第19話「格差」


 白の教団の極秘研究施設である巨大浮遊島。その上で一対一で相対しているの一組がいる。


 レイバノン以外の団員には目もくれず、一直線にゆっくりと進んでいるユーリは武器を向けられても微動だにしない。


 レイバノンの武器は手から伸びる黒々とした大剣である。


 幅30センチ、長さ約2メートルの巨大な剣はまるでその重さがないかのようにゆっくりと持ち上げられ、ユーリに切っ先を向けていた。


「聖マリアが宿りし聖なる大剣”マグノリア”」


 持ち上げたままレイバノンは大きく息を吸い込む。


 その直後自分の右手首を上側の刃にあてたレイバノンはゆっくりと動かした。鋭い刃物によって皮膚、血管が切断され赤い血液が滲みだす。


 手首を伝い刀身に伝わる血液。しかしその血液が地面に落ちることはなかった。


「聖剣と言えない毒々しさだな」


 短くため息をついたユーリは目の前で光を放ち始めた剣を見つめていた。


 レイバノンの手首から流れてきた血は剣の半ばで吸収され、徐々に剣自体が赤く変色していく。


マグノリア」


 そうレイバノンが呟いた瞬間手元の大剣が消えた。


 いや、正確には高速で膨張し、ユーリの眼前に現れる。


 高速の刃を首をかわすだけの最小限の動作でよけたユーリはゆっくりとした動作で腰に掛けている刀に手を伸ばす。


「魔剣を見て、疼いているな」


 独り言をこぼすと腰に下げていた二振りのうち一刀のみを抜き放つ。


 鞘から現れたのは黒々とした刀身に威圧感を放つ刀。


「黒刀”餓鬼”」


 正面に片手で構えたユーリは軽く右足を引く。右手に餓鬼を持ち、左手はそれに据えるように軽く伸ばす。


「そちらも魔剣、いや妖刀ですか・・・」


 黒々とした威圧感を放つ餓鬼に目を細めるレイバノン。


 その表情をとらえたユーリは少し笑顔を見せると力任せに地面を蹴りつけた。無言で疾走してきた敵を正面から受け止めながらレイバノンは声を張り上げる。


「正面は俺がもらう。残りは建物に侵入した連中を始末しろっ」


 その直後まるでその声を止めるかのように重い斬撃が結城に降りかかる。正面から見て左上からの斬撃。轟音を上げ、迫り来る大剣にユーリは、


「僕相手に随分と余裕だね?」


 その言葉と同時に刀を大剣と体の間に滑り込ませ、攻撃をずらす。


「ほうっ!」


 目の前の落ち着いた敵の行動に舌を巻くレイバノン。


 あの攻撃を最小限の動きで躱した敵への称賛。それにまるで力の塊と言えるほどの膂力。それはまるでドラゴンでも相対しているかのようだとレイバノンは思った。


 次々と繰り出す斬撃を容易く弾かれ、逸らされる。その光景にレイバノンは目を見開き、喜びの雄叫びを上げた。


「これぞっ、私が望んでいた戦場っ!」


 その声と共に体のギアをもう一段階上げるレイバノンだった。






「後退しろっ!四班前へっ!」


 喧騒が吹き荒れる戦場に怒号が鳴り響く。


 ユーリたちの場所から正反対の位置に展開していたサキュエル部隊の中にリーナはいた。真新しく新調された団服にはこれまで以上に着心地が良かった。


 数時間前にミカエルの手によって直接YATAGLASSから救出されたリーナは半壊した店内で複数の死体を目にしていた。


 床に無造作に転がされ全身血まみれの男は何度か接触した覚えのあるアルバイトの店員。


 その他にも見覚えのある顔が2つほど横たわっていた。


 一度訓練施設で同じ班になり助けてくれた男。そして初めて配属された班にいた女性。2人とも名前も顔も覚えている。


 最初は65人もいた同期生も今やリーナ1人のみ。


 殉職率が以上に高いが、それ以上に入団希望者は後を絶たない。


 リーナは目の前で繰り広げられる高レベルな戦闘をただ観戦しているだけで一向に参加することができていなかった。


 サキュエルには参加する必要はないとは言われていたが、意地で出てきた戦場でただ立っているだけの案山子かかしと化している。


 だめだ。


 そんな自分の足にリーナは鞭をふるうように平手を叩きつけた。


 乾いた音が鳴り、すぐそばにいたほかの団員が目を丸くする。


 リーナはそんなことお構いなしにもう一度、今度は両頬を叩く。


 一拍して来る痛みに涙目になりながらも正面の戦闘を見据える。自分に出来ることをする。これが戦闘中に限らず、リーナが今まで生きてきた人生で一番重要なことだと思っている。


 そして周りを見渡そうと首を右に向けようとした瞬間、不意に後ろから強烈な力で引っ張られた。


 体制を崩しながらも辛うじて立っている状態で顔を上げた先には女性隊員の顔があった。


 戦闘開始直後から最前線で戦っている彼女はすでに全身に返り血を浴び、携える近接装備で銃剣と化している拳銃のスライドは大きく開いたまま止まっており、残弾がゼロであることを伝えている。


「戦場でぼっとしていると死ぬわよ」


 強い口調の名前も知らない女性隊員は視線を巡らせながらリーナに言った。


 その直後いままでリーナがいた場所が戦場となり、白い服を着た団員たちが戦闘を繰り広げている。


「す、すみませんっ!」


 上級隊員だということを認識するのに数秒を要したリーナは飛びあがりながら謝罪した。女性隊員はその様子に少し微笑みかけるとすぐに立ち去った。


「しっかりしなきゃ」


 そう自分に喝を入れ直し、リーナは手に武器を取った。その直後リーナの背中に重くのしかかるような圧力が一気に解放された。


「なっ、こんな重たい殺気。まさかあの人が・・・」


 リーナは無意識のうちに東南に視線を向けていた。




「これほどとは・・・」


 砂塵が舞い、暴風が吹き荒れる中レイバノンは感嘆を漏らした。


 今目の前には黒く光る刀を持ち、自分の攻撃を止めている敵がいる。


 どれだけ打ち込もうと攻撃が全く入るとは思えない。それほどまでに目の前の敵は強い。


 レイバノンは手に持つマグノリアを強く握りしめ、


「ならばっ」


 と表情を引き締め、その直後に自らの左手をマグノリアで切断した。


 二の腕の中ほどから切断された腕は宙を舞い、蛇のようにのたうち回っていたマグノリアがまるで食べるかのように刀身に吸収した。


 その直後、レイバノンの右手に収まっていたマグノリアは爆ぜた。


 限界の圧力を突破したボイラーのように各所から吹き出す妖気は、刀身を膨らませ、そして凝縮した。


「これほどまでにマグノリアに栄養をあげたことはありません」


 そう言うレバノンの瞳にはすでにユーリしか映っていない。


 笑顔でゆがんだ口元からは白い歯が覗き、血の滴る腕にはすでに慌てた様子で部下が止血に入っている。


「このマグノリアは今までとは違いますよ?」


 止血が終わったと判断したレイバノン。彼はそう言った瞬間右手に握られていた剣が軽く振った。


 悪寒を感じ軽く右に回避したユーリは目の前の地面が裂けるのを見た。


 不可視の刃が通ったその場所は長さにして数十メートルのも傷跡を残している。


「大した威力ですね」


 横目で見ながら軽くため息をつくユーリの表情はいまだに余裕を見せている。


「さて、これでもなお私に立ち向かいますか?」


 くくっと笑いながらすでに痛みと興奮で理性が飛びかけている状態のレイバノンがマグノリアの切っ先を向けながら言った。


 対してゆっくりとした動作で徐々に近づくユーリは黒刀を逆手に持ち、大きく息を吐きだした。


 次の瞬間レイバノンの鼻先数センチの位置で猛烈な火花が散る。音速に近いまでに加速した結城がその刀をレイバノンに肉薄させたのだ。


「くっ」


 辛うじてその刀を弾いたレイバノンは後ろにのけ反りながらなんとか姿勢を保ち、すぐに次の動作に入る。


 ぐっと姿勢を低く、弾いた自らの剣を腰の位置まで下げると前に一歩踏み出し力任せに剣を振るった。


 しかし、その刃はユーリに届かない。


 紙一重で攻撃を躱し、後ろに後方倒立回転とび、一般的にバク転と呼ばれる動作の初動で後ろに体勢をそらす。


 その反動で持ち上がった右足の先を勢いで出てきているレイバノンの顎に当て、空中に打ち上げた。


 顎下から強烈な一撃を食らい、なおも剣を振るおうとしたレイバノンは振り切った剣を腕力だけで戻し、再度ユーリに切りかかる。


 顎からの強烈な打撃で頭の中では火花が飛んでいる。だが、いやだからこそレイバノンは戦闘にのめり込んだ。


 左上段からの攻撃を刀で受け止めた結城はその勢いを使い右に移動する。


 一気に視界の端に移動されたレイバノンはそのままの体勢で、無いはずの左手で小剣を突き出す。切断した根本、二の腕の中間ほどにカラクリ仕掛けのような機械的なものがユーリにはかろうじて見えた。


 不意に、しかも高速で突き出されたそれにユーリは到達する直前で気づく。


 視界でとらえた時にはすでに残り数センチ。普通の刃物ならばユーリの体が傷つけられることはない。


 しかし、目の前の小剣には様々な術式が文様を描いているのを高速で行う戦闘の中、ユーリはしっかりと捉えた。


 対魔獣用封印剣。


 何度もこれを見たことがある。触れるだけなら結城たち妖怪には影響はない。


 しかし、一度体内、皮膚よりも下に行くと術式が作用し体の自由を一時的に奪う。そして下位のものであればその剣の中に封印されてしまう。


 現に目の前に見えている小剣は上位竜であっても封印してしまうであろう力を秘めていた。


 瞬時にそんな思考を巡らせた結城は姿勢を低くし、


「見事っ!」


 そう叫ぶレイバノンの視線の先には歯で噛んで受け止め、噛み砕いたユーリが吐き出すかのように地面に小剣の残骸を捨てているところだった。


 再度攻撃を仕掛けようと加速するレイバノン。その姿を視界にとらえた瞬間不可視の攻撃が再度ユーリを襲う。


 一番最初に受けた攻撃とまったく同じものだ。直観的にそう感じたユーリは地面を強く蹴った。体が持ち上がり、空中に投げたした直後目下を攻撃が通過する。


「その攻撃には、一定の間隔があるみたいだね」


 地面に着地しながらそう言った結城は攻撃が通過した地面に視線を向ける。


 切り裂かれ土煙を上げる地面は攻撃が通過しただけでこのありさまだ。


「さて、そろそろ時間もないから次で最後にしようか」


 そう呟いた結城は刀を腰の鞘に一度戻す。


 左手を鯉口にあて、右手で強く柄を握る。その状態で目を閉じ、ゆっくりとし歩調でレイバノンに向けて歩き出した。


 ゆっくりと、ゆっくりと近づく結城。


 それを正面から迎え撃つと決めたレイバノンはマグノリアを正面に構えると握る右手に力を込めた。


 その瞬間だった。なにか、心地よい風のような温かいものがレイバノンを包み、通り抜けた。


「もう一度鍛えなおすことだね。剣に振り回されているんじゃ、まだまだだよ」


 不意に後ろから声がかかり。振り向いたレイバノンは眼を見開いた。そこには先ほどと変わらない姿のユーリが立っていた。


 いつの間に? 


 完全に視界に捉えていたのだ。僅かな動きも見落とさないように捉えていたはず、なぜ。


 レイバノンはふと思いだす。温かい風、もしやあの風がこの男だった、とでもいうのか。


 しかし、現実にはすでにこの男は後ろにいた。その姿を脳が認識した瞬間、一つの結論が導き出される。


「それが居合、ですか」


 その直後に右腕に違和感が走る。すぐに目をやるとその正体は腕の先にあった。マグノリアが根元から折れていたのだ。


「その魔剣は寿命を縮めるよ。持たない方が身のためだ」


 レイバノンが聞いた言葉はそれで最後だった。ぐにゃりと曲がる視界の中で背を向けてい歩いていくユーリの姿だけがレイバノンの瞳に最後まで映っていた。

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