アンゼリカのせい
~ 十二月二十八日(木) 千枚漬け ~
アンゼリカの花言葉 霊感
年末の商店街は賑わしく。
その中でも飛び切りはしゃぐのは、福引大好き娘の
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭の上に福引ガラガラの形に結って。
その前面をアンゼリカで埋め尽くしている。
真っ白な小花が線香花火のように群れ咲くアンゼリカ。
まさかガラガラの模様にされるとは思いもしなかったことでしょう。
それにつけても、こんなとんでもない頭をしているのに。
おばあちゃんは涼しい顔をしているのです。
いや、もちろんおばさんには何を考えているのかとこっぴどく叱りつけて。
お花屋の開店がいつもより一時間ほど遅れたのですけど。
穂咲の髪形は直すでもなくそのまま放置。
……まさか、あれのせいで審判の加減が狂っちゃってます?
実は、今朝玄関先で見てしまったのですが。
ポストに入っていた商店街のチラシを見ながら、なにやら嬉しそうにしていましたよね?
あれは一体、何だったのでしょう。
……ま、なんにせよ。
雷様が静かにしているのは、喜ばしい限りなのです。
その分こいつがうるさいのは玉に瑕ですけどね。
「いよいよ! 歳末の商店街におけるメーンイベントなの!」
「ああ、はいはい。昨日から興奮して寝られなかったんだよね」
年末商店街と言えば。
やっぱりこれでしょう。
もっとも、穂咲がガラガラ大好きなせいで、俺は一度もこいつを回したことが無いのですが。
そんな八角形への列が二つ。
一方におばあちゃん。
一方に、我が家の分の福引券までぶん捕った穂咲。
二人、同時にガラガラに手をかけて。
いざ勝負!
……とは言え、藍川家の買い出し分まで荷物を抱えた俺としては。
是非とも、ティッシュ箱だけにして欲しいのです。
でも、俺の願いがこいつに届くはずもなく。
いつもいつも。
なぜか穂咲は、当てるのです。
いつもいつも。
一番重いものを。
白、白、白と来て最後の一回。
緑の球が出ると共に、鐘の音が響き渡るのですが。
やはりね。
それ、当てますよね。
「おめでとうございます! 五等、お米5キロ!」
いぇーい、ではなく。
腕がもげちゃうから。
限界だから。
そんな、青ざめる俺の耳に。
もう一つの列から聞こえたカランカラン。
穂咲と同時に、おばあちゃんの方に振り返ると。
「おめでとうございます! 四等、清酒二升です!」
「嫌がらせかーい!」
重さにしてトントンの品を見事引き当てたおばあちゃん。
もちろん、騒ぐことなくいつものキツネ目ですましていますけど。
俺には、いぇーいと喜んでいるように見えてしまいます。
もう、好きにして。
……係の方が苦笑いしながら。
合計十キロ近くの枷を俺に差し出してくると。
おばあちゃんは、その人に尋ねるのです。
「こちらで占いを行っていると聞き及んだのですが。どちらになりますか?」
「ああ、それでしたら隣のテントです」
お兄さんの示す先には。
二人ほど並んだ列が出来ていて。
おばあちゃんは、すっとその列に並ぶのです。
俺も、穂咲と顔を見合わせた後。
おばあちゃんの後ろに並びながら、列の先を覗き見ると。
「タロットカードか」
妖しいベールを被って雰囲気を作った女の子が、タロット占いをしているよう。
商店街の福引会場のおまけとしては、随分と変わってるけど。
「おもしろそうなの」
そうだね。
それにしても……。
おばあちゃん、やっぱり西洋風のものに憧れがあるんだろうな。
「タロットカード、おばあちゃん詳しいの?」
ちょっと聞いてみたら、涼しい顔で正面を向いたまま。
「バカをお言い。西洋占いくらい知っていますが、詳しいなどとんでもない」
そう言いながらも、いよいよ自分たちの番になると。
目を輝かせて、タロットを繰る女の子の手元を見つめるのです。
「いらっしゃいませ。何を占いましょう」
「……そうですね。では、私たちにはどのようなカードが相応しいのかみていただきましょうか」
え?
いやいや、おばあちゃん。
それは中二的発想なわけでして。
例えば、「俺のカードは、チャリオット。そんな生き方をするぜ!」のようなあれでしょうか。
ドキドキしている感じが凄く伝わってきますし。
間違いなさそうなのですが。
……お嬢ちゃん。
せめて、デスとかデビルとかは引かないでください。
中学生くらいだろうか。
女の子はおばあちゃんにこくりと頷くと。
何やらむにゃむにゃ呪文を唱えながら、カードをテーブルに並べていくのです。
「では、みなさんこれはと思うカードを引いて下さい」
そんな言葉に、ふむと頷くおばあちゃん。
真剣な表情。
きっと茶化したら正座させられる。
大人しく、これはと思うカードを探していると。
なんの感慨もなさそうに、穂咲が先に一枚捲りました。
「エムペロール?」
「エンペラーでしょうに」
「おじいちゃんのカードなの。あたし、おじいちゃん?」
「穂咲さん。そんないい加減な話がありますか」
能天気な穂咲にピシャリ。
手厳しい言葉なのですが。
「自信はおありのようですけど、成功には程遠い。実に穂咲さんにぴったりなカードです」
……………………。
くわしー。
思わず苦笑いを浮かべながら、俺も一枚のカードを引くと。
穂咲があっという間に取り上げて。
「ヘルメット」
「いくらなんでも。ハーミットだよ」
無言。忍耐。反省。
何と言うか、引いてはいけないカードを引いた気がする。
「ちょっと穂咲。さすがにちゃんと読めなきゃいけないとは言いませんけど、ヘルメットとか、どうやったらそんな面白いことになるのさ」
「道久さんも、静かになさい。黙して、反省なさい」
……穂咲が悪いのに、今度は俺にピシャリ。
しかもカードの意味、完璧に理解してるじゃないのさ。
どれだけ西洋関係の品がお好きなんでしょう。
呆れてみていると。
おばあちゃんは大きく頷いて、一枚のカードをめくりました。
ジャッジメント。
…………ぴったり。
思わず拍手。
霊感でも持っていらっしゃるのでしょうか?
するとおばあちゃん。
意味を説明したそうにしている女の子を見もせずに。
まるで自分が占い師になったような声音で呟くのです。
「あなた方、二人を暗示するカードを選びましょうか。……それは、これです」
おばあちゃんが選んだカードは。
マジシャン。
「マジシャンなの! あたし、手品師大好きなの!」
「それは良かったですね。……それではお嬢さん。お世話になりました」
喜ぶ穂咲にしがみつかれつつ。
ようようと家路についたその後姿。
…………どういうつもりやら。
本当に、霊感でも持っていらっしゃるのでしょうか。
おばあちゃんの真意は分かりませんが。
気付かないふりをしておくしかないのです。
マジシャンの暗示。
『恋の始まり』、だよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます