第10話「真実」
目を開けると知らない天井が広がっていた。
古い木調の天井にゴシック風の彫刻が所々に見える。見ず知らずのベッドに横たわるリーナは体の痛みと共に目を覚ました。
今何時でどこにいるのか全く分からない。無理やりに体を起こしたリーナは奥歯を噛み締めながら部屋を見渡す。
白いカーテンの張られた窓、きちっと整理整頓された本棚には多種多様な本がそろっている。隅に置かれた机の上に置かれたコーヒーに湯気はなく置かれて時間がたっていることがわかる。そして置かれている机の椅子は引き出されたままになっていた。
リーナはゆっくりとベッドから這い出るとようやく自分の格好に気が付いた。それはとても服とは呼べないものだった。
ふわふわの羽毛のような肌触りの材質でロングコートのような形、よくあるバスローブと呼ばれるものだった。しかも寝返りなどの影響を受けてか腹部で結ぶはずの紐がほどけている。
その結果、あまり自信のない二つのふくらみが露出しており、
「っ!?」
急いではだけそうな各所を抑え込んだリーナは不審者よろしくあたりをしきりに見渡す。
すると壁にぼろぼろに破けた団服がかけられていた。真っ白な生地には所々が破け、赤いしみが出来ている。
すでに着ることが困難だと判断したリーナは仕方なく一度ベッドに戻り、まだ痛みで言うことを聞かない頭をフル回転させる。
部屋の時計では昨日の戦闘から約一五時間、半日以上が経過している。鎌鼬との戦闘の後気を失った私は誰かの手でここまで連れてこられた。
それに、記憶の隅に誰かに助けてもらったような気もする。
そこまで考えたときドアをノックする音が聞こえた。軽い控えめのノック音の後から女性の声が聞こえる。思考の一旦停止を余儀なくされたリーナは少し身構えながらドアを睨み付けた。
「失礼します」
そう言って入ってきた女性は喫茶店の制服に身を包み、片手にはトレーを乗せている。
「あら、もう起きてたのね。よかった、そろそろだと思ってココアと軽い食事をもって来たのよ」
その声に反応するかのようにリーナのお腹が鳴った。
半日以上何も口にしていなかったことを今思い出したかのように口のなかに唾液が分泌する。
そんな正直な自分の体が憎いとも思いながらリーナは軽く礼を言うとトレーに乗るココアを一口飲み、おかゆへとすぐに取り掛かった。
いつも軍のような早い食事をしていたリーナにとって、これほどまでにゆっくりとした食事は久しぶりのものだった。
綺麗に平らげたリーナを見て満足そうに笑った女性は空になった食器を抱えるとドアに向かった。その光景を満腹感でぼーっと見ていたリーナは思い出したように女性に声をかけた。
「あっ、あのここってどこですか?助けていただいたことには感謝していますが、私はまだ任務の途中で・・」
途中で口ごもるリーナ。昨日の光景が脳裏で蘇る。
「あなた、二日前に路地裏で倒れていた所をうちのオーナーが見つけてどうやら事情もありそうだからって介抱してたのよ」
「・・・二日?」
目の前に座る女性の言葉が頭の中で何度も再生される。
包帯に巻かれた両掌をまじまじと見つめるリーナ。微かに残る痛みに脳が刺激され、徐々に記憶が蘇る。
「・・・あっ、みんなはっ?」
その言葉を聞いた女性はしばらく考えるように首をかしげると、
「みんな?倒れていたのは貴方だけって聞いたけど・・・」
しばらくの重い沈黙。その沈黙を最初に破ったのはリーナだった。
「とりあえず、介抱してくれたことに関しては感謝してます。しかし、私には大事な任務の続きがありますので・・・」
そう言ってベッドから出ようとしたリーナを女性が急いで止める。
「だめよっ!まだ傷は塞がってないんだから。それにあなた女の子でしょう?しっかり直さないと傷が残るわよ?」
優しい看護師のように話す女性は力強く、しかし決して乱暴にではなくベッドに押し戻す。
慣れたような女性の動きに元々痛みであまり動けないリーナは為すすべもなく押し戻された。
再び掛け布団をかけられたリーナは仕方がなく、仰向けのまま話をすることにした。
「ここはどこなんですか?」
その問に女性は笑顔を向けながら返事を返す。
「都内にある喫茶店YATAGLASSその三階、私は従業員の繭樹 渚よ」
自己紹介も織り交ぜた渚は握手の代わりに声でよろしくねっと言うとベッドの脇の椅子に腰を下ろした。
「都内、ってことは日本支部が近くに・・・でも」
そこまで独り言のようにつぶやいたリーナは口ごもる。しばらくの沈黙のあとリーナはゆっくりと口を開いた。
「本部、いや私の職場に連絡を取りたいんですが」
その言葉は当然渚が予期していたものだった。連絡を取ることは当然のことだが現状を考えてその答えに詰まる渚。しかし救いの手はすぐに差し出された。
軽い、乾いたノック音。
無理やり誤魔化すようにして渚はドアへと向かう。
「はい、どうぞ」
形式的だが、礼儀正しく返事を返した渚は自らドアノブを回し、来客を迎え入れる。
「失礼するね」
そう言って入ってきたのは一八〇センチほどの長身の男性だった。短く切られた短髪に黒い瞳。渚と似た色の制服を着る男性は若いながらもどこか貫禄じみた雰囲気を出している。
「具合はどうかな?」
ベッドの上でおとなしくしているリーナに視線を向けながら男が渚に尋ねる。
「傷口はほとんど塞がっています。まあ、数日で生活には支障ないぐらいには回復すると思いますよ」
そうか、とだけ短く呟いた男は少し近づくとリーナに向けて手を差し出した。
「この店のオーナーをやっている
そう丁寧に差し出された手を無下に断ることもできずにリーナは作り笑いで握手を交わした。
手と手が触れる瞬間、リーナの体に電気のような悪寒が一瞬にして駆け巡った。背筋を凍らせるような悪寒。これは何度も感じたことがある。
リーナは瞬時に脳内の記憶をよみがえらせる。一年前、偶然遠征に出ていたカリブ海で第五真祖と遭遇した時だ。その記憶が目の前の男と重なる。
その時にはすでにリーナの体は結城から遠ざかっていた。ベッドの上で後ずさり、やがて壁に背中がぶつかる。
「・・・・」
その光景をゆっくりと見ていた結城はしばらくの間黙っていた。しかしゆっくりとうなずくと部屋の端にある椅子を引っ張り出し、距離をとって座った。
その行動を目を離さずに見ていたリーナは震えながらもゆっくりと口を開いた。
「・・・あなた、妖怪の類ね。しかもSレート以上の・・」
重い沈黙だった。たった数十秒ほどの時間でも何時間とも感じられるほどに長い、重い時間だった。そんな沈黙を破ったのは結城だった。
「感が鋭い子だな。まあ、そう警戒しないでくれないかな?別に取って食おうってわけじゃないんだから」
笑顔でそういう結城。嘘はついていない、よね。そう自分の中で自問自答しながらも警戒を解かずにリーナは結城の話を聞く。
「僕は確かに真祖と呼ばれてもいるよ。だが君たち白の教団と交戦、もしくは敵対するつもりはあまりないんだよね。僕たちは普通にこの世界で、この街で暮らしていきたいだけなんだよ」
「・・・何を
そう口では言いながらもリーナは不思議と結城という男が嘘をついているとは思えなかった。
この男の一つ一つ動作は普通の人間のそれと同じだが、浮かべている笑みだけは違う気がした。
「お前たち悪魔は昔から大きな争いごとに首を突っ込み、戦場を血で染めてきた。私たち白の教団も多くの犠牲を払いながら今日まで進んできた。それにお前たちの殲滅は我々の存在意義でもある」
「・・・確かに、昔はよく人間と戦争になったもだ。だが、それがどのような発端で起こったのかを知っているのかな?」
結城の瞳は悲しい色をしていた。黒い瞳には涙ではないが、なにか憐れみとも悲しみとも取れ、リーナはその色に戸惑いを覚える。
教団で学んだ歴史は常に正しい。これまであらゆる討伐に参加してきて思った感想だ。どの妖怪たちも戦いを望み、自らの刃で襲い掛かってきた。
時には汚い手で奇襲をかけてきた奴らもいた。そんな過去の記憶がよみがえるリーナの心は揺れていた。
「そうだね。一つ例を上げると、一五二〇年のヨーロッパで起こった大規模な戦争。四ヵ国参加して我々と合わせて一〇万人にも及ぶ戦死者を出しものだ。この発端は僕達に都合のいいように聞こえるかもしれないが、人間側の策略で始まったものだったんだよ」
「う、嘘よっ。たしか教団ではその戦争は狂乱した下位の悪魔たちが集団で農村を襲って皆殺しにしたって・・・」
「嘘ではありません。私は・・・」
言葉を濁らせ、結城は視線をそっと渚へと向けた。そして微かに頷く結城に促されるように続きを話す。
「・・・私はその村の生き残りなんですよ」
重く発せられた言葉はリーナにとって衝撃的な事だった。
「当時二〇歳だった私は村を襲った帝国の兵士に無理やり犯され、散々なぶられた後ぼろ雑巾のように切り捨てられました。幸い傷が浅かったのかその傷で死ぬことはなく、かろうじて生きている状態の時に結城さんと出会いました。そして私は彼の血によって眷属になることを了承し自ら彼についていくことを決めました」
渚の告白にリーナは混乱していた。
確かに真祖クラスでしかもヴァンパイアだとしたら血を与えることで眷属を作ることは可能だ。
しかし、渚が本当にあの村の生き残りだとしたら教団は嘘を教えていたことになる。
偉大な四賢人がいる元老院を中心とした宗教的な組織は今や世界中のどの組織にも入り込んでいる。
そんな巨大な組織の言葉と目の前の男の話。どう考えても後者のほうが嘘に思えてならない。
しかし、とリーナは考える。目の前で涙を浮かべている渚。先ほどから話している感じからはとてもこんな滑稽な嘘をつくはずがない。なぜだかそう、断言できる。
そんな自分に妙な感想を抱きながらもリーナは迷った。もし、ここで仮に結城たちの話を信じるとすると自分は教団に戻ることは難しくなる。
敵の言ったことに耳を傾け、あまつさえもその話を信じることは重大な背徳行為となるからだ。
それも今まで信じてきた組織自体に自分が疑念を抱いてしまう。いや、もうすでに疑念は抱いている。話を聞いた時点で自分の中にはすでに亀裂が走っているのだ。
「・・・この話を信じてくれ、とは言わないよ。でも、すべてを君達の歴史の教科書通りだとは思わないでくれないかな。それに、確かに好戦的な種族が多いのは認めるよ。僕も昔は結構やんちゃをしていたよ。でも、この子たちのような非好戦的な種族も存在していることは頭に入れておいてくれ」
そこまで言うと結城は立ち上がった。その深く、黒い綺麗な瞳にしっかりとリーナをとらえながら。
「ここにはいつまでいてもらっても構わないよ。帰ってここを報告してもらってもいい。それは君の選択だ。しかし、出ていく前に、下のお店でコーヒーとパンケーキは食べていってくれないかな。一応この店の看板メニューだから味は保証するよ」
最後は笑顔でそういうと結城は部屋を出ていった。
部屋に残された二人はしばらくの間無言だった。椅子に腰を下ろしたままの渚。そしてベッドの隅に移動したままのリーナ。
無言の時間はそう長くは続かなかった。
「・・・わからない」
リーナはそう短く呟いた。両膝を抱え、顔をうずめる。
小さい頃良くしていた、落ち着く格好。しばらくそのままの姿勢でいたリーナは、短くくぐもった声で渚に向けて言った。
「わからない。何が本当で、何が嘘なのか、何を信じていいのかわからなくなっちゃった」
リーナは五歳の頃教団によって保護された。
ヨーロッパ内戦第三次ヘルゲイム山脈戦線。その戦場になったのは小さな村だった。
人口わずか四〇〇人足らずの小さな村。電気、水道はあるがガスなどのライフラインは届いていたがそれも最低限だ。
そんな中でも日々の生活に不自由はしてなかった。そんなある日薪集めのために近所の子供達と数人で山まで行っていた時に悲劇は起こった。
最初は太陽が沈む反対方向の空が赤く染まり、子供たちは綺麗だ、などと言いながら帰路についていた。
しかし途中から野犬の遠吠えのようなものが聞こえ始め、不安になった子供たちは急いで山を下った。
今となってはあの時少しでも歩みを緩めておけば、と後悔もしている。
ほどなくして村の外縁部に近づいた時不自然な夕焼けと野犬の遠吠えの正体を理解した。
目の前に広がっている光景は、地獄そのもだった。燃え盛る炎に身を包まれ声もとぎれとぎれに走り回る村人たちの姿。
そう、夕焼けは村が焼ける赤い炎、遠吠えは火だるまになった者の断末魔だったのだ。
その後のことは断片的にしか覚えていない。年齢的にもまだ幼かったこともあるが、リーナは不必要に思い出さないようにしている。
その後教団に引き取られたリーナは日々修練に励み、今に至る。
そんなことを思い出しながらリーナは一筋の暖かいものが頬から滑り落ちる感覚を覚えた。
「・・え?」
小さく紡がれた言葉は自分の言葉とは思えないくらいに震えていた。
その直後に次々と二日前一緒に戦っていた仲間たちの顔が浮かんできたのだ。
「あ、れ?なんで、涙が・・・」
次々と溢れてくる暖かくもしょっぱい水分は頬に幾筋もの跡を残し、顎に伝い流れていく。
悲しくは、ない・・・とは断言できない。だが、戦いで仲間を亡くすことはよくある。よくあることだ。
そう何度も自分に言い聞かせる。だが、目尻から溢れるものに栓をすることはできなかった。
「答えは、出なくてもいいんじゃない?」
そんな時ふと声がかかった。先ほどと変わらない、やさしい声。
「すでに人間じゃない私が言えたことではないんだけど、自分の決断に自信を持ちなさい。それに信じるものなんて人それぞれだけど、結局は自分の目で、耳で聞いたことが真実だと私は思うなぁ」
そう言う渚はふと立ち上がると窓際に移動した。白いカーテンを開け差し込む光が渚のシルエットを浮かび上がらせる。
光が逆光になり、リーナには渚がまるで天使のように背中に光の羽が見えるようだった。
「さあ、止まってたってなにも解決しないよっ。動けるのは若い子の特権なんだから」
そう言う渚の顔は今日一番の笑顔だった。
「・・・そうね」
リーナは短く呟くとベッドから出た。長い時間寝ていたためか体がこわばり、大きく背伸びをすることでほぐす。その時既に涙は止まっていた。
「とりあえずは確証を得るまで、本部に報告することはやめます。ただし、あなたたちが不審な行為をした場合は直ちに本部に報告、然るべき行動をとります」
リーナは心が少し軽くなった気がした。言葉では表面上で伝えられないが、少し肩の荷が下りたような感覚だった。
だが、今まで抱えていた疑問が解消されたわけではないし、より一層疑問が増したというほうが正しいだろう。
しかし、不思議と気持ちは軽い。それを不思議に感じながらもリーナは傷が癒えるまでの間監視をすることにした。
「なあ、上にいるのって俺たちの敵、じゃないのか?」
昼の営業がひと段落した店内にはすでに従業員しかいなかった。すでに休憩に入っていた義徳が呟いた。
その視線の先にはモップを持ったまま立っている美乃利がいる。
「そんなこと言ったってマスターが決めたことですよー。私たちがどうこうできる話じゃないです。それに敵味方を分ける必要なんてないじゃないですか」
それでもよ、と食い下がる義徳。それを視線一つで制した美乃利は無言でモップを渡すとすぐにスタッフ専用入口から出て行ってしまった。
そんな光景を少し離れた場所で眺めていたアリスは首を傾げる。
敵?今までに敵と呼ばれる者たちには何度も遭遇してきた。牧に保護されているときにも二度、公安局内でも一度の襲撃を受けている。
どれもが未遂に終わってはいるが重大な法律違反に類するものを所持していたためその場で即逮捕となった。
その為、アリスは心の中に一抹の不安を覚えながらも咲に尋ねる。
「どうか、した?ですか」
「あー、いいのいいの」
席を囲む形でテーブルで遅めの昼食を取っていた咲はフォークでパスタを突きながら言った。
「でも・・・」
それでも食い下がるアリスに咲は冷めちゃうよと一声かけてから自分の食事に集中した。
「四六時中私たちの周りなんて敵だらけなんだから、家の中に居ようが居まいが関係ないよ。それにいざという時には先輩たちや結城さんが何とかしてくれるって」
そんな楽天家のような考えにアリスは戸惑いながらもこのときは一旦心の奥にしまっておくことにした。
しばらくして結城が一階に降りてきた。
「美川くんありがとう。もういいよ。それに美乃利ちゃんもお疲れ様」
そう言って監督役を任されていた義徳は軽く返事を返し、店の奥へと消えた。美乃利はシフトが終了の時間である。
通常業務では各仕事にそれぞれ担当を決めている。
大学生である義徳は元々料理ができるということで小料理の調理を担当してる。
料理と言ってもそう手間暇かかるものではないし、開店前にあらかた結城が下ごしらえを済ませているため調理自体は別段難しいものではないためだ。
それになぜかこの店で料理ができる人間が少ないのである。
オーナーである結城はあたり前として、渚、それと夜のバーテンダーである横山の四人しかいない。
他のバイトである美乃利や咲、アリスにパートの美山ら女性陣はなぜか料理をことごとく拒み、また腕もある意味すごいものだった。
以前試しに試食をした時の負の記憶を、午後の下ごしらえに意識を集中させることで義徳は頭から追い出す。
「さて、どれから行こうか」
そう言う義徳の前にはリスト状に書かれた紙がぶら下がっていた。
「そういえば渚さんは?」
テーブルを拭き終えた咲がカウンターで豆を挽いていた結城に尋ねる。
「ん?ああ、渚はまだ上で例の女の子の面倒を看ているよ」
軽く視線を送りながら返事をした結城は挽いた豆を確認するとブレンドに取り掛かった。
「ふーん。あの子、目覚ましたんだ」
ため息半分に呟いた咲は手に持っていた布巾をシンクに入れ、洗う。
捻った蛇口から勢いよく出る水を調整して、冬の冷たい真水に手を入れる。氷水のような冷たい水は咲の皮膚に刺すような刺激を与えた。
そんな感覚に目を細めながら布巾を洗い終えた咲は布巾掛けにかけた後アリスの元へと向かう。
そんな時入口近くのスタッフ専用入口から渚が姿を現した。いつものように笑顔の渚の後ろから見慣れない服装の少女が見え隠れしている。
「おっ、もう歩けるのかな?」
すぐにリーナの姿を見つけた結城が素早く声をかける。
「・・・日常生活にはそこまで影響はない、と思います」
最後の方は小声になりながらもリーナは言った。
「そうか、じゃあみんなに紹介しようか」
そう言った結城は厨房から義徳を呼び、全員をカンターに集めた。
そわそわした空気がカウンター席に腰を下ろした面々を包む。席順は右、入口側からリーナ、渚、咲、アリス、義徳の順である。カウンターの中には結城が仕事をしながら立っていた。
「さて、美乃利ちゃんはもう上がったから後日紹介するとして、もうみんなが知ってのとおり、白の教団の子を預かってる。自己紹介は・・・省略しようかな」
司会役を勤めていた結城は既に警戒心丸出しのリーナの不機嫌そうな表情で言葉を濁らせる。
「まあ、みんなも色々と事情はあるだろうけど店に居る間は仲良くすること。これは鉄則だ」
最後の部分だけ口調を変えて言った結城はテーブルにカップを並べた。
「まずはこれだね」
そう言いテーブルの上に並べられた人数分のカップ。いつの間に淹れたのか湯気が上がっている。
「同じ釜の飯・・ではないが、同じ豆から淹れたコーヒーだ。今日限りの特別ブレンド、アリスも飲めるように甘くカフェオレ風にしてるよ」
そう言うと結城は自分用のカップを手に取り、皆に視線で促す。ギクシャクとしながらも全員に行き渡ったのを確認すると一言結城は言った。
「それじゃ、リーナの快気とまでは言えないが復帰祝いに」
その言葉に合わせて無言の乾杯がカウンターの上で行われた。
暖かいカップを握り、一口飲んだリーナは口の中で広がる不思議な味に驚いた。暖かいカフェオレは何度も飲んだことがある。だが今飲んでいるものは初めての味だった。
牛乳のまろやかさを残しながらもブレンドされたコーヒー豆のコクと香りが損なわれておらず、尚且つしつこくない甘さで子供でも飲める味に仕上がっている。その証拠に一〇歳ほどのアリスもなんの抵抗もなく飲んでいる。
そんな不思議な味に表情が緩んでいたのか、結城の視線を感じたリーナはすこし顔を赤らめながらも残っていた分を飲み干した。
各々がカフェオレの感想を述べる中、リーナ一人だけが仲間はずれにされることはなかった。自然に溶け込む。
教団でもできなかったことがたった一杯のカフェオレによって簡単になされた。その事実に驚きながらもリーナは徐々に心の防備を解いていった。
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