第25話「決着」
*話の区切りの為、3話連続投稿となります。お間違えの無い様ご注意下さい*
その時成春の声が聞こえた。
「囲え、五芒星(セーマン)」
低く、そして早口で唱えられたその言葉の直後に九尾は己の体の内側に押しつぶされるような感覚を得た。
まるでいきなり深海に移動したような圧力。短い悲鳴をあげながらもその強い瞳は成春を見つめていた。
「対九尾用特別結界」
静かにそう言った成春の手元からは先ほどとは比べ物にならないほどの血が滴り落ちていた。
両腕に大量に描かれた赤い文様。そのすべてが先ほどの戦闘の間に自らの血をもって書かれたものだった。
「もともと土蜘蛛用に発案された結界をボクなりに改良したものです。お気に召しましたか?」
そう言いながら浮かべる笑顔も先ほどと比べると血の気がなく、額には冷や汗をかいている。呪術に血液を使いすぎたのだ。
「清明が使っておった術式を捨て駒扱いとは・・・なかなか見所のある男じゃのぅ」
なおももがこうと力づくで地面に描かれた五芒星の中心から動こうと九尾は声を引き絞る。しかし、
「そうはさせませんよ」
最終段階に入るようにより一層呪力を練り上げる成春の顔に力が入る。
それに連動するかのように輝きを増した地面の五芒星は各頂点から光の蔦のようなものを伸ばし、徐々に九尾の体を覆っていく。
「なっ・・なんじゃこれはっ」
必死にもがく九尾を無視して一気に力を注ぎ込む。やがて光のドームのような半球状の塊ができた。
その状態で成春は右手を背後に回すと一本の刀を取り出した。
所々は錆におおわれ、いかにも古い短刀はその刃を見せると鈍く輝きだした。時刻的にすでに日が暮れ、薄暗くなった空間に二つの光がともる。
まばゆい大きな光にそのまま近づいた成春は直前まで来ると一度止まり、短刀を地面と平行に前へ突き出す。
そしてその刀身に己の血を何滴か垂らすと逆手に持ち替え、一息に光の中心を刺した。
マシュマロのように柔らかい物体に刺さるように沈み込んだ短刀は球体の中ほどまで沈み込むと止まった。
すると同時に球体の光が徐々にその光度を落とし、やがてそれは完全に消え去った。
何もなくなった五芒星の文様の上には一人の少女が横たわっていた。何も身に着けず、外気にさらされたその肌はその寒さにか、僅かに振動している。
胎児のように丸まった状態で横たわり、まだ未熟な胸部が前後に動いていることから少女が生存していることがわかる。
「・・・終わったか」
しばらくして少女の前に座り込む成春に背後から長い装飾の入ったコートを羽織り、失った右腕部を風に晒しているユーリが声を掛けた。
「ああ。簡易的にだが押さえ込むことができた」
短く返事を返す成春はその場にへたりこみ、腕の傷口にどこからか取り出した包帯を巻いていく。
巻終えた後すぐに赤く滲む包帯の上から数枚の呪符を張り付けた成春は一息つくとどこからか現れたユーリを見る。
地面に横たわる少女アリスに着ていたコートを被せたユーリは同じく成春の横に腰を降ろした。
「それにしても途中からの僕、まるで錯乱でもしたかのように見えたけど?」
地面に座り、開口一番に悪態をついたユーリに成春はそうかい?と笑顔で返す。
「それに、ボクなりに急いで来たんだけど・・・」
ふたたびどこからか取り出した煙管に火をつけながら成春はユーリを見た。
体の各所についた傷はすでに癒え、右腕の再生も始まっている。
「なかなかきわどいところだったね」
煙管を吹かし、空中に器用に輪を作りながら成春は言った。
「はっ、まだまだ負けないよ。それにしても先程の術式、あれはなんだったんだい?」
軽く悪態をつきながらユーリはため息を吐く。
「へっ、負けず嫌いの妖怪め」
冗談っぽく返事を返した成春はゆっくりと立ち上がりながら煙管の中身を軽くたたいて地面に落とす。
「さっきの術式はかの偉大な先祖様が残してくれた秘術にボクなりのアレンジを加えたものだよ。下準備と使用する呪具に限りがあるからもうできないけどね」
軽く答える成春に軽く返事を返しながら、ユーリは再生した腕の感触を確かめている。
「それにしてもまるでトカゲだね、ユーリの腕って」
煙管を左手に持ち替えながらからかう成春。無言で返事を返すユーリは遠く地平線を眺めている。
「そう言えばこの前は驚いたね」
突然言い出した成春にユーリはなんだ、とぶっきらぼうに返事を返す。
「ほら、いきなり夜中に御所に来た時さ」
ああ、と記憶にあるのか軽く返事を返したユーリは同じく立ち上がり、背伸びをした。
「あれは君からの誘いだと思ってね。まぁ、いきなり手紙をよこす奴が悪いよ」
「そりゃすまなかったね」
「心にもないことを言うと罰当たるよ?」
細目で成春を睨むと立ち上がり、少し離れた地面に刺さっていた二本の刀を抜き、腰の鞘に納めていく。
「もういくのかい?」
ああ、と短く返事を返すユーリの背中は成春にとってどこか寂しいような気がした。
「制圧したとは言えここは敵の拠点だ。いつ増援が来る判らない。こっちも戦力的にもう一戦交えるには心持たないからね」
いつの間にか再生していた右手と左手で横たわるアリスを抱えたユーリは空に現れたばかりの月に視線を向ける。
「そろそろ君も迎えが来るんじゃないか?」
不意に歳のことを言われた成春は小さく肩をすくめながら笑った。
「まあまだくたばるわけにはいかないね。今年でもう九〇になるがようやく寿命の延長方法を割り出したんだ。もうしばらくはこちらに留まるよ」
その返事に小さく舌打ちしたユーリは背中を向け、立ち止まった。
「なら、その若作りはほどほどにしておきなよ。ばあさん連中が見たらみんな旅立ってしまう」
笑いながら、わかったと返事を返したのを確認するとユーリは闇に消えていった。
しばらくして一人取り残された成春はふと思いだしたように近くでのびていた教団のミカエルを見つけると膝をついて顔を覗き込み、軽い平手で起こした。
「おい、伸びてないで跡片づけするぞ」
笑顔でそう語り掛け、襟元をつかみ強引に立たせた。
まだ足取りがおぼつかず、ふらふらと歩きながらミカエルは荒れ果てた周囲を見渡した。
花が咲くように曲がった拘束具が乗る中央の台座は複数の大きな爪痕のような傷を残し、地面には複数階層を貫いた破損個所から下が覗いている。
「いったい何が・・・」
気を失っていた数分間の出来事のようには思えないほどの悲惨な戦場跡はまるで休憩しているかのように静かだった。
時折吹く風が切断されたケーブルを揺らし、直立するポールが低いうなり声を上げる。
そんな中ただ立ち尽くすミカエルは成春から声をかけられることによってようやく現実に戻ってきた。
「ねえ、君がここの責任者のミカエルかな?」
まだぎこちない動きで成春の顔を見たミカエルは返事をそっちのけで質問攻めをする。
「いったい何が起こったんだ?これは、どういうことなんだ?」
そんな興奮状態のミカエルを冷たい目で一蹴すると成春は再び胸倉をつかみ、顔を近づける。
「今までの人体実験及びその死者等、数々の違法行為について尋問させてもらうよ。我ら陰陽師の庭で犯した罪の数々、その人生を持って償ってもらう」
笑顔で放たれた言葉と視線はミカエルを黙らせるのには十分すぎるほどの効力を持っていた。
「おや、どうやら公安の連中も来たようだ。さて、どう言い逃れするか拝見しようかな」
水平線上に複数見え始めた船舶を視界に収めた成春はからかうかのようにミカエルに視線を向ける。その質問にミカエルはうなだれることで態度を表すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます