シクラメンのせい
~ 一月四日(木) ミルクポテトのバジルソースがけ ~
シクラメンの花言葉 気後れ
学生にとっての冬休みは、三つのフェーズに分かれていまして。
まず、試験休みから二十五日まではクリスマスの大騒ぎ。
そして二十六日からはがらっと和風に、静かな年末ムードを楽しんで。
最後に、冬休みが終わるまで。
つまり成人の日までの期間はお正月気分を満喫するのです。
今日は、世間一般では仕事始めらしく。
テレビも初仕事の話題でもちきりですけど。
この家の中は、まだまだお正月気分なのです。
「道久君。かるた取りするの」
「はいはい」
ワンコ・バーガーのお座敷の時も思ったけど。
一体どこから調達して来るのやら。
畳を二つくっつけて。
ぽんぽんと叩いて急かすのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を下ろしたまま。
耳の横に、波打つような花びらを持つピンクのシクラメンを挿していて。
和風なのやら洋風なのやら、君の作るシチューのような有様です。
俺はお正月気分を壊さぬように。
のんびりペースで椅子から立って、畳の上に胡坐をかきました。
すると、俺に続いておばさんも席を立って。
お座敷席へやって来たのです。
……お花屋さんとしては。
年明けに使うお花の注文もごまんといただくらしいのですが。
なかなかお休みの取れないおばさんはここでまとめてお休みにしたらしく。
穂咲にべったりと言った感じです。
「ようし! それじゃ私が読むわね!」
張り切るおばさんに向かって頷いて。
札を、五列かける二十枚。
穂咲との間にならべます。
藍川家の百人一首は、穂咲救済ルールが適用されていて。
まるで上の句を覚えていないこいつのために。
絵札の方を並べて、取り札の方を読むのです。
とは言え穂咲は、興味さえ湧けばハイパフォーマンス。
下の句と絵柄をリンクして覚えているらしく。
これで勝てたためしがありません。
一戦目は五十一対二十八。
二戦目は五十一対二十二と。
今日も圧倒的な強さを見せつけていますけど。
一つ提案してもいいですか?
「穂咲、もう普通のルールでもできるんじゃないか?」
俺の言葉に首を傾げて。
眉根を寄せた穂咲からの返事は。
「…………普通のルールなの。おミカンハンデはもう無しなの」
「あったねえ、そんなルールも」
小さな頃は、こいつが絵柄で札を取れたはずもなく。
そして記憶力も悪かったから、非常に弱かったのです。
そんな穂咲救済ルール第一弾。
穂咲以外の参加者は、札が読まれる前にミカンを一房手に持って。
そこに付いた白いエレエレを綺麗に取ってからじゃないと札を取ってはいけないという。
通称、おミカンハンデ。
それでも、上の句を読んでいる間に結構エレエレが取れちゃうので、この読み札と取り札を逆にするルールが生まれたのですが。
「そうではありません。正式なルールがあるのです」
「じゃあ教えるの」
「知りません」
うん、今の俺の受け答え。
君のほっぺがパンパンに膨らむ気持ちも分からないではない。
でも、知らんものは知らんのです。
「あら? 道久君でも知らないことあるのね。私が教えてあげようか?」
なんと、意外なことに。
おばさんからそんな発言が飛び出すなんて。
「ママ、教えて欲しいの」
「よし来た! えっとね、多分、半分しか並べないのよ。それで、確かさらに半分ずつに分けて……」
……………………。
確か。
多分。
きっと。
ならこうしちゃいましょう。
不安な単語のオンパレード。
そんな説明を聞き続ける事三十分。
特にお手つきのルールがさっぱり分からないのですけど。
それでも、おばさんは穂咲にものを教えるのが嬉しいらしく、夢中になって。
穂咲は、そんなおばさんを見ているのが嬉しいらしく、熱心に聞いて。
そばで見ていて、実に幸せな時間でした。
「ふむ! じゃあ、まずは俳句を全部覚えなきゃなの!」
「その前にまず、和歌と俳句の違いを覚えてからにしてください」
俺の突っ込みも気にせずに。
穂咲は一生懸命、札とにらめっこを開始しましたけど。
「……よし。じゃあ最初は五枚ずつでやろうか。十枚なら覚えられるだろ?」
「それ、採用なの。負けた方がお昼ご飯作るの」
そんな条件と共に遊んだ、確か、多分、きっと、ならこうしちゃったルールの百人一首。
おそらく、正式でもなんでもない百人一首。
ぎりぎりで勝利することが出来ました。
「惜しかったの。じゃあ、あたしが作るの。道久君は助手としてお手伝いするの」
「勝った意味無いですよね、それ」
口を尖らせた俺をよそに、穂咲はおばさんに問いかけます。
「リクエストある?」
「うーん。…………じゃあ、パパのシチュー作ってよ」
「え? バジル入ってるけど、それでもいいの?」
「それでもいいの。お願いね!」
困った顔で、おろおろと。
穂咲が俺を見て助けを求めてきましたが。
俺にだってどうしたものか分かりません。
そんな俺たちの様子に。
おばさんはふふっと笑いながら。
わけを話してくれたのです。
「……ほっちゃんばっかりずるいと思って。ママだって食べたいわよ、パパの作ったシチュー」
…………ああ、そういうことか。
気後れしてたら、せっかくの思い出がもったいないですもんね。
おばさんは、穂咲を抱きしめて。
ぐりぐりと頬を合わせて、幸せそうに微笑んで。
「パパと違って、いろんなこと教えてあげられないけど。ごめんね?」
ちょっと胸が苦しくなるような言葉を穂咲に伝えると。
でも、穂咲はあっけらかんと返事をするのです。
「変なこと言うママなの。思い出、またいっぱいできたの」
そう言って、今覚えたばかりの和歌をそらんじるのです。
そして。
「お昼の後は、ママと勝負なの。今のうちに覚えておくの。今度はお夕飯の準備をかけて勝負なの」
この宣戦布告に、おばさんは、穂咲そっくりな笑顔を浮かべて。
必至に和歌を覚え始めました。
……二人の思い出。
とっても素敵で、ぽかぽかなのです。
俺にも一つ。
暖かな思い出が出来ました。
「じゃあ道久君。バジルペーストと牛乳を買って来るの」
「だから、俺が勝った意味無いです」
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