第21話「発見」


 フロートの中心へと急いで足を進めるユーリ。


 時々少人数で教団の者達が攻撃を仕掛けてくることがあったが無言で撃退したユーリは徐々に視界に全体がとらえられるようになってきた。


 上空にいた時にすでに発見していた施設。


 東西15メートル四方、高さ5メートルほどの四角錐の建物は異形なほど白塗りの壁を外に向け、それを照らすライトによってさらにその存在を周囲に知らしめていた。


 着地した時から奇妙に感じていたユーリが一直線にここまで来たのはそれだけが理由ではない。


 常に妖力を検索している状態で唯一アリスの妖力が感じられる場所だったからだ。


 計画当初は地下に幽閉されているという意見が一番多く、作戦自体も船内に潜り込み個々に応戦しながら2人を救出する算段だった。


 すでに数名は地下に潜入しているだろう現状において、報告などがない今その判断は間違っていたと判断している。


 いくらサトリの美乃利の力であっても、元々遠い地点からではそこまでの精度はない。


 そのためか地下に居ると判断してしまった。


 そんな考えも巡らせながら、なぜかユーリはここまで引きつけられた。


 対妖結界があるとはいえ自分の感じた妖力が別のものとは考えにくい。しかし、目の前にある何らかの設備からアリスの妖力が微かに漏れ出ていた。


 YATAGLASSでの生活では一切漏れ出なかった彼女の妖力が、である。


「いったい・・」


 ユーリが施設に近づこうと一歩踏みだした瞬間、突如その施設ごと囲むように地面から複数の丸い棒が突き出した。


 ものの数秒で高さ10メートルほどの高さまで伸びたその棒は光出すとお互いに振動させ、共振現象を引き起こした。


 高周波数で流れる音は通常の人間には聞こえないほどの高音領域でユーリの聴覚に直接攻撃を仕掛けてくる。


 音に顔をしかめた結城は平衡感覚を失いつつも地面に片膝をつき体を支える。いくら最強の生物であろうと生物は生物である。


 その直後まるで見計らったかのように隊長であるミカエルが姿を現した。


 特注の長い団服に袖を通し、手には何らかの電子機器を持っている。


「やあ、第一真祖。ご機嫌は・・・・よろしくないよだね。最新の対妖結界の威力は上々、Rレートでも動きを封じることはできる、と」


 どこか教師めいた口調で話し始めたミカエルはユーリをゆっくりと観察しながら話を続ける。


「まぁ、コストが馬鹿にならないし、第一でかすぎる。これは課題だな」


 しげしげと共振するポールを見上げていたミカエルはそう言うと端末に文章を打ち込んでいく。


 その途中でまるで今まで存在を忘れていたかのように結城を見据えた。


「今日はわざわざご足労いただいて申し訳ない。強いてはまぁ、お詫びと受け取ってもらっても構わないが世紀の大実験を見ていってくれ」


 そう言うとミカエルは右手に持っていた端末を操作した。


 すると連動するように目の前の四角錐が振動し、その口をゆっくりと開いた。


 下方にスライドするように徐々に地面に埋まっていく四面の隙間から少しずづ中の様子が見えてくる。


 そして完全にあらわになった瞬間ミカエルの隣で妖力が爆発した。


は、いったいした!」


 先ほどの高い声ではなく、ゆっくりとした口調で低く唸るように発せられた言葉に少したじろぎながらもミカエルは表情を崩さずに説明する。


「おや、まだ封印しているのにもう気づきましたか。そうそう、君は第零真祖というものを知っていますか?すべての悪魔や妖怪と呼ばれる異形な生物たちの起源、創造主と言っておきましょうか。それが第零真祖です」


 そのままの姿勢で動かない結城を警戒しながらもミカエルは続ける。


「数年前の研究であることが解りましてね。君はもし第零真祖が死んだり、消滅したりしたらどうなるか判りますか?」


 結城の無言を回答に受け取ったミカエルはあたりを歩きながら話を続ける。


「正解はすべての消滅。ああ、もちろん僕ら人間には働かないが、君達にはこの作用が働くんですよ。第零真祖の死=君たちの絶滅。すなわち私たちの最たる目的と一致するというわけです。さて、ここでなぜと思うでしょう?ヒントは君の目の前にありますよ」


 そう言いミカエルが向けた視線の先には四角錐の台座が残るだけとなっている。そしての中心には何か装置が置かれていた。


 地面から生えるように伸びた複数の銀色のチューブ。そして棘のような鋭い金属の棒に突き刺さる形で少女が宙に浮かんでいた。


 酸素吸引用のマスクを口につけ、体の局部は隠してあるもののもはや服と呼べるものを身に着けていない。


 背中には太い二本のチューブが刺さり、首元、胸元、足の付け根と各所には細いチューブが少女の体に張り付いたヒルのように刺さっていた。


 見るも無残な姿になったアリスを再び視界にとらえたユーリは胸の中で何かが破裂するような感覚を感じた。


 分厚い殻に覆われていたような感覚は、まるで卵の殻を破るかのようにユーリの中で音となり、弾けた。


 何か金属が破断するときのような重く高い音。ガラスにヒビが入る時のような不快な音が響き渡る。その音を聞いたミカエルは表情を変えた。


 すぐに数歩下がり、ユーリから距離をとったミカエル。その視線の先にには妖気の嵐が一点に濃縮され、渦巻いていた。


「これは・・・」


 そう呟いたときその嵐の中から何かが現れた。大きさは人と同等で、だが人ならざるもの。


 古より人々に恐れられ、同族の中では最上位に座る者。第一真祖、大妖怪ヴァンパイア”ユーリ・カレイテッド・ブラッド”の姿があった。


 服装は先程までと変わり、どこから現れたのか中世のヨーロッパで貴族が着ていたような気品あふれる服を着ていた。


 膝丈まで伸びたコートには金色の糸で豪華な刺繍が施され、中に着ているシャツにも細かい刺繍が見える。足元は革製のブーツで固め、地面を踏みしめていた。


 その中でも群を抜いて目立つものがあった。


 先ほどまで黒だった髪は長く伸び、変色して綺麗な銀色に染まっている。それを後ろで結い、流していた。


「これが本当の姿か・・」


 妖力の塊のような嵐の中から現れたユーリ、いや本物の第一真祖を視界に捉えたミカエルは何かに打ち拉がれるような声で呟く。


「その堂々とした風格、まさしく王といえる」


 そう言いながらミカエルは両手を背後、背中へと回す。


「一つ、お手合わせ願おう」


 その直後ユーリの姿が消えた。


 爆発的な加速。だがミカエルは捉えていた。


 右足を下げると同時に振り抜いた剣がユーリの刀とぶつかり、激しい火花を散らす。


「早いっ!」


 感嘆を漏らしながらも高速の戦闘へとシフトしていく。


 聖剣フルンティング。大昔にミカエルの祖先が巨人を倒した時の宝具。


 黄金に光る刀身と長い柄を持ち、倒した敵の血を吸い、己の糧とする聖剣、その剣は折れることは無い。


 聖剣を握るミカエルは興奮で上気した頬を風に当てながら微笑を漏らした。


 無言で行われる剣と刀の剣戟は常人の視力では捉えられない程の速さで連続していた。


 ユーリが振り下ろす刀を刀身で滑らせ、左へと流す。


 それと同時に右足を踏み込み、空いた胴へと柄頭を突き出した。通常の刀剣よりも長い柄は数瞬の間をもってユーリへと到達する。


 しかし、彼に打撃が入ることはなかった。


 見事っ!


 そう心の中で叫んだミカエルはユーリが腰に下げていたもう一本の刀の柄頭で打ち返す姿を一瞬だけだが捉えていたのだ。


 再び距離をとった二人。しかし次の攻撃は始まらない。

 

「さて、そろそろ本題に入りましょうか」


 突然切り出したミカエルの行動に怪訝な表情を見せるユーリ。それを無視する形でミカエルは端末を取り出す。


「それにしてもすごいですねぇ。人間の僕でも気持ち悪いのに妖怪である君にとって結界の中は地獄だろうに・・」


 そんな中でも汗一つ流さず、動きに衰えも見えないユーリの姿を感心したかのような眼差しでミカエルは見る。


 そして無言で端末に視線を向けるとあるボタンを押した。


 直後に装置が動き出した。徐々に上がるモーターのような回転音。それに伴いアリスの体に接続されたチューブ類が振動し始める。


「・・・一体何を」


 ミカエルを正面に捉えながらもユーリはアリスの方向へと意識を向ける。


 眠っているような穏やかな表情だったアリス。


 しかし装置が動き出し、時間が経過するとともに徐々に顔色が悪くなっている。上下している胸の様子からも鼓動が早まっていることが分かる。


「ようやく今日のメインディシュにありつける」


 そう呟くミカエルは端末を操作する。


 なにか複雑な文字を打ち込み、最後にエンターを押した。


 するとそれに連動するかのように中央の四角錐が動く。


 すでに台座の上に露出していた機器に光がともり小さいながらも脈動し始めた。


「世紀の大実験。あなたはその目撃者になれるんですよ」


 狂気じみた表情に変わるミカエルを遠目に見ながらユーリは迷っていた。


 強引に装置を破壊することは可能だ。だがもし破壊した場合アリスの体にどれほどの反動があるかわからない。無理に外してしまうと最悪、死にいたる可能性がある。


 そんな思考を巡らせる中ミカエルの説明は続く。


軌海文書きかいもんしょ。数千年前に書かれたと言われる書物の一文です。解読には時間がかかったがこの文には重要なことが記されていました」


 そこで一度切るとミカエルは大きく息を吸う。


「世界中に存在する数多の妖怪の中で唯一高みに望める存在は九尾だけである。今までありとあらゆる文献を読み漁ってきたがこのような一文が記されたものは初めてでした。そして残っていた数切れの紙を解読し、つなぎ合わせるとある結論に達しました。それは覚醒状態にある九尾、転生を繰り返して九本になった状態のことを言うのですが、その状態の九尾に多量の妖力を注入する事で無理やり昇華させる。で、それがいったい何に繋がるかと言いますと第零真祖の正体につながる訳です。昇華してこの世とあの世との境目に存在する事になった九尾は人工的に第零真祖と同じ働きをする、ということなんですよ」


 そこまでの説明でユーリの中で全てのものが一致していく。


 なぜ教団がアリスを必要に追いかけていたか。すべては全妖怪の消滅のための前準備だったわけだ。


 目の前で激しく体をのけ反らせるアリスの無残な姿を目でとらえながらユーリは決心を固めた。


「さて、そろそろですかね」


 だいぶテンションが上がってきたのか先ほどまでの教師めいた口調は消えうせ、一人のマッドサイエンティストのような口調に変貌している。


 本人もそれに気づくことはなく、手元の端末の操作に集中していた。


 次々と画面に並ぶ複数の数値を最大値にまで持ってく。


 それに連動してアリスの体がより一層振動し始める。


 最初は微弱な電気が走る程度の動きだった。しかし今アリスはまるで意識があり、苦しむかのように体をのたうちまわしている。


 手足を止める拘束具は激しく震え、金属音を強くしていく。


 既に見るに堪えない姿になりつつあるアリス。美しかった瞳は真っ赤に染まり、長い銀髪は乱れ変色していく。


 プチ


 その姿を目にした瞬間にユーリの中の何かが切れた。

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