
そして座敷が片された午後の店内、唯一残った席へおばあちゃんが腰かけると、思わず安堵のため息が漏れた。
……不意打ちとは卑怯なり。
こんなところまでわざわざ来なくてもいいじゃない。
昨日のおばさんの言葉を借りちゃうと、気が休まらないのです。
それにしても、おばあちゃん。
ハンバーガーを随分嬉しそうに召し上がられますね?
凄く意外。
尻尾をブンブン振りながら足をパタつかせている錯覚すら浮かんでくる。
そんな思いで眺めていたおばあちゃんの四人席で、ちょっとした事件が発生しました。
――席には、夏から常連になっている中学時代の同級生コンビ。
そしておばあちゃんと、もう一方。
初めてハンバーガーショップにいらっしゃったのだろうか、勝手がわからず戸惑う様子のお年寄りが腰かけていらっしゃる。
そのお年寄り。
穂咲が慣れていらっしゃらなそうなお年寄りに渡してあげるお皿にハンバーガーを置いて。
同じくサービスのナイフとフォークで召し上がっていたのですが。
お隣に気を使われたのか、それとも急に恥ずかしくなったのか。
相席の若者ににっこりと笑いかけて、こう仰るのです。
「ごめんなさいね。これ、手で食べるものなんでしょ?」
いえ、別に決まっていないんですよと笑顔で返す同級生たち。
でもやはり気になさっているのだろうか、お年寄りは恥ずかしそうにされていらっしゃる。
……すると、おばあちゃんが齧りついていたハンバーガーをトレーに置いて、俺に向かって凛とした声をかけてきた。
「道久さん。私にもナイフとフォークをお貸しなさい」
なんと!
……かっこいいなあ、おばあちゃん。
お隣のお年寄りに気を使って下さるなんて。
幸せな気持ちと共に手にしたお皿とナイフとフォーク。
穂咲曰く『昼下がりのお嬢様セット』を持ってテーブルへ向かおうとしたところ。
キッチンから飛び出してきた昼下がりのお転婆さんとぶつかった。
「いてて! こら、ちょっとは注意して……? 君が持ってる皿、何?」
「新商品! 最初から切れてるバーガーなの!」
「おお、それは親切だな! やるなあほさ…………、ぐっちゃぐちゃ」
穂咲が手にしたお皿の上には、見るも無残な姿になったハンバーガー。
確かに箸でもフォークでも食べられそうですけど、これは無い。
「却下です。とっとと何とかしないと、カンナさんに見つかったら大目玉です」
「なにが大目玉だって?」
うわ、最悪!
タイミングの悪いことに、休憩を終えたカンナさんが穂咲の皿を見て一瞬で怒髪天。
「てめえ、バカ穂咲! くいもんで遊ぶな!」
「遊んでないの」
「こんなのお客様に出そうとしやがって! 切る前に楊枝で刺すとか、ちっとは考えろ! まったくいつもいつも脳みそ家に忘れてきやがって……」
「お話し中の所、失礼しますよ。……孫がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
ちょ!
おばあちゃん、まさかの参戦!
一触即発の超大国に挟まれた小国としては、気配を消して地蔵のポーズで見守るしかなくなりました。
「孫っ!? うおっと! いや、その、今の罵声は勢いって言うか……、お孫様にはいつもお世話になっておりまして……、いやまいったな」
「どうぞお構いなく。厳しい言葉で叱って下さるなど、なんとありがたい事でしょう。あなた様のお手を煩わせるのもいけません。……穂咲さん」
これだけで条件反射。
穂咲はぐっちゃぐちゃの皿をお地蔵様へお供えすると、レジ前で正座した。
……迷惑。
皿も、お客様にも。
でも地蔵は何もしゃべれません。
気配を消して、こっそり少しずつ遠ざかることしかできないのです。
「穂咲さん。なぜ叱られているか分かりますか?」
「うう……。良いことしたのに……」
「メシは見た目も大切だろうが! しかも食べ慣れていないからこそ、あの形に憧れるものだろうが!」
「でも食べ辛かったら可哀そうなの……」
「お店の方に口答えなど、言語道断」
「それよりてめえ、ばあさんに口答えとかありえねえだろうが!」
うそでしょ?
カンナさんとおばあちゃん、気が合っちゃった。
俺は地蔵であることを忘れて、思わず口走ってしまった。
「最強タッグ、結成!」
…………よく覚えてないのですけど、俺は何か失礼な事を言ったのでしょうか?
ヤンキーとキツネの目が、尋常じゃないほど怖いことになっているのですけど。
「……道久さんも正座なさい」
「仕事中だから! かんべんして!」
「じゃあちょうどいい。秋山、いつものやつやってろ」
丁度いい?
「……正座で客引き?」
頷く最強タッグに勝てるはずもない。
俺は素直に寒空の店先に地蔵のごとく正座した。
……もちろん客引きどころじゃなく。
お客様が引いて、次々と逃げて行くのでした。
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