第11話「判断」


「それで状況はどうなってますか?」


 YATAGLASS三階の結城の書斎。


 あらゆる言語の書籍を所蔵しているこの部屋には部屋主の他に複数の人影があった。


 大きなガラス張りの窓からは都会の明かりにて照らされ、輝きを薄くした三日月が雲間から顔を出している。そんな時刻である為、すでに外に見える窓辺の明かりはその殆どを姿を消し、反対に営業を始めたネオン等の街灯がともり始めていた。


 そんな書斎のベランダに通じるを背に椅子に座っているのは結城だった。


 目の前に古びているがしっかりとした造りの机が置かれ、その上に肘をつく形で最初の言葉から沈黙を保っている。


「都内各地に教団の監視人員が配置されている。連中も簡単に見つかるとは思ってないだろうが用心に越したことはないぜ」


 部屋中央にあるテーブルとソファー。その上に堂々と腰を下ろしている男はそう言った。


 光度を落とした室内の光で両腕に描かれた刺青が男のいでたちを表しているように見える。


 天を突くように鋭く尖った髪型に、細くもしっかりと肉のついた体型。一見街中にいる不良に見えるが、この男”ラルフ・ゴーデンバルグ”の鋭い瞳はそれらよりも細く、先の尖ったものだった。


 そしてそんなラルフの隣にいるのが盛り上がった筋肉はボディビルダーのように光を反射させている大男”グレオ・バルガス”である。


「攻撃部隊の拠点はまだつかめていないが割れるのも時間の問題だろう」


 身長は有に二メートル近くあり、タンクトップの上からパーカーを羽織り、深くフードを被ることで表情を隠していた。


「しかし、すでに我が方には15の犠牲が出ています。先日起きた港での虐殺も含めると22に上ります」


 続けて静かに言い放ったのは結城の傍で微動だにしない男。夜の酒場を担当している初老である”鍵山”と呼ばれていた男である。


 全身を黒のスーツで固め、上着の後ろには燕尾服のようにカットされた生地が執事のような気品を醸し出している。


「連絡が取れていない方も含めるとすでに34名。これは早急に手を打った方がよいかと・・・」


 鍵山の言葉に、そうかと短く返事をした結城はゆっくりと椅子をまわり、暗闇に染まる東京の空を眺める。


「だがよ。やられた奴らはどいつもお前の傘下にいる奴じゃないだろう?」


 ラルフの言葉は言外に”俺たちがやる必要があるのか”と結城に問いかけるものだった。しかし結城はその言葉に軽く眉をひそめるだけで沈黙したままである。


「・・・東の動きはどうですか?」


 漸く開いた結城の口から出た問いかけにすぐに返事はなかった。


 しかし、ゆっくりとした動きで一番隅でおとなしくしていた女性が口を開いた。


 一人だけ部屋の片隅の壁に背中を預け、目を伏せていた片桐 茉莉かたぎり まり。薄暗い部屋の中では表情を読み取れないが黒い長い髪を腰まで落としており、見事なまでに整った体のラインは薄暗い中でも特に際立って見えた。


「東西共にあなたに賛同するって言っているわ。すでに10人規模だけど小隊を構築して迎撃体制を整えているはずよ」


 茉莉の話にさらに表情を固くしながらしばらく考えをまとめる。


 結城は東とだけしか口にしていないが付き合いの長い茉莉は自己判断ですでに西の方とも情報を共有しており、且つすでに行動を開始していた。


 それを知った結城は些か当初用意していたプランの破棄を余儀なくされた。別にこの事に関して起こるほどの物でもない。しかし結城にとってあまり好ましくない展開になる事は歓迎できることではなかった。


 しかしこうして集まっており、それらを束ねる者としては決断を下さないといけない立場にあるのだ。こういう決断の時はいつも憂鬱になるのだ。


 そして結城は長い熟考の後、結論を口にした。


「わかったよ。教団の日本支部に一度警告を行おう。過去に結んだ協定の再度の締結が目的だね。それと、東の吊九雲つくもと西のシエルには今回は動かないようにキツく言っておいてくくれないかな?。今回の件はいずれも僕の監督責任だからね。まあ、余裕があれば僕からも直接彼らに言っておきたいのはやまやまなんだけどね」


 結城のその言葉に鍵山を除いた一同が大きく反応した。それを片腕で制した結城は話を続ける。


「日本支部に行くのは僕と鍵山の二人だ。無用な戦闘は避ける、それが僕達のモットーだからね」


 そんな結城の笑顔に口を開こうとしていた一同は押し黙りおとなしくなった。


 こういった決断事は結城に一任される。それは彼の思想に共感し、傘下に入った時点から自らに課したことでもある。


 ならばやる事は決まっている。彼に、結城にとって利益になる様に。そして自分たちに利益になる様に行動するだけである。


「そうと決まればさっそく行くとしようか。君たちは各自戻って部下に手を出さないことを徹底させておいてくれ。それと不必要に外を出歩かないように、と」


 結城としてもこれ以上は静観できない状況だった。


 リーナと鎌鼬の戦闘に介入したのもこれ以上の犠牲を双方に出したくなかった為であり、あの鎌鼬も本来なら逃がすつもりだったのだ。


 だが妖怪を含め古から化け物と呼ばれている異形の者たちには好戦的な種族が多い。その為仕方なく殺めることになったのだ。


 部屋を出る各々の顔には不満の色が見え隠れしていたがそれを言葉に出すものはいなかった。異論を唱えるくらいであるならばすでに結城の傘下にはいないだろう。


 一人、また一人とベランダから闇夜に消えていく彼らを視線で見送りながら結城は立ち上がった。


「さて、出かける準備はできているかな?」


 全員が出ていった部屋で自分の机に座りなおした結城は一人残っていた鍵山に声を掛ける。その問いに鍵山は深く一礼することで返事と返す。


 しかし机の下に手を伸ばし、二本の刀を取り出した結城を見ると表情を変化させた。


「・・・お使いになるのですか?」


 結城の手にした二振りの刀に鍵山の視線が向けられる。取り出されたのは結城が愛用している妖刀であり、鍵山は久しぶりに見た。


「用心のためだよ。まぁ、使わないことに越したことはないんだけどね」


 そう言いながら結城は取り出した二本の日本刀を腰に差すと壁に掛けてあったコートに袖を通す。黒を基調としたコートであり、普通のロングコートである。


「さあ、行こうか」


 そういい窓を開けた時にはすでに二人の姿は闇の中に消えていた。

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