第6話「鼬と白」
時刻は午前二時。
歓楽街の人通りがまばらになるこの時間には帰宅につく者の姿や終電に乗り遅れて居酒屋をはしごする者の姿がよく見られる。
そんな地上から数十メートルほどの位置で二つの影が夜空を背に飛翔していた。フード一体型の短めのコートを羽織り、通常の人間ではありえないようなスピードで建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。
一〇メートルほどもある距離を一っ跳びで超えた二つの影は何事もないように向かいの屋根に着地すると辺りを見渡し、お互いに何か呟いたあと散開した。
その様子を遥か後方で双眼鏡を片手に観察する一団が存在していた。
白を基調とし軍の式典用のような派手な装飾を施された服を着こみ、その上からいかにも高そうな外套をかけている。
東京タワーの展望台の真上、通常は立ち入り禁止のエリアに佇むその一団はその派手な服を除いても異形の集団だった。
双眼鏡を握る男の腰には刀が挿してあり、その後方にいる女性は身の丈ほどもある大鎌を背中に背負っている。
ほかにも中世の武器武具のような刀剣類を装備している者がほとんどだ。そしてその一団は何かを待っているように見える。
「そろそろ動きますか」
じっと双眼鏡を覗いていた男がふとそう言葉を漏らす。するとそれに呼応するかのごとく無言の殺気が背後の集団から放たれた。
「よし」
そう言い立ち上がった男は振り向くと後ろにいる一二人の部下に向かって言葉を放った。
「目標は二体です。しかしその後方を追う二体は今回の排除目的とは違います。しかし万が一戦闘に介入してきた場合は交戦を許可します」
隊長の声で喜びを歓声で返す隊員たち。雄叫びや表情をほころばせるその行動は一種の恐怖を一般人に植え付けるだろう。
その様子に満足したのか笑顔でうなずきながら男は続ける。
「なおこの付近には真祖級のSSSレートが潜伏している模様です。戦闘に介入する可能性は極めて低いですが、万が一を考えて行動してください」
了解っとまとまった返事が返ってきた直後に集団は素早く解散した。
それぞれの服を風になびかせながら闇夜へと消えていく隊員たちを視線で送りながら残った男は隣の女性に声をかける。
「・・・さて、何人戻ってきますかね?」
そう尋ねる男の表情は先ほどとは変わり、にんまりとした笑顔になっている。
「わかりきってぇいますでしょうにィ・・」
ふふ、と微笑でその返事を返した隣の女性隊員は背中の大鎌に手を伸ばすとわが子のように優しく抱きしめた。その様子を片目で見ながら男は懐から携帯端末を取り出す。
「日本固有の種。カテゴリは“妖怪”。固有種名“
次々と表示される情報を指でスライドさせながら男は呟く。その様子をじっと見つめていた女性隊員は我慢できなくなったかのように言葉を漏らした。
「わたしも参加しちゃぁダメぇですかぁ?」
何かに酔っているような座りかけた瞳を男に向けながら大鎌の刃を撫でている。
その光景をひきつった笑みで見ていた男は遠くから聞こえた小さな音に救われたように話題を変換した。
「おやおや、やはりハズレを引いたようですね」
眉をひそめながらもその表情は変わらない。
「あらぁ、もう決着がついちゃったぁ」
そう残念そうにこぼす女性はぷうっと頬を膨らませると非難の視線を男へと向ける。それはあたかも子供が拗ねた時のような仕草だっため、しょうがないなぁと言いながらも男は頭をカリカリと掻いた。
「来週にある第四地区の掃討作戦の事ですが、アウレア、君に任せるのでどうか機嫌を直してくれませんか?」
子供をなだめるような言葉をかける男はゆっくりとした動作で手を女性の頬に近づけ、優しく添える。しかし、その行為に嫌がった様子も見せないアウレアはむしろ嬉しいかのように両手で男の手を握るとありがとうと言った。
「さて、そろそろ戦場で決着がつきますね」
そう言う男の視線の先では複数の爆発が連続していた。
こんな事聞いてないぞっ、と心の中で愚痴をこぼしながらグレゴリオは出血する自分のすでにない右腕の切断面を苦渋の表情で押さえていた。
戦場となった路地裏は複数の大きな穴をアスファルトに穿ち、側面の壁には斬撃の跡が深々と刻まれている。
破壊された壁の一部は粉々になって地面に散らばり、設置されていた鉄製のゴミ箱などはすでに跡形もないように破壊されていた。
グレゴリオは目の前で満身創痍の姿で必死に戦う仲間の姿を見据え、その先であたかも子供とじゃれるように攻撃をあしらう敵の姿があった。
あれは何なのだ?事前に知らされていた敵の姿に非常に酷似している。それは認めよう、とグレゴリオは思う。
しかし、目の前の敵の攻撃の威力は報告の数倍の威力を持っていた。最新技術の結晶であるグラスファイバーとカーボン、チタンなどの合金でできた鎧であるボディプレートはまるで紙切れのように引き裂かれ、攻撃を受け止めた剣は刃こぼれどころか真っ二つに叩き割られていた。
この状況に小隊長であるグレゴリオは冷静に把握しようと努力する。
事前説明で得た情報は敵が“
レートもB以上であることはない、と情報部の見解も知っている。
我々の小隊は個々の技量もさほど低くはない。ならば、個別でも
集団戦闘においては
目の前の鎌鼬はこれまでのデータ通りの外見をしている。
人間の体に両手が変形した鎌を使い、攻撃してくる妖怪だ。日本固有の種であるが海外でもたびたび目撃されており、撃破報告も上がっている。
しかし目の前の鎌鼬、数分前の背後からの奇襲で唯一一撃を敵に入れることができたがその後の戦闘では一撃どころかこちらの隊が全滅しかけていた。
今、一人で戦っているのは隊でも一番若い少女だ。金髪の長い髪を後ろでポニーテールにまとめ、戦闘で邪魔にならない程度にカットしている。着ている制服は所々が裂け、赤い鮮血をにじませていた。
「くっ」
先ほどから何度も何度も敵の攻撃を紙一重で交わしているが、すでに体力が限界に近づいているためか何回かに一度は薄皮一枚程度だが斬撃を受け入ている。
「リーナっ!もういい、退けっ」
自分の娘のように可愛がってきたグレゴリオにとって目の前の惨状は見るに堪えないものだった。
戦闘力で言うと力はないが技量ともに小隊のエースである彼女は手塩にかけて育ててきた部下でもある。
すでにない自分の腕を恨めしく思いながらも徐々に抜けていく血液に意識を蹴りとられていく。そしていよいよ片膝をついたリーナの姿を最後にグレゴリオの意識は深い闇に落ちた。
「くっくっくっ、さぁぁあてもうお嬢ちゃんひとりだよぉぉ」
背後で大男が倒れるのを確認したフードの男は粘つくような独特の声をリーナにかける。ふらふらと揺れるし男の視線はリーナの背後に倒れている複数の隊員に向けられていた。
「絶対に、退かない。ここで退いたら、何のための犠牲か、わからない」
肩で息をし、途絶え途絶えに発した言葉からはすでに覇気は失われており、出血からか顔色もよくない。吐く息も不規則で額からは大量の汗が噴き出していた。
「そんなぁ姿でよくゆうわぁ」
そう呟いた瞬間にリーナの背中に悪寒が走る。次の瞬間には考えるよりも先に体が反応していた。
軸足にしていた左足の力を一瞬抜くことで重心を下げ、倒した上半身の遠心力を利用し左側に回避する。
その直後、一瞬遅れて顔の数ミリ手前を敵の刃物が通り過ぎた。
「あらぁ、勘はいいのねぇ。仲間に欲しくなっちゃうわぁ」
自分の体をくねくねと抱きながらそう言う目の前の敵に先ほどとは違う悪寒を感じながらもリーナはかろうじてそこに踏みとどまった。
「・・・こちらから願い下げよ」
あらぁ残念、と口をすぼめながら言う鎌鼬は先ほどから一歩も動いていない。
「にしてもぉ、わたしの鎌からぁ何度も逃れてるのわぁ感心するわぁ」
そう言うと男は自分の体の一部である刃渡り一メートル近い鎌を撫でる。
鎖鎌のようにつながった動物の腸ようなグロテスクな物体は男の腰辺りから伸びており、片腕くらいの太さのその物はどうやら筋肉の塊のようで脈々と表面を波打っている。
すでに事前情報と違った形態にある目の前の妖怪にリーナは舌打ちをする。やはり情報部の情報が間違っていたのだと。
「いいわぁ、ここまでしぶとかった敵も久しぶりぃだから名前を教えてあげるぅ」
機嫌がいいのよぉぅと念を押しながら男はフードを下した。その下からは丸刈りにかられた男の頭髪と複数のピアスが現れた。
「
うーんと困った時のような仕草をする鎌鼬をリーナは話半分に観察していた。
本体の動きはそこまで早くない。少なくとも私よりも遅い。
しかし、とリーナは考える。厄介なのはあの鎌なのだ。先ほどから背後で見え隠れしている鎌は攻撃の際に音速を超える勢いで襲い掛かってくる。
名前からして中遠距離にまで攻撃を飛ばせることが可能だと判断したリーナは舌打ちをする。今までは物理的な攻撃しかしていなかったことに気付いたのだ。
甘く見られたものだ。体の中を怒りの炎で燃やしながらも体面的なところは押さえていたリーナは男の話に再び耳を傾けることにする。
「まぁ、だからぁ正体を見られた人たちをぉ刻んでたってわけよぉ」
何かの料理教室のように人を刻んでいたという鎌鼬の話に憤りを抑えながらもリーナは勝利への道を詮索していた。
それに気付いたのかあれぇ?と首をかしげると鎌鼬はまあいいわぁとコートを脱ぎ捨てた。
「その狡猾な性格、気に入ったわぁ。だから本当の私の力をみせてあげるぅ」
その瞬間リーナの全身を今までにないほどの殺気が打ち付けた。
全身から妖気がしみだしてくるような迫力を鎌鼬から感じ取ったリーナは防態勢を捨て、回避に全力を注ぐために聴覚、視覚などの感覚器官をフル稼働させる。
「いままで私の事、普通の鎌鼬だとおもってたぁ?実はそうじゃないのようぅ。あなたたち、私たちをなんかランク分けしてるでしょう?でもあれってぇ私の眷属、まぁ部下なんだけどぉ、そいつらのデータなのよねぇ」
やくたたずばっかりだったからぁ、すてたのよぉ、とにんまりと笑う鎌鼬。
その言葉を聞いた瞬間、リーナの頭の中に一つの仮説が瞬時に浮かぶ。
妖怪や悪魔にカテゴライズされる種の中には稀に眷属を作る種族が存在する。それは過去に王政などで見られたピラミッド型の統率組織。
しかもこれの純粋な力関係と図式となる眷属との関係は意外と厄介なものだ。しかも眷属とそれを作った親にあたる妖怪との戦闘力の差はレート二つ分あると言われている。
目の前の男の言うことが正しいのであれば確認されていたBレートよりも二つ上、AAレートということになる。
通常AAレートは一体でも討伐対象に入っていた場合は上級隊員を最低でも二名隊に入れなければいけない。
しかし今回の討伐の対象はBレート。安全対策としてAレートまでなら対応できるメンバーを揃えていたが、既に残っているのはリーナ一人。現状は最悪、いや災厄と言ってもいい。
その結論を一瞬で出したリーナは体の芯が一気に寒くなるような感覚に襲われる。
「さぁ、避けてくれるかしらぁねぇ?」
次の瞬間それは来た。今までと違う不可視なまでのスピードで空中を切った鎌。
その動きは音速を越え、直後のソニックブームを起こすかのごとく爆音を放った。そしてその音から飛び出すかのように先行する透明な刃物。
高圧に圧縮された水が殺傷能力を持つのと同じで鎌鼬は高速の空気を放ち、離れた物体を切断する。
以前、偶然にも文献でそのことを知っていたリーナは瞬時に右へと回避する。
重心を落とし、全体重を右足にのせて少しでも遠くへと体を動かす。しかし鎌鼬からの距離はわずか一〇メートル。音速を越えた鎌が届くまではコンマ0以下だ。
そして完全に
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