ツバキのせい


 ~ 一月二日(火) 栗きんとん ~


   ツバキの花言葉 理想の愛



 昨日に引き続き、和装で着飾るお正月ガール。

 酔っぱらったままのスタイリストさんが手がけた和服の帯に。

 めでたくにぎにぎしく、茄子に絵馬に破魔矢に羽子板に日の丸に、さらには昨日のお客様から頂いたお年玉袋を挿して闊歩するのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をポンパドールにしたそのてっぺんには、真っ赤なツバキの花も一輪挿してあり。


 ……バカな子供にしか見えません。



 そんな子供の手を引き、近所の神社へ初詣。

 テレビで見るような混雑が、こんな田舎の神社に発生するはずもなく。

 人っ子一人いやしません。


 さて、そんなでっかい子供。

 さすがの現代っ子、そしてバカ。

 お賽銭箱の前に携帯をかざしてるけど。


「シャリーンって言わないの。ニュースで見たの」

「携帯支払いですね。どこに読み取り機があるというのでしょう」


 いやいや、いろんな方向に向けても無理ですから。

 大きな神社では導入されたらしいけど。

 ここでシャリーンって鳴るのは霜柱くらいよ?


 財布を開いて、取り出した五円玉二つ。

 一枚渡してあげると、穂咲は変な事を言い出しました。


「そのうち、お賽銭って言葉がなくなるかもなの」

「ん? ……まあ、確かにありがたみが無いよね、携帯払い。じゃあ新しい名前はなんなのさ」

「課金」


 うわあ。


「おみくじとセットになってるの。ルーレットが、ちゃんかちゃんか回る感じ」


 うわあ。


「可愛いイラストでだいきち! とか言われたいの」


 神社とソシャゲ業界、まさかのコラボ。


「そうだなあ……。新し物好きの神様、中にはいるかもしれないけど」

「西洋かぶれな神様とかもいるかもなの」

「うーん、火須勢理命ホスセリノミコトがジーンズでトラクターにまたがって現れれたりしたら、米を全部小麦に変えちゃいそう」


 五円玉に描かれた稲穂を眺めながら、思わず考える。

 日本の主食が、パンになったら大変だ。

 日の丸弁当がパンとイチゴジャムになっちゃう。


 ジャム、日の丸形に塗ったらほとんどの部分がプレーンじゃないか。


 賽銭箱を前にして。

 ばかばかしいトーク。


 神様もきっと、俺たちに呆れています。


「じゃあ、穂咲は神様がお米派のままでいてもらえるようお祈りなさい。俺はみんなが健康で過ごせるようお願いしておきますので」


 去年は、おばさんも俺も体調崩したし。

 今年は健康に過ごさなきゃ。


 祈りを込めてお賽銭を放ろうとしたら、マフラーを引っ張られて止められた。


「くけっ!?」


 体勢を崩して、真上に投げてしまった五円玉。

 それが見事に俺の口に入って。


「うぷっ!? ぺっ!」


 慌てて吐き出したら、賽銭箱にホールインワン。


「罰が当たるわ! この神社が発行できるワーストワンの! 今の、こいつのせいですから宛先を間違えないで下さくけっ!?」


 文句をつけた俺の首をさらに締め上げる穂咲さん。

 君は、健康でいられますようにという俺の願いを。

 あっという間に台無しにするおつもりでしょうか?


「お願いごとしちゃダメなの」

「けほっ!? ……意味が分かりません」

「願いごとが上手く叶うようにって願わなきゃいけないの」

「困りました。説明されてもほんとに意味分かりません」


 首をひねって、手を無意味にあっちゃこっちゃ動かして。

 頭の中で整理がついていないよう。


 俺は、穂咲が手で空中に四角い箱を並べていく作業に根気よく付き合ってあげることにしました。


 まず、俺から見て右側に箱を作って。


「えっと、最初に、いつもありがとうってお礼を言うの」


 ……なるほど。

 それは礼儀的に納得です。


「はい。そうします。……で?」


 次に、真ん中に箱を作って。


「で、願い事を叶えるために、こんな感じに頑張りますって宣言するの」


 おお、なるほど。

 君のお年寄りみたいな知識、毎度毎度、実に清々しいね。


 説明されて良く分かりました。

 確かに、『お参り』なのに願い事をごり押しするっておかしいよね。


 神様に感謝を伝えて、そして願いを叶えるために頑張りますと、具体的に宣誓するわけか。


 自分の決意表明。

 その航海を見ていてくれと願う。


 それなら納得がいくし、身も心も引き締まる。

 なんとかしてくれってすがるのは間違いなのか。


 ……感心しきり。

 そんな俺の左に、穂咲はもひとつ箱を作る。


「その箱は?」

「……で、そうは言ってもあたしは頑張るのとか面倒だから、五円あげるから全部なんとかしてって頼むの」

「その最後のヤツ、聞かなかったことに出来ないだろうか」


 素直に感心するといつもこれだ。

 君に絡まれた神様に同情を禁じ得ないよ。

 是非ともこいつの願いは無視して欲しい。


 俺が空中の箱を掴んでぺいっと捨てると。

 その見えない箱に手を伸ばして寂しそうな顔をしてますけど。


「だめです。自力で頑張りましょう」

「だって、あたしのお願いは自力じゃ結構むつかしいの」

「なにを願うのさ」

「めくるめく恋」

「…………何言い出しましたか」


 別に、君の事なんかなんとも思っていませんけど。

 動揺なんかしてませんけど。

 あ、そもそも、自分の恋なんて一言も言ってませんし。

 確認しなければいけませんね。


「だ、だだ、誰の恋路を願うのでしょう?」

「道久君と六本木君の」

「うおおおい!? ほんと、何言い出しましたか!?」


 いやいや、なんでって顔されても。

 俺がなんでだバカやろう。


「君の頭の中、どんなことになってるのさ」

「頭の中? えっと……」


 ぼけっとタレ目を上に向けて。

 穂咲が何やら考え始めた瞬間。


 ……タイミング、どんぴしゃ。


 ツバキの花がポトリと落ちた。


「神様!? 今の、絶対あんたがやったでしょ!」


 背筋凍った!

 怖いわ!


 俺はお参りもせずに穂咲の手を引っ張って。

 大慌てで神社を逃げ出すと。


 ……ちょうど六本木君からメッセージが入ったので、慌ててブロックした。


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