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真理は学校から帰路についていた。たいていの生徒たちが、電車を使って通学しているのに対し、真理の家は近い。歩いて通える。つまりは時間を無駄にすることがない。真理がなんの変哲もない公立学校を選んだのは、ただそれだけの理由だった。
真理にとって、高校で学ぶことなどなにもない。大学なんて、今すぐにでも、どこにだって入れる。どうせ日本では飛び級できないのだし、どうでもいい。アメリカあたりに留学して、飛び級すれば、早く学士、ひいては修士、博士ととんとん拍子に進むかもしれないが、それすらもどうでもよかった。肩書きなんていらない。ようは研究さえできればいい。研究室も研究費用も自宅にこそある。
自宅は病院のすぐとなりにあるのだが、そのまわりには病院の駐車場があるくらいで、民家はない。向かいもしばらく空き地になっていて、それほど人通りは多くない。
自宅のすこし手前の道路に、幌の掛かったトラックが止まっていた。さらにその後ろには高級セダン。そのそばには、ふたりの男が立っている。ともにスーツを着ていたが、背も高く、広い肩幅、厚い胸板と相当鍛えていそうな感じだ。
そしてもうひとり、女もいた。三十歳くらいの妖艶な感じで、長い髪、パンツルック、上はブラウスだが胸元はかなり開いて、大きな胸が強調されている。
その顔になんとなく見覚えがった。リアルで会ったことはないはずだから、きっと写真かなにかで見たのだろう。
「聖真理くんね?」
通りすぎようとしたとき、その女がいった。そのまなざしは有無をいわせないものがある。
「誰だ、あんた?」
そういいつつ、あやふやな記憶の中から、この顔の主を捜す。
「スチーム娘」
「なに?」
一瞬、思考が固まる。もちろん、それは水貴のことだ。ただ、そのあだ名を知っているのは、真理自身と水貴当人、あとはひかりくらいのものだ。
会話を盗聴でもされたか?
いずれにしろ、こいつらは「スチーム娘」を知っている。おそらく人間離れしたパワーのことも。今、わざわざスチーム娘といったのは、自分の顔色を読むためだ。
真理は心の中で舌打ちをする。
今、明らかに失敗した。動揺が顔に出たはずだ。
「やっぱりあなたがスチーム娘を作り上げた張本人のようね」
「さて、なんのことやら?」
そういいつつ、真理は思い出した。こいつはたしか麗狼院博士。ロボット工学の新星として注目されたが、ここ数年、まったく話題に上がらなくなった人物だ。
そこまでわかると、こいつらの狙いは明確だった。水貴の構造を知りたい。つまり、作った張本人の真理に協力しろってことだ。
冗談じゃねえ。
おそらく雰囲気的に有無をいわさず連れ去る気だろう。そのために強面の男をふたり用意したにちがいない。残念ながら、真理は運動能力に関しては人並み以下だし、喧嘩なんてまともにやったことすらない。
危機を感じた真理は、スマホを取り出すと、水貴の番号を呼び出した。スチーム娘を捜しているこいつらの前に、水貴を出すのは危険ではあったがしょうがない。背に腹は代えられない。最新型のひかりを出すよりはましなはずだ。
強面の男ふたりが、スマホを奪おうと近づいたが、なぜか麗狼院がそれを制した。
思惑がわからなかったが、知ったことじゃない。真理はスマホに向かって叫ぶ。
「ピンチだ。来てくれ」
それだけいうと、通話を切った。それで充分。こっちの居場所はGPSで水貴にはわかる。
「助っ人は呼べた?」
わかってて止めなかったのか? まあ、水貴を拝みたかったのかもしれない。しかし、それなら俺を誘拐できないこともわかるはず。
つまり、俺を誘拐する気など初めからなく、水貴を見たかったのか?
だとすると、嵌められたわけだが、呼ばなければ、やつらが誘拐犯に転じない保証はなにひとつない。安全確保のためには仕方ない。
「悪いけど、真理くん、あたしたちといっしょに来て」
麗狼院の言葉とともに、ふたりのごつい男がずいと前に出る。
あれ? やっぱり俺を連れ去る気か? だったらどうして水貴を呼ぶ隙を作らせた? まさかこの男ふたりで、水貴に勝てるとでも?
だとしたら、舐めすぎだ。……いや、そうか。こいつらスチーム娘とは、たんに人間型のサイボーグで、特殊なパワーがあることなど知らないってことか。
真理はそう確信した。よく考えれば、水貴が人並み外れたパワーを持っていると知ってるほうがおかしい。人間同様に動けるサイボーグというだけで、ものすごい技術なわけだから、それだけで充分、麗狼院が欲しがる。
真理が大声を出そうとした瞬間、首筋にばちっと、衝撃を感じた。
全身の力が抜け、声を出すどころか立っていることさえできない。大男の腕の中に崩れ落ちる。
スタンガン?
霧が掛かったような感じで、いつものように頭が働かないが、かろうじて意識はあった。目も見えるし、音も聞こえる。しかしまったく抵抗することも助けを呼ぶこともできない。そのまま、男ふたりにセダンの中に連れこまれた。麗狼院は、なぜかいっしょには乗りこまない。
なぜだ? ……そうか、水貴も拉致しようと……。いや、ちがう。だったら、男が残るはずだ。
このとき、電撃で鈍った真理の脳に、ある考えが浮かんだ。
こいつら、水貴のパワーのことを知ってるんじゃ?
知ってて、なおかつ待ち受けるとなると、勝つ算段があることになる。そして、それはおそらく……。
あのトラックの幌の中に隠れている。
「真理!」
水貴の叫び声が聞こえた。
その瞬間、案の定、前にあるトラックからなにかが飛びだした。
それは人間に似てはいたが、明らかに人間ではなかった。手足は二本ずつあり、直立している。だがその身長は三メートル近くあり、腕や脚の太さも尋常ではない。なによりその外装は鉛色の金属でできている。手足も金属でできていて関節は機械式のジョイント。顔はやはり鈍い鉛色をしていた。フランケンシュタインの怪物を連想させる。
ロボットかサイボーグか知らないが、麗狼院しずかが作り上げた人間型兵器なのだろう。
見た目を必要以上に人間らしく見せることを放棄し、単純に機能優先。その点において、水貴と比べれば、玩具のようなものだ。だが、その戦闘力はどうか?
動く原理はわからないが、体の大きさから考え、多少効率が悪くても、水貴以上のパワーを持っていないとは限らないし、もっと単純に、銃やミサイルのような火器を搭載している可能性が高い。
すくなくとも、麗狼院はこれで、「スチーム娘」に勝てると踏んだのだ。
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