第15話「日の出」



「これは・・・」 


 朝日が昇るころYATAGLASSに戻ってきた鍵山は表情を固くした。


 視線の先には半壊した店舗、それを取り囲む黄色いテープとあたりを染め上げている赤色灯。


 明け方だと言うのに多くの野次馬が集まる中、結城は無表情のまま警察官に近づくと事情を説明した。


 事情聴取のために近くの刑事の所まで連れていかれ、結城が目にしたのは跡形もなくなっていたYATGLASSの店内と、その床に並んだ遺体袋だった。


「あなたがここのオーナーさん?」


 古びれたスーツに茶色の古いコートを羽織った刑事が話しかける。どこか見たことがある雰囲気の刑事だ。


「はい。家主の千葉です」

「よかった、連絡が取れないんでてっきり・・・」


 その視線は遺体袋に向けられる。すぐに咳払いをして視線を戻した刑事は手を差し出して自己紹介した。


「今回はお気の毒に、心中お察しします。私は本庁刑事課の葉矢と言います。こいつは部下の森田です」


 どうも、と軽く頭を下げる結城。


「そういえば、以前お店に来られた刑事の方ですよね?」


 ふと思いだしたように言う結城の言葉で二人の刑事は顔を見合わせ、はいと静かに答えた。


「では説明します」


 そう切り出したのは若い刑事の森田だった。


「午前3時頃。突如お店が爆発したようだと警察に近所の方から通報が入りました。3時18分第1班が現場に到着、その時にはすでにこのような状態だったと報告されています。その時点で通報から約10分。その後消防と合同で救助活動を開始するも生存者はなく、発見されたのは3名です」


 そこまで言った森田は手帳を次のページに捲る。


「辛いかとは思いますが亡くなられた方の身元を調べるためにも確認をお願いします」


 結城は、はいと静かに答えた。 


 綺麗に横並びに並べられ一つずつ丁寧にあけられていく遺体袋。そこから顔を出したのは予想通り結城の知っている顔だった。


「彼は店の常連で名前は横山 茂よこやま しげるさんです。彼も店の常連さんで名前は玖上くじょうさん、すいません下の名前まではわかりません」


 そこまでいうと結城は大きく息を吸い、吐き出した。


「大丈夫ですか?」


 葉矢が顔を覗き込みながら言う。大丈夫ですと短く返事をすると結城は再び確認に入る。


「彼は・・・美川 義徳みかわ よしのり君大学生のアルバイトです。時々夜の営業を手伝ってもらっていました。可愛そうに・・・」


 そこまで言うと結城は顔を上げ半壊した店内に視線を向ける。何かを探し、そして見つけたかのように結城の視線が一箇所に集中する。


 それに気づいた森田が結城に近づき言った。


「もうあらかた調査は終わりました。消防によると倒壊の危険などはないそうなので短時間でしたら中に入れますが」


「・・・いえ、大丈夫です」


 そう言うと結城は鍵山を呼び短く何かを伝えると鍵山はすぐに姿を消した。


 それを確認した結城は視線の先に渚を見つけた。止まっている救急車の中のベッドに座り、傷の治療を受けている。


 刑事の了解を取り、渚のもとへと近づく結城。視線の先の渚は結城を見つけると安堵した表情で表情を緩めた。


 着ている制服は所々が破け、服の下には治療済みの証拠である包帯やガーゼが当てられている。


「渚・・・」


 結城が声をかけると気をきかせたのか治療していた救急救命士は救急車から出て行った。


「結城さん・・・」


 震えた声を出す渚は今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。


「よかった、無事で・・・」


 ただそう言うと結城は渚を抱きしめる。するとなにかの糸が切れたように渚は泣き始めた。


 しばらくして泣き止んだ渚はまるで泣くことで体力を全て使い果たしたかのように眠りについた。そんな渚をしばらく片腕で抱いていた結城は優しくベッドに寝せ、救命士に後を頼むと再び刑事のもとへと戻った。


 ある程度事情を察していたような、そんな表情で迎えた二人の刑事は結城が近づくとすぐに話を持ち出した。


「お疲れの中悪いんですが、いままであなたはどこに?普段は店でバーテンをやっていると彼女から伺いましたが・・・」


 そう言って葉矢が視線を向けるのは寝ている渚である。


「ええ。友人と会う約束をしていたので友人と会っていました」


「そうですか。まぁ、今夜はお疲れのようですので日が昇ってから改めて調書に伺いますので。不躾な質問で悪いんですが、今夜はどこにお泊りですか?」


 その言葉から言外に泊まる場所を知らせろというところだろう。


「知人宅に泊めてもらいます。明日以降はホテルにと考えていますが」


 すこし悩んだふりをして質問に答える結城。その様子に疑問もなにも持たずに葉矢は頷いた。


「わかりました。あとでその住所を教えてもらってもよろしいでしょうか?あと、一応なにかありましたらこの番号に電話してください、私の携帯に直接つながりますんで」


 そう言って差し出された小さな紙切れには汚い数字が羅列していた。


「ありがとうございます」


 そういうと結城は歩いて野次馬の中に消えていった。


 しばらくして野次馬が引いたころ、車両に寄りかかり休憩していた葉矢は煙草の煙を大きく吸い込むとゆっくりと吐き出した。


「なあ、森田」


 突然の声に驚きながらも返事を返した森田は上司の顔を不思議そうに見る。


「あの千葉っていう家主、妙に冷静そうじゃなかったか?」


 そうですか?と自分のメモを整理しながら森田は返す。


「なんか、人の死に鈍感っていうか、慣れているような感じだった。普通は女じゃなくても少しは慌てたり落ち込んだりするもんだろうがよ」


 女性差別ですよ葉矢さんと諭しながらも森田の頭の中には先ほどの千葉という男の冷静な顔が焼き付いていた。確かに若く見えるのにどこか落ち着いたかんじであり、取り乱したりなどと言った事をしていなかった。


「こりゃなんか変なものを引いたかもしれんな」


 そうつぶやく葉矢の煙草はすでに持っている指に近いところまで灰になっていた。


「第一にこれはどう見てもガス管の破裂とかじゃない。厨房には特に損傷はみえなかったし、地面に埋まっているはずのガス管は数年前から破裂や漏れ防止のために複数の安全装置を取り付けることが義務づけられているからな」


 葉矢の鋭い眼光は静かに建物に向けられている。


「それにあの二つの奴さん、どう見ても爆発による傷じゃないな。刃物、もしくはそれに準ずるものだろう」


 どうしてですか?と不思議に思った森田は手帳を取り出しながら尋ねる。まだ鑑識の結果は出ていないのだ。


「まず第一に服の破れ方だ。俺は刑事になってからいろんな仏さん見てきたがあの破れ方は爆発系じゃない。俺の経験則ってやつだ」


 上司の観察眼に感服しながらメモを取る森田。その光景を横目で見ながら葉矢は続ける。


「それに家の崩れ方も少し以上でな。確かにガス爆発はしたんだろうよ。でもそれにしては瓦礫があまり飛び散っていない。恐らく爆発する前から崩れていたんだろう」


 そこまで言った葉矢の言葉を素早くメモに書き留めながら森田はふと振り向いた。先ほどから入り口付近が妙に騒がしい。


 気になった森田は失礼しますと短く言うと騒ぎの元凶へと向かった。数十秒で立ち入り禁止の線まで来た森田は近くの警察官に声をかける。


「どうしたんですか?」


 すぐに振り向いた若い警官は困った顔をしていた。


「いやーですね、なんか公安の方たちが来てて今後の捜査をすべて引き継ぐって無茶言ってるんですよ」


 額から流れる汗を見てもだいぶ苦戦しているようだ。


「分かりました。少し待ってもらって下さい」


 口早にそう言うと森田は駆け足で葉矢のもとへと向かった。そのころにはすでに朝日が昇り始め、寝不足気味の森田は欠伸を噛み殺すのだった。

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