第13話「陰陽師」

*作中の登場人物等は架空の存在であり、フィクションです。



 安倍晴明。


 日本で知らない人はないと言われるほどに有名な人物である。


 西暦921年に現在の大阪市に当たる場所で生まれたとされており、伝承によっては奈良県とも言われている。


 幼少のころから陰陽師を師と仰ぎ、現代においては二大陰陽師として有名であり、多数の創作物で登場する人物でもある。


 そんな安倍晴明の直系の子孫。隠匿され、血を引く者がいないとされている現代において今もなお陰陽術を継承している一族が居た。


土御門 成春つちみかど なりはる、土御門家35代目当主が僕に何か用かな?」


 広大な土地を有しており、一般的な世界とは隔絶された場所、皇居。


 天皇皇后両陛下がお住まいになられているその場所の一画にその建物がある。


 ”御陵内中央情報部特別対策室ごりょうないちゅうおうじょうほうたいさくしつ


 存在は公にされず、その内部構成などに至っても公安の最重要機密に並ぶ重要度であり、歴代の首相もその存在を知らないほどの極秘組織である。


 そんな組織の本部。地下20階にある場所に結城はいた。


 地下にもかかわらず平屋で構成され、畳張りの屋敷と言える建物。


外には庭や池までもあり、どのようにしてか自然な調光を施されまるで屋外と寸分たがわない景色を見せている。


「いや、ユーリと久々に会いたいと思ってね。それにしてもこんな時間に訪問とは・・・」


 その屋敷の主であり、結城の目の前に座っているのは一人の青年である。名は土御門 成春つちみかど なりはる。服装は白の袴であり、先ほどまで寝ていた事を言外に告げていた。


 そしてその人物は先ほど結城が尋ねた通り、土御門家35代目当主を26歳という若さで引き継いだ陰陽師である。


「ボクが当主を引き継いでからまだ会ってなかったからね」


 そう言うと成春は右手に持つ扇子を一振りする。するとどこから現れたのか、は元々その場にいたのか、は着物を着た小さな女の子がお盆にお茶を乗せて運んできた。


「式神かな?」


 結城は入って来た女の子を一瞥してふと言葉を漏らした。


 外見は人間のそれだが、視覚以外にも鋭い器官を持つ結城にとって見破るのは難しくない。


「うん。ボクも随分上達したんだよ?」


 自らの式神からお茶を受け取りながら自慢する成春はとても子供らしい振る舞いに見える。もし彼の部下がこの光景を見たならば卒倒するような純粋な反応だろう。


 成春が結城に甘えているのは誰が見てもわかるものだ。その原因というのも、結城と最後に会ったのは15年も前になり当時はよく結城に遊んでもらっていたからである。


「ああ、見違えるようによくなってるね」


 結城が式神と気が付いたのは嗅覚であり、女の子から匂いが一切しなかったからだ。生き物は生命活動を行う上で必ず何かを食べる。それによって発生する匂いというモノはいくら消そうと思っても消えるものではない。


「呪力を外に漏らさなくなって、人間の動きのように滑らかさも出て来たんだ」


 そう言って成春は女の子を近くに呼ぶと結城に向かってお辞儀をさせる。


「確かに巧妙に呪力も隠されているね」


 自身が呪力に気が付かなかったくらいだ。一級品と言ってもいいほどの腕前に上達している。


「人間というのは成長が早いものだ」


 小さい頃を知っているからこそ、彼の成長が著しいことに驚きを見せる結城。幼い頃はよく泣いていてそのたびに成春の父、先代の土御門家当主から泣きつかれたものだ。


「それで、今日僕を呼んだのは何か用事があったんじゃないのかな?」


 式神が運んできたお茶を啜りながら問いかける。すると成春は首を竦めながらため息を溢す。


「まあね。ユーリとの再会をもっと喜んでいたいものだけど、当主となってからは立場もあるから仕方がない」


 そう言うと成春は懐から一巻きの巻物を取り出した。


 陰陽師は昔から書き物はこういった巻物に記すことが多く、重要な情報ほど巻物を利用する。というのも、巻物は適切な解呪を行わないと開けず、無理に開こうとすると炎焼術式が起動し、一瞬にして燃え尽きるからである。


「これが2週間ほど前に届いてね」


 巻物を記すことが出来るのは陰陽師だけである。成春はかの有名な安倍晴明の直系ではあるが、陰陽師が彼一人と言うわけではない。


「ヨーロッパに派遣していた一人なんだけど、これを送ってきた直後から連絡が途絶えてね」


 そう言いながら成春は巻物を開く。中には陰陽師らしく筆で書かれた文字があり、だがそれを読むことは結城には出来なかった。


 羅列されているのは日本語ではあるが読めないのだ。


 これは巻物を開ける呪術よりも高度な呪術であり、解呪を失敗すると死に至る呪いを発動させるものだ。


「白の教団。ボクら陰陽師とヤマが合わない彼らの本拠地で掴んだ情報だよ」


 そう言いながら片手間で呪術を解いた成春は巻物を結城へと渡す。解呪が住んだことにより結城でも読めるようになっていた。


「・・・・・真祖の覚醒実験?」


 結城の小さな呟きに”うん”と返した成春はお茶を一口飲むと短く息を吐きだした。


「アリス。今、ユーリの所にいる女の子は彼らの実験によって無理やり起こされた状態なんだ」


 その一言で結城は酷く納得してしまった。


 YATAGLASSにきたアリスは真祖である九尾を内に宿しているとはとても思えなかったからだ。


 確かに真祖クラスとなると自身の妖力を外に漏れださないようにすることは容易であり、その程度ならばほとんどの妖怪にできる。


しかしそれは漏れ出さない程度であり、真祖となると外から探知することも非常に困難なほどである。


 だがそれは真祖という例外を除いてである。


 真祖の中でも最も古い第一真祖であるユーリは妖力探知に秀でており、彼に妖怪とそうでない者とを見分けることなど簡単である。


 しかし、アリスに関していえば妖怪であるとは判断できたがそれが真祖であるという事は言われるまで確信を得なかったほどだ。だからこそ不思議に思っていたのだが、半覚醒状態であるのならば納得できる。


「山梨に墜落したあの飛行機事故は事故なんかではなく、人為的に白の教団が起こした実験の結果だったようだね」


 乗客全員を生贄にした大規模な術式。西洋術式に詳しくない成春ですら飛行機の残骸に刻まれていた陣に気が付いたほどだ。


「しかしその実験は原因不明で失敗したようだね。アリスの中の九尾を半覚醒状態にさせた状態でね」


 元々真祖には数種類存在している。


 ユーリの様に種自体の大本である個体。

 九尾の様に転生を繰り返し廻る個体。

 そして種族の中で最強である個体。


 真祖の定義自体がユーリを基本としている為一様でそう呼ばれているが、全員が言葉通りの意味での真祖ではないのだ。


「確かに転生を繰り返す九尾であれば人工的に真祖を覚醒させることが出来るかもしれない。でもそれを操るなんてことができると思う?」


 成春のその問いに結城は首を横に振る。


「仮にも真祖と呼ばれている個体だよ?そんな事が出来る筈が・・・・」


 そこまで言葉を紡いだ結城を成春が急に制した。


 そして表情を一変させた成春に怪訝な表情になる結城。そして成春の口から出てきたのは


「ユーリ、YATAGLASSが襲撃されたらしい・・・」


 その直後に成春は一瞬気絶した。


 そう、ほんの一瞬であり、瞬きするほどの瞬間でしかない。しかし相手のの圧のみで気絶したのは初めてだった。


「・・・へぇ、それはどこのだれかな?」


 一瞬だけ解放された妖力を元に戻した結城は先程と変わらない口調で尋ねる。しかしながらそれは表面だけだと成春は理解していた。


「ごめん、それは判らない。ボクも間接的に式神からもらった情報だから・・・」


 そう謝る成春に気にするなと仕草で返すと結城は立ち上がった。手に握られていた湯呑の中のお茶はすでに無くなっている。


「それじゃ、僕は戻るよ。いろいろな情報ありがとう」

「うん。ボクも役に立てることがあったら手伝うから」


 その成春の声を背中に結城は屋敷を後にした。

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