第16話「狼煙」



「集まったかな?」


 薄暗く、照明を極限にまで落とされた広い部屋の中に結城の声が響き渡る。


 店締めを終えたダンスディスコのような部屋には複数の人影が見える。綺麗に磨かれた木製のフローリング、並べられた机や椅子の数々は出番を終えたかのように一同沈黙を保っていた。


 すでに30人ほどの人数が部屋には集められ、それぞれが今一つの方向に顔を向けている。一同の視線の先には一人椅子に座った結城の姿があった。


「今まで僕達は戦闘行為を否定し、敵とは会談等で和解を行ってきた」


 淡々と話し始めた結城の口調はこれまでと全く変わらぬものだった。だが何時もと雰囲気が違う事はその場にいた誰もがその声に集中していることからもうかがえる。


「白の教団とは和平協定こそ結んでいなかったものの、これまでは派手な戦闘や犠牲を出さずにきた。しかしこれまでに34人の同胞の死亡を確認した。そして新たに3人の死亡を先ほど確認した。それも僕の家であるYATAGLASSに直接乗り込み、そして女の子2人を攫っている。何が目的でさらったのかは不明だが、犯人は明確だ。残骸の中に残された結界の術式残滓、それと魔剣の類いが残した傷跡。これらから白の教団だと断定できる」


 重い雰囲気が会場全体を包み込む。そこにいる誰もが俯き、中には死んだ仲間に祈りをささげているものまでもいる。


「僕たちはこの世界では少数派だ。これまでの長い歴史で幾度も断罪され、蔑まれ、差別されてきた。僕はそんな世界をなくすために今まで行動してきた。人と共に共存できる道を。それに今まで皆が協力してくれてきた事も感謝している。だけど、」


 そこまで言った結城が顔を上げる。瞳にはいつものやさしさはなく、冷たい氷のような瞳がどこか遠いところを見つめていた。


「その自ら決めた掟を今日ここに破棄するよ。そして再度王の仮面を被ろう」


 その瞬間に部屋全体が爆発した。正確には部屋にいた人々が叫び、己の体から大量の妖気をほとばしらせ結城の考えに賛同した。


「レイ」


 ユーリが短く呼ぶ。するとまるで今までそこにいたかのように突如黒いマントを羽織った鍵山が現れた。


「咲とアリスの行方は判るかい?」


 ユーリは視線をそのままに問いかける。するとレイと呼ばれた鍵山は腰を折るとそっと囁いた。


「発見には至っておりません。配下を総動員していますが糸ひとつ掴めていない状況です。申し訳ありません、ユーリ様」


 そうかと短く返事をした結城は少し考えると口を開いた。


「皆、聞いてくれるかな」


 小さな声、しかし普通ならばすぐに消えそうな声は全員の耳へと届いていた。


 突如静かになった空間には転がる空き缶の音だけが聞こえる。


「今現在も僕の家族が2人、敵に拘束されている。まずはこの二人を見つけ出し、救出する。そして事の清算をきっちりと済ませるよ」


 その声と共に再び部屋は歓喜に沸いた。


「レイネシア」


 短く呼ぶユーリ。それに反応したのは最前列に身を置く女性だった。


 長い黒髪を後ろでまとめ、晒しているうなじは男たちの視線を釘付けにしている。何よりも彼女自身の体つきが妖艶な雰囲気を帯びていた。


 幻惑と魅力の妖怪サキュバス。その実質的トップである彼女はからやかな身のこなしで壇上に上る。


「君のところの店で何か情報はないかい?」


 結城の問いかけにレイネシアはすぐに思考を走らせる。


 なんの力も使わずに男性を虜にしてしまう能力を生まれ持っているサキュバスは太古よりその力を用い、夜の商売で生活してきた。


 特別に力を持っていない個体でもあってもその姿は美しく、男を魅了する。時にはその力で破滅を歩み、時にはその力で支配する。


 歓楽街を裏で握っているのは彼女らサキュバスや男性型であるインキュバスなのだ。


「残念ながらそのような報告は上がってきておりません。よく教団員の客はきますが、なかなか口が堅いようです」


 そうか、と短く呟いたユーリはレイネシアを下がらせるとすぐに違う名前を呼ぶ。


「イスカ」


 おう、と低い声を発して前に出たのは大男だった。2メートル近いその体格は周りを威圧し、その存在感をまじまじと感じさせる。


「生き残った奴がいたな、そいつは何か知っていないのか?」


 その問い掛けにイスカは低く唸る

「残念ながら一昨日死んだ。どうやら受けた傷口がふさがらなかったようだ」


 そうか。とまた短く返事を返したユーリは深くため息をつく。


 早くも手詰まりか。


 そんな思考が頭をよぎる。だがすぐにその思考を自ら殴り捨てる。


 諦めるな。まだ策はある。


 そうふと顔を上げたユーリは口を開ける。


「各員は小隊を編成して現状待機。偵察班は白の連中を監視してくれ」


 その言葉に一斉に返事をした一同は各々行動を開始した。


 それぞれが動く中、唯一動きを見せない結城は一人の少女の名前を読んだ。


「美乃利」


 その少女はすぐに群衆の中から現れると結城のすぐそばに近寄った。赤く晴らした目元が、先程まで泣いていたことを如実に表している。


「こんな朝早くにすまないね。でも、君に頼みたいことがある」


 先程とは違う、いつもの雰囲気に戻った結城は美乃利に優しく話し掛ける。


「美乃利の力を貸してほしんだ」


 優しい眼差し。それを受け止めた美乃利はゆっくりと、だがしっかりと頷いた。

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