クロッカスのせい


 ~ 一月三日(水) 砂糖醤油、きな粉、大根、粒あん ~


   クロッカスの花言葉 悪口をいうな



「全部、おもちが悪いの」

「おもちの悪口を言わないように。君が悪いのだと思います」

「あたしの悪口を言わないで欲しいの。砂糖醤油ときな粉の二択なんて卑怯なの。そんなの、両方いただくに決まってるの。だから、全部おもちが悪いの」

「君が悪いのだと思います」


 三が日。

 日本全国津々浦々でお正月気分。

 多少羽目を外したところで笑って許される免罪符が澄み切った空を舞う。


 とは言え、さすがにこれは羽目を外しすぎ。


 トイレの小さな窓から半分だけ体を出して、お尻が挟まって進退窮まる姿になっているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 縦方向はともかく、横幅無いからねえ、その窓。


 今日の穂咲は、格好も間抜けなら、髪形もおかしい。

 大きなちょんまげ風に結った髪に薄紫のクロッカスを一輪挿しているのは百歩譲るとしても。


 昨日、帯に挿していた破魔矢。

 それを半分に折って。

 頭の両側に突き立てていますけど。


 死角になっててお気付きで無いかもしれませんが。

 矢が真一文字に貫通していますよ、お侍さん。


「それにしたって、どうしてこんなことになってるのさ」

「てっ、手品の練習なの……」

「ウソよ! 私の分まで全部お餅食べて、ここまで逃げてきたの! そのまま反省してなさい!」


 トイレの側から聞こえる、ろれつの回っていないおばさんの声。

 こんな髪形にするほど酔っぱらっているけども。

 だんぜんおばさんの証言の方が信憑性あるのです。


 と、言いますか。

 母ちゃんの姿が昨日の晩から見当たらないと思っていたら。

 まさか二人して、朝までお酒飲んでたの?


 おかげで我が家は朝からトーストでおせちでしたけども。

 餅がどこにしまってあるのか、男二人じゃ分からないのです。


 そんなおば様コンビにも呆れますが。

 君の姿を見ていたら、なんだかすべてがどうでもよくなるから不思議。


「怒ったおばさんから逃げ出そうとして、この体たらくですか」

「全部、おもちが悪いの」

「君が悪いのだと思います」


 やれやれ、これからの一年も、先が思いやられます。

 せめてもの救いは、おばあちゃんが帰った後だってこと。

 その姿勢のままで説教されるところでしたね。


「さてほっちゃん。反省してるなら、そこから出してあげる」

「うう、おもちが悪いのに……」

「じゃあ、おもちで太った分痩せるまで、そうしてなさいな」

「ごめんなさいなの! 出して欲しいのー!」


 ……ねえおばさん。

 この子、絶対反省してないですよ?

 このままにしといた方がいいのではないでしょうか。


 とは言え、穂咲大好きなおばさんが、たまの休みにこいつを手放すとは思えないわけで。


「道久君も手を貸してね!」


 やっぱり、こうなるわけです。


 溜息をつきながら。

 よたよたと振られた穂咲の腕を掴んで。


 せーの。


 …………ん?


 せーの。


 …………君、どんだけ太ったの?

 まあ、口には出しませんけど。


 改めまして。

 せーの。


「ちょっと待つの。あたしのか細い物理学の知識では、同じ力で引っ張られると物体はその位置から動かないの」

「なるほど」

「なるほど」


 穂咲、ちょっと涙目になっているようですけど。

 ごめんね?


「おばさん、どっちにします?」

「是非とも、この大きなお尻を押させて欲しいわね」

「是非とも?」


 なんで?


「そしたら、落っこちるほっちゃんを受け止めた道久君とラッキーちゅうを……」

「俺が押します絶対に。せーの!」

「ちょっと待つの。あたしのつつましやかな物理学の知識では……」

「くっ! ……お、おばさん。なかなかパワーありますね……」

「ふふふ、負けるもんですか!」


 穂咲の両肩に手をかけて押してみるけども。

 びくともしないのは、おもちのせいではなく。

 きっとおばさんの悪ふざけ力が俺の貞操と釣合っているのです。


「くそう! こら穂咲、顔を上げるな! 破魔矢が邪魔で、いい腕のポジションが確保できん!」

「ほっちゃん、逆よ! そのまま顔を上げなさい! そうすれば道久君の顔が目の前に……!」

「ちょっと待つの。あたしの少数精鋭な物理学の知識では……」

「うおりゃああ!」

「てーーーーい!」



 ……そんな、必死だった一分前が懐かしい。

 ごめんなさい。

 お正月気分でいてごめんなさい。


 びーびーと泣く穂咲と、通りすがりのおまわりさんを前に。

 俺はおばさん共々、玄関先で正座させられたのでした。


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