第17話「出撃」
「状況は?」
ユーリの声が壁に反響することはなく、夜が明け始めた薄暗い空へと消えていく。
先程の部屋、その数階上に当たる屋上に一行はいた。各々が武装などの装備を点検するなか、ユーリは一人ため息を短く吐き出す。
「・・・進行はどうかな?」
呟いた二度目の結城の言葉に口を閉ざしていたレイが反応する。
「窮鼠を使い都内をくまなく探索中です。不自然に入れなかったり、結界が張ってある施設を重点的に捜索しています。やはり、美乃利さまのお力を使う以外に方法はないかと・・・」
やはりユーリが予想していたようにそう簡単に見つけられることはなかった。ユーリが今まで築いてきた情報網を駆使しても未だ見つからない二人の行方。その事に屋上に集まった者達の表情はすぐれない。
その一つの要因と言えるがユーリである。彼の顔にはいまだに色が戻っておらず、氷の冷たく、鋭い瞳が日がおり始めた空を刺していた。
「やはり使うしかないかな」
そう呟くとユーリは後ろを向いた。その視線の先にはいつもの私服姿に短い黒髪をカチューシャで留めた少女、美乃利の姿があった。
「すまない美乃利、頼めるかい?」
その問い掛けに美乃利は無言で頷きを返し、頭に嵌めていたカチューシャを外した。その下から出てきたのは角のような二対の突起。これが彼女の種であるサトリが持つ感応器官である。
美乃利は思った。これからやる事は”怖い”と。
だがそれ以上に、この屋上に来る前にユーリから頼まれ、そして承諾したのだ。今更その選択を帰る事など彼女自身が許さない。
なにより、彼女がこれから行う事は咲とアリス、2人の為である。やらないという選択肢は美乃利の中に存在していなかった。
美乃利は大きく息を吸うと、ゆっくりと妖力を解放する。
普段は極限まで抑えている妖力を精一杯引き出す。
妖怪サトリ、人の心、思考を読み取ることのできる妖怪である美乃利は小さい頃からその能力を開花させていた。
両親ともに妖怪だが2人には飛び抜けた才能はなく、偶然開花した美乃利の能力を大変気に入っていた。
しかし、本人はそうではなかった。幼い頃、それも能力を開花させたばかりの頃は酷いものだった。自然と相手の心の声が、思考が聞こえ、正直な子だった美乃利はつい声に出してしまったからだ。
考えを読む化物、気持ち悪い、近寄らないで。幼い子らの純粋な反応は彼女を深く傷つけ、一時期は不登校になったこともあった。
しかし一二歳の時、偶然お使いに出ていた時にユーリと出会い、妖力の使い方を教わることになり、能力を制御することができるようになった。
能力の訓練中も練習相手に年下である咲が特によく付き合ってくれ、その過程で咲が純粋に美乃利を好きでいてくれている事に何度も救われたのだ。
そんな美乃利は咲に対してだけでなく、彼女に会わせてくれたユーキに対して返しきれないほどの恩を感じていた。
その恩に、私を救ってくれた、私を思ってくれた恩に報いたい。その一心で美乃利は叫んだ。
「とどけぇえ!」
その直後美乃利の全身から妖力が爆発した。一瞬で広域に広がった妖力。それに美乃利の能力を乗せ、運ぶ。
次々と入ってくる人々の声。それは言葉として発せられているものではなく、心の声だ。
お腹がすいた。
次の電車何時かな?
ママ帰り遅いなぁ。
おっ、お買い得っ!
あの姉ちゃんいい尻してるなぁ。
全く、今時の若いもんは・・。
寒っ、コート着てくればよかった。
もうそろそろ夜が明けるなぁ。
あー、眠い・・。仕事仕事、もうくたびれたよ。
よしっ、ようやく美咲にあえるぞっ!
全く村上の野郎、何時も上から文句ばっかり言いやがって・・。
何十、何百、何千、何万もの心の声を一気に読み取る。都心全体にまで広がった幾つもの声を己の中に取り込む、サトリしか持ち合わせない力だ。
しかし通常のサトリが出来るのは自身の近くにいる者の心の声を読むこと。頑張っても数十メートルから百メートルほどが限界である。
だが美乃利は自身の妖力をわざと暴走させることによって感応域を拡大させているのだ。これはユーリと行ってきた妖力制御のたまものとも言える。
なにか、なにか手がかりになるものっ!必死で探す美乃利。
だがそんな力技が何の対価もなしに行えるはずがない。それなりの代償が付いて回るのだ。
突然美乃利は膝をついた。
屋上は塗装されているとはいえ地面はコンクリート。対して美乃利は膝丈のスカートである。そんな服装で膝を着いたため、すりむき、赤い血がにじむ。
もちろん痛みも純分感じている。しかし、まだやめる訳にはいかない。まだ見つけてないのだ。
頭が割れそうに痛い。ふらつく。妖力ももうあまりもたない。
そんな時ふと一つの声が聞こえた。
全く、上の連中もひどいことしやがる。
こんな女の子を実験の対象にするなんて。
何万も超える心の声の中から僅かに聞こえた声。美乃利はすぐにこの声の周辺に集中する。
そう言うなよ。
これもミカエルさんの実験なんだから。
えっと、なんて言ったけ?
たしかこの九尾の女の子使って第零次元がどうたらこうたら・・・
そこまで聞こえたとき美乃利は確信し、目を開けた。
「みつけ、ましたっ!」
その声にすぐに結城と鍵山が反応する。
「こっちの方向に約70キロ・・・これは海の上?。なにか大きな船のような施設の中にアリスちゃんがいるようです。研究員たちの声を拾えましたっ!」
ふらつきながらも声を大きく叫んだ美乃利は役目を終えたと言わんばかりにその場に崩れ落ちる。
そんな美乃利を支えたユーリは優しくありがとうと言うと近くにいた者に彼女を託す。そして声を張り上げた。
「場所がわかった。これから救出に向かうよ」
その声を待ってましたと言わんばかりに雄叫びが空に立ち上る。
「次は、俺の番だ」
士気が十分な事を確認したユーリはそう呟くと古びた短剣を取り出し、突如自分の右腕に刃をあて、皮膚を裂いた。その皮膚の下からはすぐに血が現れ、刃を濡らす。
その突然の行動に周りで待機していた複数が慌てて駆け寄る。
しかしユーリはそれらを静かに制する。彼の腕から流れた血は、やがて雫となり地面に落ち、その傷口は瞬時に治り跡形もなく消え去っていた。
大妖怪としても有名なヴァンパイアだがその再生能力も飛び抜けていた。
よく映画などで吸血をするシーンがあるが、ヴァンパイアは吸った血によってその身体能力を向上させる。
だが唯一ヴァンパイアが自身の血を使う事がある、それは
「・・・契約だよ」
突如空に叫んだユーリ。
その直後に視界の端に鳥の一団のような黒い塊が見えた。数十秒と立たずにそれらは大きくなり、個体を認識できるまで近づいたときには巨大な竜の群れだということに誰もが気づく。
『我らを呼んだのはお主か?』
目と鼻の先にまで接近した竜の体調は有に20メートルを超え、黒々しく光る鱗からは空気中の水分が熱で温められ蒸気となって空に昇っている。
両脇に広がるのは体の倍以上の大きさの二対の羽。その中程からは鉤爪が見え、体の下の方には太い日本の足がある。
フィクションで誰もが一度は見たことがあるだろう竜。中国などのアジアで言われる蛇のように体が長い龍ではない。体格、容姿、それらは西洋竜とでも呼べばよいか。
「ああ。君達との契約の履行を求めるよ」
そんな竜はユーリが見せた血濡れの短剣を一目睨む。そして納得したかのように鼻を鳴らすと背を見せた。
『・・・受けよう』
一瞬だけ悩んだ後、代表であろう黒の竜は短く返事を返した。
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