第14話「嫌悪」
ここはどこだろう。
暗く、じめじめとした不快な空間で咲は目を覚ました。
体は何かで縛り付けてあるためか動かず、所々が殴られたように痛む。そんな痛む体を無理やり動かし苦痛に奥歯を噛みしめながらも咲は体を起こすことができた。
徐々に慣れてきた目は部屋全体を咲の視界に映し出す。
むき出しのコンクリートの床、鉄製の壁。三メートル四方ほどの部屋の中にはトイレのような形をした置物と水が時折落ちている蛇口が一つついているだけだった。
咲が座る床は冷たく、何時間寝ていたのか体は冷え切っていた。
こんな感覚は久しぶりだなぁ。
そう率直な感想を頭に浮かべた咲は小さい頃を思い出した。
今と同じようなコンクリートむき出しの部屋。布団と言えるものは破れほつれたモーフが一つ。
窓枠には鉄格子がはめられ、唯一の出入口である木製のドアにも金属で補強され、内側から開かないような作りになっている。
咲は小学校に通ったことがない。
物心着く前から部屋に監禁され、食事は与えられていたものの娯楽などといったものは一切なく、何も考えないような日々を当たり前として受け入れ、暮らしていた。
咲の父親は人間、母親が妖怪である”ウンディーネ”だった。
種族としての存亡をかけて地上に出てきた母は父に出会い、恋をし、結婚し、幸せな家庭を築いた。しかしその幸福はそう長くは続かなかったのだ。
突如失踪した母。その影響で咲の能力が開花し、父はその力を恐怖に感じた。
その後監禁されていた咲は一三歳の時結城に助け出されるまで勉強などもまともしたことがなかった。
通信教育と結城、渚の熱心な指導により一五歳にして義務教育課程の単位を取得した咲は初めて学校という場所に通った。
初めて通う学校が高校というのは正直きつかった。
各中学からの派閥、話題などあらゆる場面で咲はついて行けなかったからだ。
だが、そんな時咲を支えたのが美乃利だった。
三歳ほど年上で、当時既にYATAGLASSで働いていた美乃利は丁寧に咲の話を聞き、一緒に解決策を出し合ったのだ。
そんな努力もあり高校二年生に進級した現在に至ってはポジティブで元気な女の子として学校でも有名になっている。
幸い容姿は母であるウンディーネの影響か、非常に整っていると言ってもいい。流石、人間を誑し、食べる種族である。
そんなことを考えながら咲は立ち上がるため、いつもの癖で声を発しようとした。
「ゲホッ、ガハッ」
声を出そうとして咽る。首元をさすると何かに縛られたような跡が残っていた。いままで体の痛みから気が付かなかったようだ。
声を出すことをあきらめた咲は部屋をぐるっと見渡すとドアのようなものを見つけた。
高さが150センチほどで幅が1メートルのとてもドアとは言えないほどの大きさのものだ。ドアノブはついておらず、四隅も溶接をしたかのようにきっちりとはまっている。
唯一動いたのは下の方にあるペット用の入り口みたいな大きさのものだった。ふたのように横にずらすと開き、30センチほどずれると止まる。
咲はその中を覗き込もうと姿勢を低くする。するとそこにはもう一枚の鉄板があった。どうやらドアの向こう側からも開くことによってようやくこの小さな窓が開くらしい。そう判断した咲は鉄板を開けたままもといた場所まで戻った。
状況を整理しよう。
一通り部屋の観察を終えた咲は考えた。
今の状況は何者かに捕まった、と考えて間違いない。首の絞められたような跡から見ても拉致、または拘束されている可能性が高い。
この部屋もテレビで見たことのある、最低限の設備だけの刑務所に近い。
壁がすべて鉄製で床がコンクリート。窓はなく照明器具もない。密室のように感じるが息苦しくはないので空調設備は見えないところに存在していると考えていい。
そこまで考えた咲はふと思った。なぜ、拘束されている?私は何をしたのか。
瞬時に記憶を探る。
最後にある記憶は12時過ぎに布団に入ってそのあとアリスに夜這い、もとい添い寝をしてそのあとからは記憶がない。
ならそのあとに何者かに拘束されたに違いない。ならばアリスは?
一緒に寝ていたのだ何もないわけがない。ならば一緒に拘束されている可能性が高い。
そう思いドアに耳をつける。鉄の冷たさが心地よく、未塗装の鉄のバリが押し付けた指に刺さり少し痛い。
静かに耳を澄ませ、ドアと自分の聴覚を同化させていく。
徐々に聞こえてくる外の音。咲はそこから少しでも情報を探ろうと集中する。すると少しずづ近づいてくる足音が聞こえた。
徐々に大きくなる足音はすぐ近くまで来ると止まり、ドアに小さいが衝撃が伝わり、鉄の小さな窓が開いた音がした。
慌てて耳を離すとすぐに足元の小さな扉から鉄が擦れる音が聞こえ外から光が差し込む。先ほど開けた状態で放置していたために一枚開いただけでこちらとつながったようだ。
「飯だ」
ドア越しにくぐもった声がそう言うと、紙のトレーに乗せられたパン、水そしてコーンスープのような黄色いスープが咲の視界に入ってきた。
咲が素直に受け取るとすぐに扉は閉まり、再び暗闇に閉ざされた。
乾いたパンに冷えたスープを口に交互に放り込みながら咲は考える。私たちを拘束することで利益を得る者たち、ふと頭によぎる白い服の集団。
「白の教団」
ようやく声が出るようになった自分の喉をさすりながら咲は大きなため息をついた。
もし白の教団ならなぜ生かしておく?白の教団は世界から妖怪を駆逐するという目的を持った武装集団だ。ならば殺されていても可笑しくない。
咲は半妖ではあるがそれも彼らの排除対象であることは間違いない。
だとすると実験?いや、違う。そこまで考えた咲の頭の中に一つの答えが出る。
「・・・エサ、か」
暗い部屋の中には咲の頬ばる音だけが小さく響いているだけだった。
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