第7話「真祖」


 到達した鎌鼬の斬撃により、飛び散ったコンクリートの破片や風圧で蒸気を内包した配管が断裂し、蒸気を噴き出す。そのことにより一帯は一気に不可視の状態になった。


「んー?」


 その様子を見ていた鎌鼬は何か物足りなさを感じていた。何十も何百も感じてきた感覚が今のにはなかった。


「手ごたえが薄いわぁねぇ」


 その答えはすぐに得ることができた。


「・・・あらぁ、あなただぁれ?」


 そう問いかける鎌鼬の視線の先にはフード付きの長いコートを着た男が両腕に気絶した少女を抱えて立っていた。もちろんその少女というのはリーナである。


「もうぅ、人の獲物をぉよこどりしちゃいけないってぇママから教わらなかったのぉ?」


 その言葉と同時に再び不可視の攻撃が二人を襲う。先ほどよりも強めに放った斬撃。


 直撃する、鎌鼬はそう判断した。しかし直後の光景に目を奪われることになる。


 不可視の速度で到達した透明な刃は二つに折りまがるようにして地面を穿ちながら爆音を上げる。


 しかし次の瞬間、目の前に立つ男は腰に下げていた刀で鞘ごと鎌鼬の攻撃を叩き斬ったのだ。


「あらぁまぁ・・・」


 少し焦りを覚えた自分の頭を懸命にごまかしながら鎌鼬は会話を続けた。


「せっかちな男は嫌われるわよぉ」


 鎌鼬の問いかけにも無反応な男は近くの壁に抱えていた少女を下ろすと再び刀を手にかけたまま鎌鼬と正面に向き合った。


「・・・・これまでの連続殺人は君の仕業かな?」


 街灯の明かりで口元までしか見えない正面の男の口調は穏やかなものだった。


「だったらなんだっていうのよぉ?」


 そう答えた鎌鼬に、いやと短く返事をするとまるで世間話をするかのような口調で話を続ける。


「今すぐこの場から早く去ってくれないか?今回は特例として見逃してやるから」


 首をひねる鎌鼬に男はやれやれという風にため息をつくと続ける。


「ここら周辺は中立の場所なんだ。戦闘や殺人などの行為は禁止されている。まあ、最近越してきたばかりなのでしたら仕方がないかもしれないが、今後はやめてもらおうかな」


 そう丁寧に話す男からはなんら殺気が出ていない。それを感覚でとらえながら鎌鼬は返事を返す。


「だめねぇ、だってここら辺はおいしそうな人間がいっぱいいるんだものぉ。生殺しにしたいのぉ?第一、だれの許可が必要だっていうのよ?」


 そういう鎌鼬の態度はばかばかしいと言わんばかりに大ぶりな態度だった。


 それを見てはあ、と再度深くため息をついた男は手にしていた刀を抜刀させた。


「仕方ないなぁ、規則を守れないというだったら力ずくで排除するよ?」


 そういい、手にした刀を片手に自然体で鎌鼬にゆっくりと近づいてくる。


 そうこなくっちゃとつぶやいた鎌鼬は瞬時に戦闘状態に移行した。


 体が徐々に獣のような体毛に覆われ、体格が膨れ上がる。その姿こそが鎌鼬の本当の姿であり、最大限の力を発揮できる姿である。


 そんなときふと男が持つ刀に目が行く。あの刀ってぇどっかで見たことがあるようなぁ。


 しかし、そんな思考はすぐに消し飛んだ。野生に戻るときの感覚はすぐに理性を飛ばし、全身をいきり立たせる。


 その光景を間近に見ていた男はおおと感嘆の言葉を小さく漏らしながらもその鋭い視線はそのまま鎌鼬を見据えていた。


「せめてもの情けだ、一撃で逝かせてあげよう。啜りなさい、餓鬼ガキ


 そう呟いた瞬間、鎌鼬の目の前から男が消えていた。


 その攻撃からも予想できるように鎌鼬の動体視力は音速を超えるものでも捉えることができる。


 しかし、今の出来事は完全にとらえることが出来なかった。


「まあ、しょうがないな。今、君を斬ったのは妖刀 餓鬼ようとう ガキ。斬った相手の妖力、血肉を貪り、己の糧にする刀だよ」


 なっ、鎌鼬は驚きをあらわにする。ありえない、ただそう頭がつぶやいていた。


 気付いたら後ろに敵が移動していたなど初心もいいところだ。


 急いで距離を取り、振り返った鎌鼬は刀を鞘に納める男を視界に捉える。


「ああ、動かないことをお勧めするよ」


 そういう敵の男の口元には笑みが浮かんでいる。


「・・・思い出したわぁ、葬った敵の血肉を吸収する刀と絶対的な強度を誇る刀の二本を操る妖怪。伝説の第一真祖、ヴァンパイア・・・」


 ご名答、と答えた男はそのフードを取り、素顔をあらわにした。


「あらぁ、イイ男じゃなぁい。こんな男に斬られたのなら思い残すことなんてぇ・・・」


 そこまで言った鎌鼬は複数の肉片と化し、地面に崩れ落ちた。


 完全に動きが止まるまでその光景を見ていた結城は手にした刀をその肉塊に鞘ごと突き立てる。


 その瞬間まるで刀が生きているかのように地面に散らばる肉片を吸収した。刀が変形し、銀色に光る刀身が一瞬の間に巨大な口と化す。


 目も鼻もない、ただ口だけのその生き物は一瞬にして血肉を貪り、体内に取り込む。綺麗に平らげた刀はまた刀身の姿にもどると何事もなかったかのようにその場に直立する。


 その光景を見届けた結城は刀を腰に戻すと、壁に寄りかかる少女のそばに近づいた。そしてお姫様のように抱えると再び振り返り、何もなかったかのように歩き出す。


「相変わらず綺麗ですね」


 その時不意に上から声をかけてきた男がいた。男が着るのは先程助けた少女と同じ制服だ。


「何の御用かな?教団ならここが戦闘禁止エリアだと理解しているはずでは?それを観戦するかのように見ているとは趣味が悪いね。それにこの戦闘、避けることができた、と思けど?」


 そう珍しく毒を吐く結城の表情は硬い。


「あらあら、珍しく気がたっているようじゃありませんか。第一真祖ユーリ・カレイテッド・ブラッド。数世紀を生きるあなたにとって今日の出来事なんて些末なものでしょうに」


 その瞬間声をかけていた男が座っていた場所が粉々に吹き飛んだ。粉末状にまで粉々に分解されたコンクリート片が雨のように降り注ぐ中、何事もなかったかのように砕けた縁の横に座っている男はあらあらとため息を漏らす。


「拳圧だけでこれとは、さすが第一真祖。近々、一度お手合わせ願いたいものです」


 願い下げだな、とすげなくあしらった結城はふと男に視線を向けるといった。


「そろそろ退いてもらえないかな?ほかの場所でも結果はどれも同じようになっているのを知っているだろうに」


 そうですねぇーと組んだ足を変えながら男は少し考えると指をパチンと鳴らした。その瞬間に夜空に一発の照明弾のようなものが打ちあがる。


「ああ、我々はこれで退きますが・・・・その子は預けていきますよ。勘のいい子で、今後の伸びしろが大きいですので丁寧に扱ってくださいね」


 何かの物を扱うかのごとくそう説明した男は立ち上がると結城たちに背中を向けた。


「一ついいかい?」


 その背中に向かって結城は問いかける。男が振り向いたのを肯定と取ったユウキは続ける。


「この発端は、貴方達の意とするものなのかい?」


 その問いにおおこれは失念していたとつぶやいた男は恭しく一礼するとともに答える。


「さすがに私とて正面からあなたに挑むような無謀はしませんよ。ですが、事と次第によっては止む無く、ということもあるということは理解しておいて下さいね」


 そう告げるとともに闇の中に姿を消していた。


「食えない人だなぁ」


 そう呟く結城の顔には人知れずに笑みが浮かんでいた。

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