第9話「嵐の前」

*この話には残酷な描写があります。苦手な方はご注意下さい。*




鍵山かぎやま


 YATAGLASS屋上庭園に低い声が響く。その瞬間に一瞬だけ強風が屋上に吹き荒れ、枯葉が空を舞った

「御用で」


 黒いマントを羽織り、深いフードのせいで表情は見えない。風を纏って現れた影はYATAGLASSの制服を着る結城の傍で片膝を立てていた。


「嫌な風だね。胸騒ぎがするよ」


 夜風を顔に当てながら、結城は眉を寄せる。


「御意に」


 それだけ言うと影は静かに闇の中に消えた。








「さて、じゃ質問を始めようか」


 大量に貨物船が停泊する東京湾のとある港。


 古く錆びついたコンテナが所狭しと並び、深夜だというのに次々と新しいコンテナ船が発着している。


 そんな港の一角で街灯の電球が切れかかっている為か明滅している場所があった。


 古い街灯に微かに照らされている地面には大量の血液が飛散していた。地面一面が赤色に染まるほどに飛散した大量の血液。


 それはまるで一枚の絵画の花が咲いたようにも見える。


 さまざまな肉片やコンテナの残骸が散らばっている傍で、白いロングコートに身を包む男が椅子に座っていた。


 両手を添える両手剣は地面のアスファルトを深々と突き抜け、刺さっている。


「君たちの血は、なぜ赤色なのかな?」


 まるで口元についたソースをなめるように舌で唇をぬらし、品定めをするように男は地面に寝転がる無残な姿の女に声をかけた。


 両手両足はすでに原形を留めておらず、腹部や背部からはおびただしい量の血液が流れ出ている。


「・・・・あ、あか・・・・な・・」

 

 微かに女性の口元から漏れ出ている音は声とは思えないほどの声量だった。


「ああ、じゃあ思考を変えてみよう。君たちの主はどこにいるんだい?」


 椅子に座る男は表情を一切変えずに笑顔で問いかける。


「・・・し・・・」

「し?」

「・・・しね・・・」


 その直後に頭上に吊るされていたコンテナを支えるワイヤーが切断された。


「・・・全く、こらえ性がないんだから」


 大きな音を立て落下したコンテナを見ながら横の女がため息をつく。


「討伐部隊隊長ミカエル・セクレンフィアの名が泣くぞ」


 同じ白の制服に身を包む男は散らばっている敵の残骸を足でつつきながら、ふと顔を上げ、何か臭いを嗅ぐようにしばらくあたりを見回す。


「・・・見られていますね」


 その声に周りの隊員たちが一気に臨戦態勢に入る。それぞれに武器を構え円形に防御陣をとる。だがミカエルはと言うとすぐに興味を無くしたように視線を戻す。


「ああ、だがもう消えたな。こちらの動きに気づいたか。気配の消し方、相当の手練れだぞ」


 大きな両手剣を背中に背負い、低く唸るレイバノン。筋骨隆々の鍛えられた肉体は服の上からでも分かるほどに隆起している。


「レイバノンがそういうのなら、Sレートくらいかしらぁ。今日の奴もAレートだったし、東京には一体どれだけの巣窟になっているのかしらぁ」


「サキュエル、どれだけいようと私たちの仕事は変わらないよ」

「それもそうね」


 納得した様子のサキュエルと呼ばれた女性隊員は軽くうなずくと近くの部下を呼びつけた。


「今日の仕事は終了するわ。後始末を掃除屋に引き継いで我々は帰還するわよ」


 はっと機敏な反応で駆けていく部下の背中を見送りながらサキュエルは腕にはめた時計に視線を落とす。


「はあ、シフト制ってないのかしら。夜のお仕事はお肌に悪いのよね」


 白んできた空にサキュエルの声だけが響いていた。







「報告します」


 空調のきいた会議室に補佐官の声が響く。木調を基礎とした二〇畳ほどの部屋にはエルをはじめとする面々が顔をそろえていた。


「昨夜討伐された一六体のうち九体がB、七体がAレートでした。統括していたのはエアウルフと人間のハーフである山上 岬斗やまがみ さきと 四七歳。都内の居酒屋を経営している男です」


 説明と同時にスクリーンに表示された画像に隅に立っていたSPが顔をしかめる。


 山上であろう死体はすでに原型をとどめておらず、醜い肉塊と化していたのだ。


「それと、男の所持品の中から興味深いものが発見されました。これです」


 表示された画像には携帯端末が出ていた。画面には大きな亀裂が入り、中のバッテリーや基板などの部品がはみ出ている。


「この携帯端末から複数枚の画像と、消去済みだったメールを再生させたところ目標の妖狐とは別のものですが、Rレートと思われる形跡を見つけました。これです」


 表示されたのは画像が添付されたメールだった。タイトルは黒い王。表示されている画像はひどくぶれていて映っているのが男なのか、女なのか識別できないほどの写真だった。


「タイトルからも、先日確認された第一真祖ではないかと思われますが、まだ確証にはいたっておりません。しかし、約一〇〇年ほど前のヨーロッパでの目撃情報と照合した結果、輪郭などが高い確率で一致しました」 


「で、あなた方には目標である妖狐と共に第一真祖の確認、できれば捕獲しろと元老院から連絡が来ました」


 そう言うエルの席の前にはミカエル・サキュエル・レイバノンの三人の姿があった。それぞれに改造した団服を身にまとい、各々が席についている。


「まぁ、命令はわかりましたぁ、でもぉ第一真祖とはまだ接触した経験がありませんしぃ。実際にどのような能力や特徴を持っているのか具体的な情報はないのですかぁ?」


 丁寧にメモを取っていたサキュエルがふと思い出したように尋ねる。


「それについては本部に照会中です。情報が開示されるまでに少し時間がかかるようなので、今はある情報だけでお願いします」


 不平を聞こえるように漏らしながら3人が部屋を後にした直後エルの表情が変わったことに気づいた者は誰もいなかった。

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