第24話「陰陽道」
*話の区切りの為、3話連続投稿となります。お間違えの無い様ご注意下さい*
確実に届く。九尾の驚く表情にそうユーリは確信した。
しかしその直後、視界に僅かに捉えた九尾の笑みと同時に自分の身に起きた出来事が一瞬理解できなかった。
斬撃音、回転する視界。その端に映る誰かの右腕。
数十メートル吹き飛んだユーリはようやく止まった時に自分の体の違和感に気づいた。
立ち上がろうとするためにつく手。通常二本の手が出てくるはずなのに左手しか見えない。ふと視線を右に移す。するとそこには血の溜まりができていた。
徐々にその面積を増していく血溜まりをしばらくの間見つめる。そして自分の右腕、肩から先が存在していないことに気づいた。
「・・・・」
瞬時に塞がる傷口を無言で見つめ、ユーリは立ち上がる。ヴァンパイアは高速な再生が得意とする。
しかし、その再生には多くの妖力を消費する。止血を優先させたユーリはゆっくりとした動きである。
隻腕となった男の後ろ姿はどこかなしく、赤く染まった服は風に揺れていた。
「ほう、あれで腕だけとはのう・・・つくずく頑丈な男よのぅ」
距離を置いて相対している九尾は余裕のある態度で挑発している。
「
九尾の尾の一つが握る剣。
中世でよく使われたよくある形の剣はその刀身に幾重もの文様を刻んでいる。
いにしえから存在する三種の神器の一つとして知られており別名“アメノムラクモの剣”。
その
状況は完全に不利である。広域探索に妖力を使い、先ほどまでの戦闘でも回復に大分使ってしまった。武器も九尾の足元に刺さったままである。腕も止血はしたが再生させる時間的余裕はないだろう。
どうする?
ユーリの頭に迷いが生じる。
戦況的に各所で終結に向かっている。それは先ほどから周り一帯の妖気が徐々に減ってきていることからもわかる。
しかし、目の前の敵は強すぎる。動き、速さはそれほどまでない。
しかし、一つ一つの攻撃力が群を抜いている。それも徐々にその力を増している。おそらく次の攻撃がどこかに当たれば致命傷になる。
頭でそうわかっていてもユーリの体は疼いていた。痛みにではない。純粋なる戦闘欲求。
元々純戦闘族種、戦闘狂、などと呼ばれていたヴァンパイアにとって食欲や性欲などよりも戦闘行為に対する欲求のほうが強い。
ましてや体力、妖力共に判断力が低下している現状での判断は一瞬に過ぎなかった。
考えるよりも先に足が前に、手が先に動く。その時にはすでに撤退の二文字はユーリの頭から完全に消えていた。
「はぁっ!」
短く発する声と欲求にユーリの理性は徐々に後退していった。
地面に刺さる刀を抜き放ち、何のためらいもなく九尾の元へ駆ける。
刀を突き出す。かき回す。振り上げ、降ろす。差し込む。引き裂く。刺す。刺す。刺す。刺す。刺す。刺す。切る。切る。潰す。切る。殺す。刺す。裂く。突き刺す。叩き付ける。殴る。蹴る。飛んで、また刺す。
そのすべての行為を避けられ、また時には弾かれ防がれる。血に飢えた刃は九尾に届くことはない。
何百回目の行為の時だろうか、不意に突き出された刃が九尾の腹部に刺さった。
「おや?」
まるで意図していなことが起きたような不思議な顔をユーリに向ける九尾。しかしそこにはすでにユーリの姿はなかった。
「どういうことじゃ?」
腹部に残された刀傷も消えている。傷口さえも最初からなかったように消えている。
その時ふと顔を上げた九尾は不自然に漂う霧のようなものに気づいた。
濃霧とまではいかないが漂う霧は九尾の視界を妨げている。
そのことが気に食わなかったのか九尾は一息に鉄扇を振るうと風で吹き飛ばそうとした。
しかし強風ではその霧は動くどころかより一層濃さを増していく。
「・・・なんじゃ?おぬしらの術は相も変わらず面妖よのぅ。いつのまに幻と入れ替えたのじゃ?」
怪訝な瞳で霧をしばらく見つめているとふと遠くに人影らしきものが九尾の視界に入った。
濃霧で距離感もつかめない状況で九尾はとどまることを選択した。徐々に近づいてくる影に対して戦闘態勢を取りつつも手を出さない。
ふと影が止まった時、待っていましたとばかりに一瞬で霧が晴れていく。
足元から徐々に見えるようになり、やがて上半身、頭部という順番に見えてくる。そしてあらわになったのはユーリでもなく見た目はただの人間だった。
ただ、普通と食い違う点があるとすれば服装という点だけだ。現代には似合わない袴に羽織。そして手には紙切れを持っている。
「・・・・お会いできて光栄だよ、九尾」
突如現れた男はそう笑顔で言うと軽く会釈をする。
「おぬしは、だれじゃ?」
記憶にない男の姿に怪訝な瞳で返す九尾はいまだに戦闘態勢を解除していない。
その気になれば人間など瞬く間に何百人も殺せる九尾にとっても目の前の男は何か不吉な雰囲気を醸し出していた。
「おっと、これは失礼した。ボクは
そう答えた男は流れるような動作で袖から複数の紙を取り出し、空へと投げた。
「顕現せよ式神」
続く成春の声は驚くほど澄んだ声だった。
声と共に寝られた呪力が式符に命を吹き込む。
生き物のように膨張した紙は瞬時に生き物の形へと姿を変貌させた。
左から順に鹿、象、鷹、そして最後に熊。四匹の動物は大きさこそ普通だがそれぞれが体に鎧のようなものを着こんでいる。
戦国時代によく使われた鎧。まるで武士のような佇まいの動物たちは直立不動のまま主からの命令を待っている。
「ほう、面妖な連中よのぅ。そういえば昔、晴明のやつもこのような面妖な術をつかっておったか」
余興の芝居を鑑賞するかのように笑みを浮かべた九尾は体勢は崩さずにその場にとどまった。
「では、余興をご覧にいれましょう」
成春はそう言うと無言で指先を動かした。するとまるで指と繋がっているかのように動物たちは動き出した。
鹿と熊は側方から、残りは正面から九尾に迫る。包囲した次の瞬間、九尾は尾を一閃した。
高速で迫る尾をよけきれず四匹の動物は全身を明滅させ、一瞬の硬直の後跡形もなく姿を消した。
「おや、ご満足いただけませんでしたか?」
先ほどの光景を眉ひとつ動かさずに見ていた成春は大仰に言うとすぐに違う式符を取り出す。
「では、こちらはいかがでしょう」
宙に浮かぶ式符は先ほどとは明らかに種類が違う。複雑な文様を描かれた式符は呪力を受け、姿を変える。
一瞬の後、現れたのは二体の落ち武者だった。
それぞれに刀を腰に差し、脱力したように両手を下げている。顔には彫刻で象られた銅製の仮面をつけており、頭部、腹部には数本の矢を刺している。
傷口から血は出ていないもの今にも吹き出しそうなほどその生々しい姿を再現していた。
「・・・行け、
その直後に二体が爆ぜた。
二体が爆発的な加速で九尾に身を躍らせる。直前で抜く刀は居合。その初速は達人では音速を超えると言われている武術、それを二体は用いた。
両側から左右に下げた二本の刀が音速を超えて九尾に迫る。しかしそれを、
「ふんっ」
手に持つ草薙剣で一息に弾いた。鋭い金属音。それと同時に吹き飛ばされた二体は上手に受け身を取りながら成春の位置まで下がる。
体は激しく明滅しているが先程のように消えることはなかった。
「金剛力士、その二体かえ?」
「ご存じでしたか。まぁ、この姿はまだ仮の姿なんですけどね」
弾き飛ばされた二体を笑顔で操りながら青春は返す。
「その二体でもわらわに傷をつけるどころか触れることさえもかなわんぞ」
余裕を持った九尾の口調は初めと少しも変っていない。
「はい、それは重々承知していますよ。ではそろそろ始めましょうか」
その直後、成春の表情が変わった。今まで何の動作も行わずに式神を顕現させていたが、次の動作では手印を結んでいる。
「我、かの安倍晴明が子孫。契約の血に則り顕現せよ。式神召喚“十二神将”」
明らかに先ほどとは違う手順で成春は式神を顕現させた。
媒体となる紙は存在せず、呪力の波打つ中、中心にいる成春の足元には赤い斑点が徐々にその面積を広げていた。
「・・・血の契約かえ?」
遠目で見ていた九尾は滴る赤い液体を眺めている。
「まあ、血で書いた式符でもいいんですが、九尾との相対となるとやはり派手でないといけませんし」
わかっとるよのう、と小さく言った九尾は初めて自分から動いた。
すべての式神が現れてしまう前にその主、成春に近づく九尾。
振り上げ、落とされる草薙剣は確実に成春をとらえていた。九尾の視線と九尾の視線が交差する刹那、九尾は振り下ろした剣に手ごたえを感じた。
だが、それは肉を断った手ごたえではなかった。
「
呟く成春の口元がほころぶ。
鉄扇を直前で受け止めていたのは赤い鎧を着た武者だった。
頑丈な鎧のその肩で受け止めた鉄扇は沈むことなく肩に乗っている。
頭部を覆う兜は武将のような豪華なつくりでその顔を隠し、威圧感を放っていた。
「ほう、これを受け止めて無傷とはのう」
感心したかのようにそう呟いた九尾は一歩後退すると剣を引き寄せる。そして後ろから一振り鉄扇を追加した。
「これならどうかえ?」
それに対して反応したのは
振り下ろされる鉄扇と剣。それに合わせるかのように抜いた刀で見事に受け止めた。
鋭い金属音と軋む鎧。あきらかに先ほどの攻撃より数段上の力を内包した攻撃だ。しかし、風天は明滅するどころか鉄扇を押し返した。
「やるよのうっ」
再び後退しながら九尾は楽しそうに叫んだ。
「いえいえ、これからですよ」
そう言った成春の言葉の直後九尾から笑顔が消えた。
九尾の正面から順に風天・金剛力士、成春と並んでいた背後に一〇体もの式神が姿を現したのだ。
それぞれに色とりどりの鎧を纏い、数体は人間ではなく獣の体をしている。
「
成春の言葉に呼応して次々と雄叫びのような声をあげる式神。それを見た九尾はようやく気づいた。
「・・・十二神将、思いだしたぞえ。憎き晴明の式神。忌まわしき過去の亡霊どもじゃの」
表情を硬くした九尾はすぐに飛び掛かった。
九本の尾が宙を舞い、式神の前に躍り出る。それぞれが個別に意思を持つように自由に、しかし統率のとれた動きで十二神将に襲い掛かった。
それと同時に繰り出される嵐のような鉄扇の舞は魅了するかのような美しさを持っていた。
「そんなものかえ?」
徐々に速度を上げていく攻撃を見事に防いでいる十二神将を挑発するように言う。
しかし、全員が少しも動くことはなかった。
冷静な一二体の式神に少し驚きながらも九尾は攻撃の手数を緩めない。
右の鉄扇で手前の
その攻撃を受け止められながらも左の鉄扇で
中央から突かれた
濃密な時間、何十もの工程を数秒で行う高速の戦闘は一手一手が命取りになる。しかしこんな中でも笑顔を浮かべている者がいた。
九尾である。
戦闘行為はどの欲望よりも優先度が高い九尾にとって命がけとまではいかないが、戦闘は血沸き肉躍るとても楽しい時間なのだ。
手元を離れた鉄扇を尾で取りながら近場の相手に裏拳を叩き込む。その反応で反対側の右手の鉄扇を分解し剣状に束ね、横なぎに振り回した。
確かな手ごたえと共にその方向を見た九尾は不思議に思った。振り返りながら引き抜こうとした鉄扇が抜けぬ。
「?」
疑問の正体を見た時九尾は背筋をなでるような悪寒に襲われた。その直後本能的にその場を離れようとした九尾に一斉に式神が飛び掛かった。
一二体のうち八体は尾と左手によって吹き飛ばされた。しかし残りの四体は九尾の尾に貫かれながらもしっかりとその四肢を絡め、九尾の動きを止めた。
「しまっ・・」
一瞬の油断、それが九尾のくちから言葉となり、現実に顕現する。
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