ポインセチアのせい


 ~ 十二月二十二日(金) タコス ~


   ポインセチアの花言葉 聖なる願い



 町の至る所に花開く、真っ赤なポインセチア。

 ちょっと大人びたクリスマスを演出する聖なる花は。

 大人の女性と二人で歩く俺に、不相応な背伸びを要求するのです。


「ふんぬぬぬ……! ふう、取れた。おばあちゃん、これはどう?」

「…………だめです。お写真に品がありません」

「よし。それじゃ、これなんてどう?」

「…………不親切な説明ですね。これでは火加減すら分からないではありませんか」


 穂咲へのクリスマスプレゼントを探して、おばあちゃんと一緒に町へ出たものの。

 駅から一番近場の本屋さんへ連れてきて、そこで穂咲が気に入りそうな料理の本を勧めてみた。


 というのも、昨日は丸一日歩きっぱなし。

 からの、二時間みっちりと正座でお小言。


 同じ距離歩いて同じ時間正座していたおばあちゃんに対して情けない発言だってことは重々わかってる。

 でも、なにとぞこれ以上歩かせないでください。


 足、今の時点でもげそうです。 


「というわけで、こちらの三冊が候補として残りましたけど」

「……それぞれ、これはという魅力を感じませんが」

「そう? このポップなイラストの和食の本とか、穂咲が好きそうだけど」


 そんな一言に、ピクリと眉を動かして。

 俺が勧めた、盛りつけのポイントまで事細かに書かれた和食の料理本を改めて吟味して。

 最終的に満足そうに頷いてレジへと向かいました。


 ……そんなおばあちゃんの後姿を見ていると、さすがにちくりと胸が痛むのです。

 昨日、卑怯な言い回しはしないよう教わったばかりなのに。

 足が痛いからと言って誘導するような真似をして。


 でも、早く帰りたい気持ちに嘘は付けません。

 その本なら穂咲は喜んでくれるでしょうし。

 足の痛みばかりでなく、胃もたれの気持ち悪さもそろそろ限界ですし。


 ……お昼に食べさせられた、タコス味のシチュー。

 つい美味しくて食べ過ぎたけど、気を付けないと。

 慣れてきてマヒしちゃってるけど、絶対に食べちゃいけないものが入ってるに違いないよね、タコス味。


 苦しいお腹をさすりつつ、待つこと数分。

 ラッピングされた本を手に機嫌よさそうに戻って来たおばあちゃん。

 でも、少しだけ不安な様子が伝わります。


 ……昨日、同じ思いをしたから。

 気付いてしまったのです。

 安心させてあげなきゃいけません。


「大丈夫。穂咲は喜んでくれるから」

「…………道久さんがそう言うのでしたら間違いないのでしょう」


 そんな返事と、確信を持った表情。

 でもその内に不安を押し込めていることが良く分かります。


 さっき、後ろめたい手を使っちゃったので。

 何とかしてあげたいなと思う気持ちが勝って。


 俺は、お腹の気持ち悪さと足の痛みをもう少しだけ我慢することにしました。


「そしたら、もう一つおまけをつけると良いですよ。穂咲がどう思うかじゃなくって、おばあちゃんがあげたい物、何かない?」


 この提案は、おばあちゃんのお気に召したよう。

 変わらぬ表情の内から、まるでお花が咲いたような優しい香りが漂ってきました。


「……でしたら、食器を選んであげましょう。お料理に必要な物ですし、あの家庭には藍川の家に相応しい気品が足りません」

「食器か……。あ、それならいいところがあります」


 足は痛いけど、お腹はもたれているけれど。

 曲げたい背中、零したい泣き言を我慢して。

 おばあちゃんを連れ立って、やって来たのは百貨店の催事場。

 クリスマスシーズンだというのに変なことやっているもんだと穂咲と話したおかげで覚えてた。


 ……そこで行われているのは、ガラス細工の展示即売会。

 高級な置物に混ざって、お手軽な値段の食器類も並んでいました。


「よかった。入り口の人魚像が目の飛び出るような金額だったから、全部そんな金額するのかと思っちゃった」

「それでも、少々お高めではありますが……、これだけ美しければ納得です。どれも実に見事ですね」


 ガラスに反射する光に負けないほど瞳を輝かせて歩くおばあちゃん。

 ふと足を止めた棚に、俺も思わず目を見開いた。


 キラキラと流れる清水をぴたりと止めて、それをはさみで切り取って。

 鮮やかな色の絵筆でちゃぷんとお花を一つ浮かべたガラス皿。


「……あの子に似合いそうですね」


 おばあちゃんはそうつぶやくと、一枚一枚に目を細めて。

 きっと穂咲の笑顔を思い浮かべながら、一番似合いそうなお皿を吟味しているんだね。


 頑固で厳しいから分かり辛いけど。

 ほんとに優しいおばあちゃんだ。


 ――それにしても、ほんとに見事な皿だな。

 穂咲の黒魔術もこれなら浄化できるんじゃない?


 俺は俺で、一番白魔術っぽい効果が期待できそうなお皿を探す。

 目についたのは、スイレンの模様が浮かんだ素敵なお皿。


 それを手に取って眺めていると。

 どういう訳やら、こんな場所でおばあちゃんに叱られた。


「道久さん。お座りなさい」

「ここで!? いくら何でも皆さんに迷惑! てか、なんでさ!」

「商品に触れるのは法度です。しかもガラス細工では手の跡が残って、傷をつけるようなものでしょう」


 まじかあ。


 泣く穂咲と怒ったおばあちゃんに勝てる者などこの世のどこにもいないのです。

 とは言え、店内で正座なんていくらなんでも無理。


 お皿を元に戻しつつ頭を捻って、俺は上手い逃げ道を見つけた。


「あ! あのお皿、穂咲が好きな色」

「え? どれです?」


 ……おばあちゃん、ちょろい。

 とは言えこんな騙し方、良くないよね。


 日陰な物言いは身に沁みつく。

 おばあちゃんの言う通りだ、反省しよう。


 だから、辛い体に泣き言を言わず。

 それからたっぷり時間をかけて、穂咲に一番似合うお皿を一緒に探してあげた。


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