YATAGLASS-八咫烏-

織田 伊央華

プロローグ「起点」


 山形県某山脈。


 緑豊かな自然を持ち、古い針葉樹が生い茂る山岳に焼野原が広がっていた。斜面に広がるその光景は野焼きとは異なる広がりを見せている。


 山の頂上付近から傾斜度の低い斜面を斜(なな)め下に横断するかのように広がっているからだ。木々はなぎ倒され、豊富な栄養を含む土に根を生やす草花は無残にも黒く灰と化している。


 所々からは小さな火柱が上がり、風に揺れていた。周囲には変形した金属やプラスチックの破片などが無数に散乱しており、原型をとどめていない。




 一九〇三年にライト兄弟が人類初の動力飛行に成功してから現在に至るまで航空産業は目覚ましい発展を遂げてきた。


 戦時中には爆撃機や戦闘機が最先端を担い、その後登場した旅客機では現在までに最大で八〇〇人近くも運ぶことのできる機体が登場している。


 しかし、開発から一世紀以上が経とうとしている今現在に至っても、飛行機の飛ぶ原理を全て理屈で説明することができないのである。様々な意見が飛びかってはいるが、これと言って正しいといえるものがない。




 そんな飛行機、旅客機に限定するが理論上の確率で言うと墜落する確率は全世界で一万分の一だといわれている。


 これは自動車事故の確率である千分の一と比べると世界一安全な乗り物だといえる。しかし、それは人的要因や環境により刻々と変化するので、確かな確証を持てるものではない。


 そんな宝くじにもあたるような確率の飛行機墜落事故が今男の目の前に広がっていた。


「ひどいな」


 男はそう短く呟くと辺りを見渡す。辺り一面には残骸とも言えないほどに散らばった機体の破片が散乱しており、所々では火の手も上がっている。


 どうして男がこの場に居合わせたのかは偶然の産物でしかない。


 元々登山を趣味とするこの男は休暇のたびにあらゆる山を一人で登頂してきた。そして今回は偶然登山中に頭上からの爆音を聞きつけ、事故現場に最初に到着したのだ。


 男は火の熱気で垂れてくる汗を手の甲で拭いながら歩みを進める。


 熱で溶けたプラスチックの刺激臭が鼻を突き、男の表情を硬くさせる。


 数十メートルほど歩くと機体の胴体部分といえる残骸にたどり着いた。アルミ製のボディは紙のように破かれ、金属製の梁や骨組みが露出している。


 男の目の前に広がるのは、複数に断裂したと思われる胴体のうちコックピットを含めた先端の部分だった。


 強引に引きちぎられた太いゲーブル類を使い、ロープ代わりに客室に上った男は目の前の光景に愕然とした。


 元々ボルト類で床に固定されていたシートは窓に突き刺さり、その半分を機外へとさらしている。残っていた数席の座席も割れた窓ガラスや機体の破片が突き刺さっており、その席に座っている乗客もハリネズミのような体をしていた。


「・・・・・」


 目の前の光景を数秒みつめると、男は無言で生存者を求めて歩き出した。


 大破したエンジンや投げ出されたと思われる乗客を一人一人確認しながら二つ目の胴体に向けて進む。先程と同じ要領で客室へと上がった男は再び短いため息を漏らす。 


 飛行機の胴体部分を輪切りしたようになっている二つ目の胴体は、先ほどよりも多くの乗客がほとんど席についたままだった。


 窓際に二席ずつ、真ん中に四席設けられているこの機体には少なくとも二百人近くの乗客が搭乗していたと思われ、男の顔には苦い表情が浮かぶ。


 その時、事故現場に来て炎以外で動くものを初めて男の視界がとらえた。


 中央の席の丁度ど真ん中に位置するその席には小学校高学年ほどの少女が座っていた。

 

 額からは血を流し、肩口と右太ももに刺さっている破片がつくる傷口からの出血で少女の着ている白のワンピースを徐々に赤く染めている。


 男はわずかな希望と共に近づき少女の呼吸を確かめた。するとその小さな胸は弱弱しくではあるがわずかに上下している。


「よかった・・・」


 男は生存者がいた嬉しさから小さく言葉を漏らす。男が職業柄死体を見慣れていると言ってもこの現状には些か以上に堪えていたのだろう。


 少女のわずかな動きを確認すると男はすぐに座席のベルトの取り外しにかかった。


「大丈夫か?おいっ!返事をしてくれっ!」


 そう叫ぶ男の表情にはどこか慈愛に満ちたような表情が見受けられる。それは少女が生きていたからなのか、それとも別の理由から来るものなのかは判断できない。


 慎重にベルトを外し、機体の外へと連れだした男は、少女を草むらの上に寝かせた。


 刺さっている破片を抜くとマズい。そう直感的感じた男は急いで背中に背負っているバックパックから水を取り出し、タオルをその水で濡らすと優しく少女の顔を拭いた。そして細いロープ状のものを取り出すと太ももの付け根にキツく結びつける。


 力の限り結んでしまうと足が壊死してしまう。幸い傷口の破片は抜いていない為、出血は微々たるものだ。その為、全ての血液が止まらないように加減しながら結んだ後、男はもう一枚タオルを取り出すと出血している肩部を圧迫して止血に入る。


 こちらは破片が掠ったのか、裂傷となっていた為に圧迫止血を試みたのだ。


 煤で汚れた少女は、まだ幼さを残しながらも整った顔立ちをしていた。柔らかい頬をタオルで拭きながら可愛い少女だと年甲斐もなく思ってしまった男は、徐々に近づいてくるヘリのローター音で我に返った。

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