センリョウのせい


 ~ 十二月二十六日(火) カツオのたたき ~


   センリョウの花言葉 利益



 結局、目標にしていたクリスマスには間に合わなかったものの。

 それでも懐かしい思い出を自らの手で再現しようとする藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は巻きを強くかけて高い位置でふたつに結わえて。

 それぞれのふわふわテールにセンリョウの枝を一本ずつ挿している。


 センリョウ、つまり千両の名の通り、めでたいお花の代表格。

 正月の縁起物とされる白い星形の小花をいくつもぶら下げていますけど。

 もういくつ寝てから飾りませんか?


 あと、本日もそうやって俺の前にクリームシチューをたぷんと置きますけども。

 自分だけで味見するわけにはいかないのでしょうか。


 でも、そんなことを思ったせいなのか。

 穂咲は突然、予想外な事を言い出しました。



「シチュー、今日のプレゼン次第で終了になっちゃうかもしれないの」

「ん? 急にどうしたのでしょう。別に俺は構いませんけど」


 自分の分のシチューをしょんぼりとすすりながら穂咲が言うには。


「お小遣いが無くなっちゃったの。先行投資の結果如何では、不良在庫を抱えたまま倒産なの」

「また予想外なほど博識な言葉が出てきましたね。でも、そうなんだ」


 シチュー、毎日作ってくれてるもんな。

 俺もご馳走になってる以上、手を貸してあげたいのはやまやまなんだけど。

 プレゼント交換に準備したサイネリアのせいでかつかつなんだ。

 あれ、高かったんだよね。


「と、言った意味で。道久君もプレゼンに協力するの」

「プレゼン? さっき言ってた、先行投資がどうのこうのってやつ?」


 穂咲は俺の疑問顔を見つめながら一つ頷くと。

 テーブルに乗った、怪しい黄色い粉のボトルをペンと叩きました。


「カンナさんに、新商品のアイデアを買ってもらうの」

「酷いね、なんたる押し売り。また、切れてるバーガーみたいなやつ?」


 俺の悪態にも動じることなく。

 それどころか、ちっちっちとか。

 腹立たしい事この上ないね、君。


「おばあちゃんに食べてもらったら合格貰ったの」

「へえ、俺にも食べさせてよ」

「無いの。道久君にはシチューの味見をしてもらわなきゃだから」

「なんで俺にはカツオのたたき味のシチューなのさ。まあ、いいけど」


 魔術さえ気にしなけりゃ美味いからね。

 びっくりするほど、藁の風味が絶妙です。

 ……でも、どうしてこの豚肉がカツオ味になるんだろ。


「おばあちゃんから合格貰ったってことは、和風バーガー?」

「ううん? イラン風」

「………………は?」


 何を言い出すやら、突拍子も無いね、君。


「コンブを淹れたら和風になるの。バジルを入れたら洋風になるの。だから、このザールトゥーベを入れたらイラン料理になるの」

「だからの意味が解りません。なにそのかっこいい武器の名前」


 もしくは戦闘機。


「ドルメバーガーを作ってみたの。我ながら絶品!」

「さっぱり分からん名前ばかり並べなさんな。そんなもの、良くおばあちゃんの合格貰えたね」

「お気に召していたの。こんど作り方教えてって」


 ほんとに!?

 ……いや、まてよ。


 前にワンコ・バーガーに来た時も、随分おいしそうにハンバーガー食べてたっけ。


 ってことは、実は和風料理以外に興味深々ってことか?


 ……あのおばあちゃんがねえ。

 


 おばあちゃんの事を考えつつ、カツオのたたき味のシチューを完食すると。

 いざ行かんとばかりに腕を引っ張られた。


 ピーマンと、ザッハトルテみたいな名前の粉を抱えて。

 鼻息も荒く出陣した穂咲の背中には、金の亡者としての風格がある。


 貧乏って、そこまで人を変えちゃうんだね。



「たのもう!」


 ……年末の、閑散とした店内を抜け。

 カンナさんに怒鳴られつつ、店長に守られつつ。

 真剣な表情でドリルバーガーだかなんだかという料理を完成させた穂咲。


 自信満々な顔でアイデア料を要求してますけど。


「店の挽き肉勝手に使っておいて、アイデア料だと!?」

「もらえないと、もうおまんまの食い上げなの」

「こら穂咲、図々しいです。藁とミョウガの代金くらいなら払ってやるからサービスしてあげなさい」

「……そんなの買ったこと無いの」


 いよいよ大変なことになって来た。

 君、出るところに出たら莫大な金額稼げるんじゃないの?


 俺が衝撃の事実に絶句している間に、カンナさんはドル箱バーガー的な名前の、ピーマンの肉詰めを口にして。

 そして感嘆符を頭に浮かべながら大声を上げました。


「うめえなあこれ! 調味料に何使ったんだ?」

「ふっふっふ。アイデア料と引き換えなの」

「よし、買ってやる!」

「やったの! ザールトゥーベがポイントなの」


 カンナさんが、ああなるほどなとか言いながら、穂咲が持っていた瓶をぶん捕ってしげしげと眺めていますけど。

 ……それ、そんなに有名なの?


「こんな珍しい物良く手に入ったな。よし、試作するからこれは置いてけ。アイデア料と込々で五千円払ってやる」

「五千円!? 凄いじゃないか、穂咲!」


 金の亡者の一心、大金を掴む。

 カンナさんからお金を受け取った穂咲は、ほくほく顔でスーパーへ。

 そしてシチューのルーと具材を手に入れて、これで明日からもチャレンジできるのと大はしゃぎ。


 俺は両手にスーパーの袋を下げながら、不器用なスキップで進む穂咲の背中に話しかけた。


「それにしても、ザルなんとかって調味料、聞いたこと無いんだけど」

「それはね、柿崎君の知り合いに、トルコ? 界隈の人がいて、頼んでみたの」


 さっきイラン料理って言ってなかったっけ。

 まあ、その辺りの事情はどうでもいいか。


「普通には買えないんだ」

「う~ん……。ウコンなんだけど、日本のとは違うの。凄く珍しくて、お高いの」

「へー。いくらしたのさ」

「五千五百円」


 …………社長。


 弊社、赤字出してます。


 でも、そんなこと言えない。

 ここまで大はしゃぎのこいつには言えない。



 …………そして、その晩の事。

 お隣から「五百円」という叫び声が上がった。


 きっと、今更気付いて悔し涙を流しているに違いない。

 そしてこの後、夜中に騒いだ罪によりおばあちゃんに正座させられるに違いない。



 ……あわれ、金の亡者の末路は切ないものと相成りました。


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