第18話「研究島」


 海上までという結城の指示を快く、とまではいかないが聞いた黒の竜は飛行機並の速度で空を飛行している。


 他の竜達は黒の竜の指示を受け、背中には各五人ずつ乗せ、驚くほど静かに飛んでいた。


「それにしても数が減ったね。一族はこれで全部かい?」


 先頭を飛行する竜の背中に仁王立ちで立ったままユーリは竜に問いかけた。


 ユーリがこの黒竜の一族と契約を交わした当時、今飛んでいる10倍ほどの数はいた。しかしいま自身が乗っている黒竜が長であるのならば世代がいくつか変わったのだろう。


『ああ、今はだいぶ数を減らしてしまった。若い奴らは白の教団とか言う奴らに捕まって都合のいい移動手段にされていやがる』


 怒ったように鼻から火炎を上げながら竜は喉を鳴らす。


 若い奴らと言ったのは下位竜である飛竜の中では一番下の種である。


 現在ユーリ達を乗せている飛竜たちは全て上位竜と呼ばれる者達であり、それぞれが高度な知能を有している者達である。


 言葉を交わすことの出来る竜は希少であり、それ故に数が少ない。だが下位竜達の知能は低く、そして繁殖力は上位竜とは比べ物にならない程に高いのだ。


 それをいいことに100年以上も前から白の教団が騎竜兵と称し、下位竜を飼育しているのだ。


「ジグルはどうしたんだい?」


 結城のその問いかけにはしばらくの沈黙があった。


 ジグルというのはユーリが先ほど使った短剣。それを基に行った大規模契約陣の筆頭契約者である。


 呼び出した本人であるユーリも彼、黒の竜が姿を現すまでジグル本人が来ると思っていたのだ。


 そして目の前に海が見えてきたときようやく竜は返事を返す。


『親父は死んだ。一五〇年前の召喚で人間と戦ってな。それ以来一族は俺が率いている』


 そうか、と視線を落とすユーリ。また一人減ったな、と短く呟いて。


「ジグル、君の親父には昔よくしてもらったよ。何度も共に戦場をかけた同志だ」


 その返事は言葉と引き換えに空に大きな火炎が昇った。


「君の名前を聞いていいかな?」


 今更ながら自己紹介すらしていなかったことに気が付いたのだ。そんな当たり前な事を忘れていたユーリはしまったと表情を崩している。


『ベルガだ』

「そう、ベルガか。よろしくたのむよ」


 その返事には何も反応はなかった。尻尾が左右に振れている以外には。





 

『見えた』


 しばらく海上を飛行していたとき突然ベルガが言った。


「・・・どこかな?」


 素早く反応した何名かが下を覗くがその視線の先には波を打つ海が見えるだけ、とても島や船などの構造物は見当たらない。


 しかしユーリの視界の先にがある事は漠然とだが分かった。


「うまく隠しているね。ベルガには見えるのかい?」


 その問いかけはベルガに向けてだった。


『いや、見えはしないが臭いでわかる。臭い白い人間の臭いだ』


 その声には憎しみの色が見える。彼の一族も白の教団からは敵対勢力としてリストに上がり、何度も交戦の経験があるのだ。


「・・・物理的な結界に透過防止と対妖結果まで施されているね」


 妖力を使い、五感を強化したユーリはすぐに直観した。


 これでは海の中まで結界で覆っている。結界の起点を中心として直径五〇〇メートルというところか。


 透過と物理結界はどうにかできるが対妖結界は厄介である。


 発生装置は大きいが一つですみ、基本的に移動が可能なためどこにでも設置することができる。


 しかもその装置自体にも結界が張ってあり、解除コードを入力する必要があるという二段構えである。それにご丁寧に広域の探知結界まで張っている完璧な状態だ。


 だが、流石に空からやってくるとは思ってなかったみたいであり、対空探知結界までは作動させていなかったようだ。


 その理由としては飛行物すべてに反応する為、東京から近いこの海上は頻繁に通過する飛行機全てに反応してしまうのであることをユーリは知らない。


 真横に広がる探査結界を感覚で捉えながらユーリはベルガに告げた。


「結界の真上まで行ってくれるかい?」


 ホバリングしていたベルガにそう告げるとユーリは竜の背中から大きく身を乗り出した。


 眼下に見えるのは穏やかに波を打つ太平洋。


 再びホバリングに入ったのを確認すると結城は勢いよく空に身を投げた。一〇〇〇メートルほどの上空から一直線に落下する。徐々に地球の重力によりスピードを上げ、そして突如結城は空中で停止した。


 地上から約五〇〇メートルの上空で何かにぶつかったように突如停止したユーリは低いうめき声を上げた。


「結構な結界だな」


 目に見えない壁。


 まるで目の前には透明のコンクリートのような頑丈な壁があるかのように振って来たユーリを受け止めた。軽く拳で叩いてみるが軋むどころか綺麗に跳ね返される始末である。


 しかし、その状況でもユーリの表情には余裕が見える。


 一度大きく息を吸い込み、そして右手を手刀に切り替え、その直後にユーリから爆発的な妖力が一瞬だけ放出された。その直後すぐにその妖力は収縮され、ユーリの右手に集まる。そしてその手刀を再度、見えない壁に叩き込んだ。


 その瞬間強烈な光とガラスの割れるような音が一帯に響き渡り、ユーリを中心に円状に広がった振動は明滅すると突如その存在を消滅させた。


「さて、お邪魔するよ」


 自由落下に任せ、徐々にその速度を上げながらユーリは落下していく。


 結界が崩壊してゆく光景をただ唖然と見ていた一団はユーリの行動で再起動したように動きを始める。


 先程この場所に設置されていたのは対軍用の物理結界であり、その下には光学迷彩の結界が施されていた。そして白の教団が持ち出した物理結界の高度は最高位であり、用意できる最大級の物であったのだ。


 そんな結界を僅か一撃で破ったユーリに改めて驚かされたのだろう。ある程度力のある者や歳を重ねている者には何の結界かわかったからだ。


 そんなユーリに続き、次々と空中に身を乗り出し、落下に身を任せていった。


「結構な大きさだな」


 徐々に見えてきた敵の基地は巨大な人口浮遊島メガフロートだった。


 結界が壊れ、迷彩が解けていくかのように突如洋上に姿を現したは端を南北に200メートル伸ばし、四角形の洋上要塞のように城壁のような壁を外に向けて晒している。5メートルほどの防壁を外側に築き、中央には円錐形の建物が鎮座していた。


 所々には巡回をしていたのであろう白い服を着た団員が空を見上げて唖然としている。まさか何重にも張った結界が砕かれるとは思っていなかったのだろう。


 地面まであと数十メートル、という時、突如不可視の圧力がユーリたちを襲った。


 突如数気圧上昇したかのように全身を圧迫するかのような圧力、それと同時に液体の中にいるようなにユーリには覚えがあった。


「対妖結界ですか・・・・」


 東南に降り立ったユーリは低く呟いた。


 細くする瞳の先には団員たちと違う服装をしている男が一人手の平を合わせ、まるで正解した生徒をほめるかのようにゆっくりと拍手をしている。


「ご名答」


 拍手をやめたレイバノンは長く尾を引く団服を風に揺らしながら言った。


 その声とともにさまざまな建物から数十人の団員が待ち構えていたように飛び出してきた。全員の手には古典的な武器である刀剣類が握られている。


「我ら白の教団、第一真祖を厚く歓迎いたします」


 そう言い紳士のように深く腰を折ったレイバノン。その直後まるでそれを合図とするように団員が一斉にユーリ達に飛び掛かった。


 重火器、刀剣、ナックル等様々な武装を施した白の一団は一斉に加速し、ユーリに到着する。その瞬間、ユーリの眼前で爆発が起こった。


 砂塵を巻き上げ、激しい風を起こしながらユーリの前に降り立ったのはレンだった。初老の顔には戦場にはそぐわない笑顔が浮かんでいる。


「ユーリ様、露払いはお任せ下さい」


 そう言いながらレンはすでに3人を地面に沈めていた。


「そうか、頼んだよ」

「お任せ下さい」


 そう笑顔で答えたレンはその直後に姿を変えた。


「300年ぶりの妖力解放、皆様しばしお付き合いください」


 鼻の位置が前に伸び、全身を茶色い毛が覆う。履いていた靴は破け、足は膨張する筋肉でズボンがはじけ飛ぶ。


 大きく開いた口には鋭い歯がぎっしりと並び、一際目立つ犬歯のような歯は五センチ近くまで伸びている。まるでその姿は4足歩行のに酷似しており、


「・・・・奴は・・・」


 一番近くにいた団員の一人が息をのむ。


「エアウルフ、しかも純粋種の生き残りか・・・」


 言葉を引き継いだのはレイバノンだった。


「記録では四二〇年前の掃討作戦で絶滅に追い込んだはずだが、生き残りがいたとはな」


 感嘆を声に出しながらレイバノンは矢継ぎ早に指示を出す。


「上級以外は下がれっ!下級隊員は援護っ!一班から三班は近接攻撃残りの班は遠距離から攻撃しろ。妖力からして奴は最低でもSレートだ、一撃一撃に注意しろ。真祖は俺が止める。お前たちはそのエアウルフを死んでも先に進めるなっ!」


 そこまで言ったレイバノンはすぐに表情を切り変える。距離にして20メートル。彼の目の前にいるのはユーリただ一人であった。

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