ヒャクニチソウのせい


 ~ 十二月二十九日(金) 茶碗蒸し ~


   ヒャクニチソウの花言葉 いつまでも変わらぬ心



 これは分かる。

 いや、分かるとかおかしいけどね。


 今日はおばあちゃんと一緒に頂いた黒魔術。

 もとい。


 今日はおばあちゃんと一緒に頂いた茶碗蒸し。

 もとい。


 そのクリームシチューのせいで正座させられている、藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪をツインテールにして。

 そこに一本ずつ、ヒャクニチソウを挿している。


 薄紅色の花びらを八重につけた、ザ・お花。

 その名の通り、長い期間、毬のように咲くヒャクニチソウ。

 ゆらゆらとふたつ揺らして叱られる姿は、まるで子供の頃の穂咲そのもの。



 お花屋さんは年末書き入れ時なので、おばさんはおおわらわ。

 穂咲としては、おばあちゃんがいてくれて寂しい思いをしなくて済みますけど。


 それと正座とのトレードオフ。

 なかなか厳しいものがあります。



「穂咲さん。なぜシチューが茶碗蒸しの味になるのです?」

「うう。アレンジに失敗しただけなの」

「食べ物で遊ぶものではないと、アルバイト先で教わったでしょうに。叱られて身に付かなければ意味がありません。そのようなことでは、叱られないような人になってしまいますよ」


 叱られないようになる。

 それが、良くない事なんて。


 この発想は無かった。

 おばあちゃんのお話は、いつも面白い。



 アドバイスをしたら、吸収してくれる人がいたら。

 たしかに、なにか一言アドバイスをしたくなる。


 歳をとっても意見されるような人になれれば、いくつになっても成長し続けることができるんだね。



 ……もっとも、そんなおばあちゃんに意見できる人なんていないでしょうけど。



 いつもより短いお説教は。

 おばあちゃんが珍しく重たそうに体を起こして終わりを告げました。


 ちょっとお疲れなのかしら。

 何と言いましょう、きっちりされた方なので。

 藍川家に来るなり毎日のように家事にいそしんでいらっしゃいましたからね。


 おばあちゃんの手を煩わせるわけにもいくまい。

 俺は洗い物を始めると、おばあちゃんはダイニングの物置を開いて、中のものを一つずつ拭き始めるのです。



 …………単に、落ち着きがないだけなのかしら?



「……穂咲。そういえば、宿題は大丈夫なんだろうな」


 微量とは言え、冬休みにも宿題は出ておりまして。

 夏の二の舞は勘弁なのです。


 お皿をふきふき、鍋をゆすぎながら。

 テーブルについてミカンをもしゃもしゃしている、落ち着きのある方へ言葉をかけると。

 ふくれっ面がこちらを向くのです。


「鬼軍曹のおかげで、宿題はおろか予習が始まってるの」


 なんたること。

 俺は洗い物の手を休めて。

 物置の中を丁寧に掃除している軍曹に敬意をこめて敬礼した。



 でも。

 そんな軍曹に、一つ言わないと。


「おばあちゃん、それはいいんだ。レールの上に置いといて」


 ダイニングにある収納の、アコーディオン式扉。

 そこにはいつも木の板が挟まって。

 最後まで閉まらないようになってるんだ。


「何を言いますか。いつも気になっていたのですが、こんなものを挟んでは扉が閉まりません。中の物の痛みが早くなると知りなさい」


 それはもちろんそうなのですが。

 困ったなあ。


「でも……。なあ、穂咲」

「うーん。でも、いいの。せっかくおばあちゃんが綺麗にしてるのに、無粋なの」

「……その含みのある言い方はなんです? はっきりなさい」


 キツネのお目々が細くなってしまいました。

 ちょっと話し辛いけど、説明しましょうか。


「それ、おじさんがはさんでくれてたんです」

「最後に挟んだのはあたしなの」

「悪いことすると、僕らを叱るのはおばさんの仕事で。反省するまで、必ずそこに閉じ込められて」

「でも、真っ暗じゃかわいそうだって。それを挟んで、ちょっとあけてくれたの、パパが」


 おばあちゃん。

 キツネの目を、タヌキのように見開いて。


 そしておじさんにそっくりな優しい微笑を浮かべながら、手にした小さな木の板を見つめるのです。


「……その木切れを挟んだままなのですか。でも、最後に挟んだのは穂咲さんなのですよね。それはどういうことです?」


 おばあちゃんの言葉に、ちょっと目線を泳がせている様子の穂咲。

 そんな穂咲の頭をぽんと撫でてあげながら。

 俺はその板が挟まったままになったわけを代わりに説明してあげた。


「……おじさんが亡くなられてしばらくしてからの事なんですけど。穂咲、おじさんがいないのは、悪いことしてそこに閉じ込められてるからだって言い出したんです」


 さすが聡明なおばあちゃん。

 今の話だけで、その板の意味を分かって下さるなんて。


「…………それで穂咲さんがこれを挟んで下さったのですか。確かに、真っ暗ではかわいそうです。……これは、あなたの暖かな優しさなのですね」


 そう言って、木の板をしみじみと撫でていらっしゃるけれど。

 当然か。

 おばあちゃんにとっては、息子なわけですから。



 …………だから穂咲。



 余計なこと言うなよ?



 なんて心配するということは。

 こいつの行動パターンが簡単に予想できるからと言う訳で。


「その木にはなんの思い入れも無いの」


 あっけらかんと。

 ミカンをもぐもぐさせながら。


 やっぱり言いやがりましたか。

 俺は庇いませんからね。


「どういうことです?」

「ついつい開け閉めの時じゃまで、捨てちゃうの。だから、その子は八代目」



 おばあちゃん、怒髪天。



「そしてその木は、元二代目・トイレの棚なの。あたしがトイレから脱出するとき、足を引っ掛けて壊しちゃったのを切って有効活用」



 おばあちゃん、堕天。




 …………いったい、何年振りだろう。

 随分懐かしい思い出がよみがえる。


 いつだったか、年末に。

 小さな頃の俺は、椅子に座って。

 これを聞きながらみかんを食べたんだ。



 押入れの前には、仁王立ちするおばさんがいて。


 そして、ちょうどおばあちゃんがいる席には。

 困り顔を浮かべて、おろおろとする大きなおじさんの姿。


 いつだったか、年末に。

 小さな頃の俺は、椅子に座って。

 これを聞きながらみかんを食べたんだ。




「だーしーてー!」


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