第8話「教団」
「これは、一体なんの集まりなのかね?」
そう男が呟くのは広々とした部屋に楕円形の机の置かれた会議室だった。
床のカーペットや壁紙、椅子に使われている素材からしてみても高級感漂うホテルのような一室でもある。
そんな空間に集められた面々はなぜ自分がこのような場に呼ばれたのかを大多数の人間が理解していなかった。
「総理、選挙が近づいているこの時期に一体何の会議でしょうか?」
その言葉で一斉に、席に座り手を頭の前で拝むように組んでいる日本内閣総理大臣である
「選挙が近く皆さんの思いも重々承知しています。しかし、今回の件については私ではなく彼に説明してもらいます」
そう言って幸山の横に腰を降ろす若い男に視線が集まる。その中には若造が何の用だなどとヤジも出ているがそれらの大臣たちを視線で黙らせた幸山は隣の男に促す。
白を基調とした軍服めいた服装をしている男は座ったまま足を組み換え、組んだ手を膝の上に載せた。
「私は白の教団日本支部長のエル・サー・ライトと申します」
そう自分を紹介したエルはすぐに雑音のような声の束に質問の嵐を受けた。
「まあまあ、みなさん少し落ち着いてください。みなさんがご存じないのも仕方がないことです。白の教団はイギリスのローマを中心に一〇〇〇年以上も前から対悪魔や妖怪と言った者たちと歴史の影で戦ってこられた方々です」
するとまたヤジが飛ぶ。それもそのはず、普通の人間などにとって悪魔や妖怪がこの世にいるなど眉唾物だろう。
それを無視するかのように幸山の言葉をエルが引き継いだ。
「まあ、妖怪、悪魔といった類の者たちは普段は人に混ざり、普通に生活をしています。これは
そう説明するエルが嘘をついていないことを幸山の表情がいつもと違うことで如実に語っている。そのことに気付いた複数の大臣たちは口を次々とつぐんでいった。
「ご説明有難うございます。まあ、説明よりも映像を見てもらった方がいいでしょう」
そういって幸山は横に控えている女性に指示するとテーブルの中心に置かれたモニターに映像を流す。
「これは昨日、正確には今日の午前二時ごろに撮影した戦闘映像です」
そう説明するエルはまるですべての映像が頭に入っているかのように画面を見ていない。
「まだこの“妖怪”とここでは言わせてもらいますが、レート、すなわち戦闘力が低いため大した被害はありませんでしたが、ここ数日で被害の件数が増えています」
エルの説明に素早く反応したものがいた。
「それは警視庁から届いている例の連続殺害事件のことか?」
防衛大臣と書かれたプレートをテーブルに置く大臣は先ほど秘書から受け取った資料に目を通しながら問う。
「ええ、その通りです。ちなみにこの映像に映っているのがその犯人です」
エルの返事におおっと大臣たちの驚きの声が上がる。映し出された映像には黒いフードを被った二人組が映し出されている。
「これは偶然、犯行現場付近で回収された防犯カメラの映像です。機種が古かったため処理に時間がかかりました。そしてその後の男たち、今後はそう呼称させてもらいますが、男たちが通ったと思われる経路や犯行時間などの予測を立ててようやく昨晩接触することができました。そしてここからが問題です」
そういうとエルは二つ目の映像を映し出す。先ほどの映像に映っていた男の一人と別のフードの人間が映っていた。男はロングコートを着て、深々とフードを被っている。
「こいつは?」
すぐに自分の記憶にない姿を見つけた大臣の一人が尋ねる。
「こいつは我々の組織の中では第一真祖と呼ばれているヴァンパイアです」
エルが平然と、そして自然に返事を返したため一同の反応が一拍ほど遅れた。知らなかった為の間ではなく、知っていたための驚きの間である。
「ヴァ、ヴァンパイアだと?」
「それはよくおとぎ話などに出てくる吸血鬼のことか?」
それぞれに驚愕の眼を向ける男たちにええ、と軽く返事をしたエルは話を続ける。
「俗に吸血鬼などと呼ばれている彼らですが現在で確認されているのは彼、すなわちこの映像に映っているこの男だけです。そして第一真祖というのは、まあ言葉からも連想できるように妖怪などの異生物たちの頂点に君臨する王と言えます。これは我々がつけた名称ですがその基準がその桁違いの強さにあることをどうぞご理解ください。我々の組織の中では様々な種族や能力を戦闘力として判断し、ランク分けしています。下からE・D・C・B・A・AA・S・SS・SSS・R。この十段階でレート分けし、管理しています。ちなみに真祖級はすべてR、
半分笑みを浮かべる形で説明をしたエルは満足したかのように深く椅子に座りなおす。
「それではなにか?第一真祖と呼ばれるこの男は世界で一番強い、とでもいうのか?」
その問いに対して返事を返したのはエルの横に控える補佐官だった。
「こちらの資料をご覧ください」
そう言い渡された資料は紙媒体で薄く、数ページに黒い文字とカラーの画像が印刷されたものだった。
「これは現在までに確認されている真祖の数、名称、生息地などの詳細データです。なお真祖の中にはここ数十年にわたり姿を確認できていない個体も存在します。そして先ほどの質問の返答ですが、第一真祖が一番強いというのは正解であり、間違いでもあります。真祖にはそれぞれ個体差があり、環境などによりそれぞれの強さが異なります。しかし、陸上でと仮に定義すると第一真祖は世界最強の生物と言えるでしょう」
次々と提示されていく真実に眉間にしわを寄せながら大臣たちの議論が始まる。
「その真祖とやらが強い事は判ったが、具体的にどれくらい強いのかがわからん」
防衛大臣から出た言葉にうんうんと頷いたエルは右手の人差し指を上げる。
「仮に地球上の人類の戦力という括りで考えた場合、本気を出せば第一真祖は第7艦隊くらいは軽く殲滅できるでしょうね」
その言葉によって全員が固まった。
「まあ、現状明確に”敵”とはなっていないのでご安心を」
その言葉により再起動した大臣たちは再び議論を始めた。
その様子を両目でしっかりと捉えている総理大臣である幸山はふと小さくため息を吐く。
意外と混乱が少ない、これは人選が間違っていなかった、と考えるべきか。
選挙が近いこの時期にこういった厄介ごとはよくないことを引き起こすものだ。そう思考していた幸山は片目で隣に座るエルに視線を向ける。
その視線に気づいたのかエルは小さく肩を上げると笑顔で言った。
「案外呑み込みが早くて助かります」
幸山にだけ聞こえるように小さくした声は幸山を安堵させた。
総理就任時に前総理から引き継いだ白の教団についての資料。独自に調査したその報告書の内容には数日間幸山を寝不足にさせるには十分の威力があった。
規模、財源、ありとあらゆるもので国家規模に匹敵する教団は七世紀にイギリスで創設され、今やその権力はどの国家機関よりも上とある。
この事実が本当だとすると実質的に世界の覇権を握っている、と言っても過言ではない。
「で、実際には我々にはどうしてほしいのですか?」
話がひと段落する気配を捉えた幸山が切り出す。
「はい。我々の提案は大きく二つあります。一つは奴らの殲滅の補助、これは武器等の輸入や搬入の黙認も含まれます。そして二つ目は奴らの殲滅に対しての殺人、まあ人間ではないのですから問題はないと思いますがその黙認です」
今までと違う雰囲気を纏って話すエルの顔は先ほどの営業スマイルとは違い、狡猾な狩人のような表情をしていた。
「まあ、ぶっちゃけて言いますが、我々がすることを見て見ぬふりをして下さいってことです」
態度が様変わりした男の姿に業を燃やす政治家たち。それを必死に抑え込みながら幸山は口を開いた。
「では君は先ほどの第一真祖を倒す、ということかい?」
そういう幸山に違う違うとエルは人差し指を振る。
「いやいや、第一真祖を倒すだって?そんなの無理無理、できるとしたら核弾頭でも落とさない限り我々に倒すことは不可能ですよ。まあ、それで殺せるといいんですがね。かのヴァンパイアは先ほど言ったレートで真祖クラスでR。まぁ、ロイヤルとかけて命名されてるんですが、最高レートなんですよ。戦力換算で言うと米国第7艦隊に匹敵するか、それ以上の戦力でよ?第一核弾頭で死ぬかどうかすら定かではないですし。ではなぜ?と思っている顔ですね。よし答えましょう、我々は最近数の増えてきた害虫の駆除をするっていうことですよ」
笑顔で答えるエルの表情はすでに満面の笑みに代わっていた。
「まぁ、駆除と言ってもすべての悪魔や妖怪を対象にするって事ではないですよ。高レートかつ、人間に対して脅威と判断された個体のみです。幸いこの第一真祖は縄張り外の治安に関しては不干渉ですので」
こいつはダメだ。直感的にと言ったら笑われるかもしれないが、こいつは危険すぎる。まるで戦闘行為や殲滅行動自体を楽しんでいるようだ。
そう言った輩はアメリカに多いがこいつの権力、いやこいつの所属する機関の権力はたちが悪い。そう思った幸山は額から一筋の汗が流れていることに気づいた。
己の中のしばらくの葛藤。そして十分に間を置いた後、ゆっくりと口を開く。
「・・・わかった。行動を認めよう、だが一般人への被害が及ばないように配慮してくれ。それがなされている限り我々日本政府は君たち白の教団を援助する」
決断が早いようで何よりです。そう言うとエルは席を立ち、部屋から出ていった。
部屋のドアが閉まり切った瞬間張りつめていた緊張感が一気に崩れる。各省庁の大臣たちはへたり込むように椅子に身をうずめているものや机に突っ伏している者もいる。
「・・・これでよかったのだろうか」
そうつぶやく幸山は自分の任期が短くなることを覚悟し多様な顔もちで深くため息をついた。
「まったく、日本人は頭が固いですね」
部屋を出た途端にそう愚痴をこぼすエルはまるで汚物を払うかのごとく手にしていた手袋を脱ぎ捨てた。
それをすかさず拾い上げる補佐官の女性は全くです、と軽い相槌を打つとエルの後ろからついて行く。
「まあ、でもこれで私たちの行動が自由になったからチャラにしてあげないこともないですが」
さすが支部長、と目を輝かせている自分の部下の黄色い声に鼻を高くしながらも受け取った新しい手袋を身に着ける。
「・・・殲滅部隊を本国から呼び寄せてください。ミカエルとサキュエル、レイバノンの三人を召集し、例の狐の消息を捕まえ次第行動に出ますので準備させておいてください」
長い議事堂の廊下を歩きながらそういうエルに補佐官がはっと返事をすると即座に携帯端末で取り掛かる。
「全く、上の仕事もいい加減ですね」
突然そう言いだしたエルの言葉に反応し遅れた補佐官はあたふたと取り乱す。
「ああ、君は知らないんでしたね」
ふと思い出したようにそういうとエルは右手を上げると人差し指を立てて口に近づけた。
「これは極秘なんですが、本部に研究部があることは知っていますか?」
はい、という補佐官の返事を待って話を続ける。
「実はそこが半年前に大規模な実験を行いまして、まあ見事に失敗したわけです」
半年前、と小さく呟きながら補佐官は記憶を遡り、はっとした表情を見せる。
「はい、その通り。飛行機墜落事故。あれはうちの研究部がやらかしたんですよ」
そう言いながら軽く笑うエル。
「まあその実験ってのは唯一真祖の中で転生が確認されている玉藻御前。その人工的な転生です。飛行機に同乗した二五〇名あまりの人間を対象に実験。まあ、案の定途中で玉藻御前が暴走、飛行機は墜落、全員死亡ということになりましたが。実はその現場から一人行方が消えていまして、それもまあご丁寧にデータが消されていいるわけですよ。ってところで本部は厄介ごとを我々に押し付けたわけです。不死の妖怪と言われている玉藻御前が死ぬわけがない。誰か、そう唯一救出されたその一名に乗り移っているというわけですね、本部の見解は」
エルの話を真剣に聞いていた補佐官は徐々に青い顔になる。
「それに情報が意図的に消されている、という事は日本のアレも関わっているのでしょう。まあ、総理は知らない様子でしたがね」
真っ青になった補佐官。彼女の顔を見て満足したのか、エルは非常に笑顔である。
ようやく廊下が終わり、広いエントランスに出た二人は人気のないエントランスをそのままの歩調で抜け、玄関に出た。
その直後にエルの端末に着信が入る。
「おや、アウレアですか・・・」
そう呟くと素早く端末を操作して電話に出る。
「はい。・・・・おや、見つかりましたか。・・・・・うん、厄介な場所に逃げ込みましたね。これは少し策を練らなければいけませんか」
そう呟くエルは口調とは裏腹にとても嬉しそうである。
少し打ち合わせをした後電話を切ったエルは青く澄んだ空に視線を向け、微笑んだ。
「さあ、狩りの始まりです」
微かに建物の間から差し込む日光でエルの白い歯が光るのを補佐官は軽く視界に捉えただけだった。
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