クリスマスパレードのせい


 ~ 十二月二十三日(土祝) Day-time フライドチキン ~


   クリスマスパレードの花言葉 聖なる願い



 年末を間近に控えた灰色の町。

 そこに緑のキャンバスをぺったり張り付けて。

 真っ白な息と、真っ赤なほっぺのスタンプをポンポン押すと。

 あっという間にジングルベルが響き出す。


 お隣を歩くお姫様ヘアーのティアラ編み込みにも。

 ベルのようなクリスマスパレードのお花がいくつも揺れて。


 まるでカラコロと弾むピンクのハンドベル。

 町が鳴らす鈴のリズムに合わせて。

 右から左へドレミファソ。



 胸に抱えたプレゼント。

 今夜には、誰かの笑顔の隣り。

 それが君の一番の幸せなんだね。


 赤いほっぺを白い息で沢山塗って隠しても。

 トナカイの鼻のように、夜道ですら歩けるくらい。

 にこにこきらきら光らせて。

 眩しいったらありません。



 ……今日は、クラスの皆とクリスマス会。

 会場はもちろんワンコ・バーガー。


 この書き入れ時にごめんなさいと思っていたのに。

 一番はしゃいでいたのがカンナさん。


 プレゼントを持ち寄って。

 ケーキにジュースにフライドチキン。


 今年最後の顔合わせ。

 嬉しくて、ちょっぴり寂しくて。

 でも、そんな特別な日だから、ウキウキも最高潮なわけで。


「楽しいの」

「え? もう楽しいの?」

「うん。…………楽しいの」


 普段から、みんなに幸せを配って歩く穂咲の赤いほっぺから。

 にこにこし過ぎて金ぴかのオーナメントが転がり落ちているように見えるけど。

 道に落ちた幸せの粒からきっと芽が出て木になって。

 町中にクリスマスツリーを生やす計画なんだね。



 ちょっと、ワクワクする。



 そんな不思議な計画をもくろむお姫様の手を恭しくとりながら。

 パーティー会場へ足を踏み入れてみれば。

 ぴかぴか光る金の鎖と、雪に見立てた綿で飾られて。

 大きなツリーの根元に沢山のプレゼントが積み上げられて。


 そこはまるで…………。



 一触即発の危険な戦場のようでした。




 ~🌹~🌹~🌹~




 おかしいな。


 店内の見た目は、まごうこと無きクリスマス。

 手を繋いだ穂咲のミトンがぽかぽかで、心の中にもクリスマス。

 お昼に食べたフライドチキン味のクリームシチューのおかげで、お腹まですっかりクリスマス。


 俺はいま、クリスマスそのものといって過言じゃない。


 そのクリスマス様が来たというのに。

 この硝煙の匂いが鼻を突く緊迫した空気は一体何なの?


「…………帰りたいの」

「待て待て。ここはクリスマスな俺が一肌脱いで、すぐさまクリスマスムード一色に塗り替えてみせよう。……っというわけで、六本木君が土下座するべき」

「どういう意味だ!? 俺は悪くねえからな! 香澄が全部悪いんだ!」

「男らしくないわね! そういういい加減なとこが信用できないのよ!」


 お店の真ん中で、隣り合った椅子に背中合わせに座る六本木君と渡さん。

 その正面でカチンコチンに固まってる神尾さんと岸谷君は、呼吸すらしてないのではと思う程に気配を消していた。


 クリスマスって幸せな分、ちょっとした諍いが凄く悲しい。


「……えっと、正面の二人が石化しちゃいそうだから。仲直りできないものかしら」


 クリスマスな俺の提案に、フンと鼻を鳴らしながら六本木君が言うには。


「香澄が謝ったら考えてやる」

「最低! 私が謝れってどういう事よ!?」

「だから何度も言わせんな! 迷子の子を連れてたから遅刻したんだって!」

「そっちこそ何度も言わせないでよ! 別に遅刻したことなんか怒ってないって言ってるの!」


 ん?

 えっと、つまり……。


「六本木君が迷子の子を見つけて遅刻して? それを渡さんは怒ってないのに、なんでこんなにヘビとマングース?」

「秋山まで私を怒らせる気!? 誰がマングースよ!」


 …………そんなこと微塵も思ってないよ、渡さん。


 だって今の君、ヘビにしか見えないし。

 俺は今にも丸呑みされそうです。 


「道久に当たるんじゃねえよ」

「なによ! じゃあちゃんと言いなさい! その子はどうしたの?」

「う…………。だ、だから、ちょっと目を離した隙にどこかに行っちまったんだよ。多分お母さんを見つけて走って行ったんだろ?」

「なんでそんなこと分かるの!? それで探し出しもせずに待ち合わせ場所に来たりして! その子に何かあったらどうするつもりよ!」


 ああ……、そういう事か。

 二人とも優しいから起きた悲劇なのね。


 六本木君としては、ふとした拍子にいなくなった子より渡さんを心配して。

 渡さんとしては、その子を心配して。


 でも、こんなケンカどうしたら丸く収まるの?


 助けを求めて目線をさまよわせても。

 目に入るのはすっかり固まったお地蔵さんと、しょんぼりした穂咲だけ。


 だれか救世主は来ないかな?

 藁にもすがる思いで自動ドアへ振り返ると、ちょうど扉が開いて。



 …………そして、面倒ごとがもひとつ増えてしまった。



「健治君! クリスマスデートすっぽかしやがったーーーーー!」

「えええええ!? ちょ、日向さん、それって……」


 このクリスマス会直前に、デレデレのへひゃへにゃなメッセージが届いて。

 健治君とデートになったから行けなくなったのでへへへへとか言っていたのに。


 荒れに荒れた日向さんが、てやんでいべらぼうめなガード下みたいな席を一つ生み出すと、手酌でジュースをコップに注いで口からぼたぼた溢れるほどの勢いで飲み干しちゃった。


「だめだよそんな飲み方しちゃ! 体に悪いよ?」

「うるさいっしょ! ほら! 秋山も飲むっしょ! ってられっかーーー!」

「ほら、もうやめときな。タクシー呼んであげるから」

「花束抱えて待ってるからとかキザな事言ってたくせに! 駅前のツリーの下、散々探して歩いたけどどこにもいやしないじゃ…………びええええええ!」


 ああもう。

 ジュースを立て続けに煽って、愚痴り出して、しまいには泣き出して。


 クリスマスって幸せな分、ちょっとした諍いが凄く悲しい。

 だから、こんな酔っ払いを生み出してしまうのです。



 ……そんな戦場とガード下。

 おおよそクリスマスとは程遠い世界の真ん中あたりで呆然としていたら、穂咲に袖をちょいちょいと引かれました。


「……道久君。みんなを何とかしてあげたいの。頑張るの」

「いやいや、気持ちは分かるけど。それ、この寒空に外に出て、迷子だった子と健治君を探し出すまで戻って来ないと言ってるようなものですよ?」

「寒いならマフラー貸すの」

「俺がいくんかーい! というか、そんなの絶対無理ですから」


 俺の困り顔には目もくれず、ピンクのマフラーを外した穂咲が手を止めて。

 そしてぽけーっとタレ目で見上げてきますけど。


「……なに? 行かないよ?」

「そうじゃないの。道久君、マフラーしてないの」


 うぐっ!?


「…………今日は、そこまで寒くないので」

「今年一番の冷え込みなの。どうかしてるの」


 あちゃあ。

 穂咲、目に見えて不機嫌になっちゃった。


 ……実は誕生日に貰ったマフラー、木に引っ掛けてダメにしちゃったんだよね。

 でも、そんなこと言い出せなくて。

 まさかこんな場所で追及されるとは。



 クリスマスって幸せな分、ちょっとした諍いが凄く悲しい。



 お店の窓から見える世界では、誰もが幸せそうに肩を寄せているというのに。

 ここはまるで、舞台のストップシーン。


 三つの世界それぞれに、冷たい照明が当てられて。

 三つの諍いそれぞれに、ジングルベルは届かない。


 永遠に俯くばかりと思われた俺たち。

 だけどここに、ご機嫌な天使が舞い降りた。


「こらてめえら! クリスマスくらい羽目を外せ! ぱーっとバカみてえに騒げ! バカ穂咲はキッチンから皿持ってこい! さあ、食うぞ!」


 沈む気持ちは残っていても、なんとか苦笑いを浮かべることができるほど。

 俺たちに活力をくれたカンナさんは、缶ビールを片手に背中をバシバシと叩いてきた。


「……そうね、楽しくいこう! ほら、神尾さん、岸谷君! 起きて起きて!」

「ふう……、息苦しかった……。えっと、改めまして。こんな繁忙期に貸し切りにしていただいてありがとうございます」


 委員長の肩書に相応しく、神尾さんがお辞儀をすると。

 カンナさんは立ちっぱなしでぐびぐびとビールを飲み干して。


「ぷはあ! いいっていいって! あたしもやってられねえことがあってむしゃくしゃしてたんだ! パーッと行こうぜ!」

「…………え? むしゃくしゃ?」


 しまった。

 でも零れちゃった言葉は口にもどりゃしない。


 俺の言葉にむしゃくしゃ案件を思い出してしまったよう。

 カンナさんは空き缶をめきょっと握りつぶすと、肩にがしっと手を回しながら愚痴り出した。


「昨日、小さい子が沢山来たからよ、パンケーキをサービスしてやってたんだ。そしたらこのあほんだら! 数を間違えやがって!」


 厨房から穂咲と一緒に食器を運んで来た店長さんをにらみつけていますけど。

 至近距離でそんな怖い顔しないでください。

 漏らしそうです。


「いやいや! 何度も確認したんだよ?」

「うるせえ! 一つ足りなかったろうが! ったく、貰えなかった子の可愛そうな顔ったらなかったぜ!」


 クリスマスって幸せな分、ちょっとした諍いが凄く悲しい。

 なんだか、どこもかしこも悲しい気持ち。

 ひょっとしたら、いたずら好きな天使が迷い込んで。

 みんなの心の鈴をちりんと一つ、弾いて遊んでいるのかな。


 そんなことを考えながら、店長を目で追ってみれば。

 なにやら首をひねってムムムと考え込んでいた。


「どしたの、店長」

「いや……、あのね? カンナ君、昨日の事なんだけど」

「うるせえ。てめえとは年明けまで口きかねえ」

「そんな寂しいこと言わないで聞いて欲しいんだけど。……えっと、僕が厨房から見てた感じだと、パンケーキは人数分ちゃんとあったよ?」

「はあ!? なに言ってやがる! ここの席に座ってた子の分が無かったろうが!」


 ……うん。

 実績的に、店長の見間違えだろうね。

 そうじゃなけりゃ。

 今日も大暴れしてるいたずら天使。

 昨日はここに座ってえへへと笑っていたんだ。


 そんな、カンナさんが指を差した空席に。

 みんなの視線が何となく集まって。



 ……そして全員の背筋が凍り付いた。



 テーブルの間をのたのた走り回っていた穂咲が。

 その空席に、綺麗にお皿とグラスとフォークを並べて。


「先に食べてていいからね。えっと、あとは……、千歳ちゃんの分が足りないの」


 そんなことを言いながら厨房に戻っていくけども。

 ………………数、合ってるよ?



 なに?

 今、君は誰に話しかけてたの?



「ひいっ!?」

「み、道久! 女の子みてえな悲鳴上げてんじゃねえよ!」

「そそそ、そうっしょ! 情けないっしょ秋山! 外で立ってるっしょ!」


 穂咲! 何してるの!?

 俺のファンタジックないたずら天使の妄想が。

 君のボケであっという間にモダンホラー!


 凍り付いた店内に流れる有線のメロディー。

 讃美歌とかほんとやめて!

 何かがここに実体化しそうだから!



 青ざめるみんなの気持ちに全く気付かぬ穂咲さん。

 お皿を並べ終わると、呑気な事を言い出した。


「みんな、なんか元気ないの。だからプレゼント交換して盛り上がるの」

「お……、おお! いいね藍川!」

「た、たまにはいいこと言うじゃねえかバカ穂咲! よし! じゃあ今流れてる曲が終わるまでな!」


 いつもと違ってぎくしゃくと歩くカンナさん。

 一つの箱を手に取って。

 それを俺が穂咲に手渡して。

 リズムに合わせてくるくるり。



 ホラーな気分もどこへやら。

 穂咲の気持ちが羽根となり。

 皆の心に幸せを。

 運んでふわりと舞い上がる。


 今日は楽しいクリスマス。

 一つの奇跡が芽を吹くと。

 沢山の花をほころばせ。

 優しい気持ちで胸満たす。



 ――そして音楽が終わると、みんな手にしたプレゼントを開けて大はしゃぎ。


「お? こんな高級そうなペアグラス、いいのか?」


 カンナさんが嬉々として薄い綺麗なグラスを掲げると、渡さんがお似合いの方にプレゼント出来て良かったと嬉しそうに微笑んで。


 そして岸谷君が抱えた大きな箱を開く時にはみんなの視線が一斉に集まって。

 中から現れたつぶらな瞳は、神尾さんのお店で見かけたことがあるホッキョクグマのぬいぐるみ。


 ……全員が顔を背けて肩を揺すってるけども。

 言いたいことはよくわかる。



 そっくり。



 さて、お楽しみ中のみなさん。

 ここで一つ言いたいことがある。


「……俺の分、ないんだけど。誰さ、プレゼント忘れたの」


 またそういう役は道久かと。

 楽しそうにみんな笑っているけども。

 ほんと誰だよ。


 むすっとしたおれの横で。

 ぽふんと穂咲が小さな手を打って。


「あ、そっか。この子はルールを聞いてないから準備してないと思うの。道久君へのプレゼント、あたしがもう一個持って来るの」


 そう言いながら、お店から出て行っちゃった。




 この子?




 …………穂咲がテーブルに置いて行ったのは、目覚まし時計じゃ芸がないと母ちゃんに笑われたから、慌てて準備した俺からのプレゼント。


 その隣に、もう一つ箱が置いてあるよね。

 というか、その箱、君が作った空席の食器セットの前に置いてあるんだけど。




 ……それ、誰の分?




「ぞわっ!?」



 そこに座ったいたずら天使。

 君にしか見えてないってどういうこと?


 今度こそ。

 俺たちはお店の隅へ一斉に逃げ出した。




~つづく♪~


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