「ここのはずだけど」

 水貴は乗り付けたバイクから降りると、スマホ上の地図で示すひかりの位置を確認しながら、あたりを見まわした。

 目につくのは工事中の建物。高層マンションかなにからしい。仮囲いに設置されている近隣住民用の工事予定表を見ると、きょうは作業をしていないようだ。

「待ってろっていったのに」

 上のほうでかすかな音が聞こえた。金属がたたかれるような音。たぶん、鉄骨の上で跳びはねてる。

「まったく、ひかりは」

 水貴はスポーツバッグから、さっきコンビニで買ったペットボトルの水を取り出すと、がぶ飲みする。

「よっしゃあ!」

 水貴は空のペットボトルを近くにあったゴミ箱に捨てると、ゲートの潜り戸をくぐった。

 とりあえず、状況を確認する。思ったとおり、工事の作業員はいないようだ。骨組みだけできた建物の上のほうからかすかに音がするのは、ひかりのせいだろう。

 建ち上がった鉄骨以外で目立つものといえば、端のほうにある二階建てのプレハブハウス。たぶん、監督とかがいる仮設事務所なんだろう。さらに、道路沿いの仮囲いぎわは資材置き場になっているのか、仮設の足場材、パイプやそれを止める金具などが整理されておかれている。それとはべつに鉄筋の束もあった。クレーン車やユンボなどの工事用機械は置いていない。

 だが、機械音が聞こえた。しかしキャタピラの音などではなく、ずしんずしんと重いものが歩く音。それに機械が軋む音が混じっている。

 仮設事務所の陰から現れたそれは、見覚えがあった。真理がさらわれたときに、水貴を襲った、あの「フランケンシュタインの怪物」。

「驚いたか?」

「あんた、しゃべれたの?」

「しゃべれるようにしてもらった。ついでに体のほうも強化した」

「へええ?」

「死ね。スチーム娘!」

 ぶんといううなりとともに、そいつの鉄拳が水貴めがけて打ち下ろされる。

 水貴がひらりと身をかわすと、拳は地面に突き刺さった。

 ずぼりとそれを抜き取ると、土煙が舞った。

 砂埃が目に入り、目を閉じた瞬間、水貴は腹に衝撃を感じ、後ろに数メートルもふっとばされる。

 腹にパンチを食らったらしい。だが、水貴はくるりと後ろに回転すると、立ち上がった。

「やるじゃない。でも、スチーム娘って呼ぶのはやめてよねっ!」

 水貴はそばの仮設材置き場から、二メートルくらいのパイプを手にすると、それを槍のように投げた。

 だが、敵はそれをいともかんたんに腕で弾く。

「おまえの弱点は知っている。蒸気を使うため、パワーが出るまで時間が掛かる。今なら俺のほうが強い」

 そいつは突進してきた。気のせいか前より動きが速い。

 水貴はかまわず、パイプをつぎつぎに投げた。どれもはじき飛ばされる。

 真上にふりかざした手刀が、水貴に打ち下ろされる。

 無理に受けず、パイプを持ったまま、後ろに回り込んだ。小回り、スピードという点では、明らかに水貴が有利。

 丈がわりにしたパイプの先端で、敵の後頭部を突く。

 しかし、ダメージはなさそうだ。逆にパイプが曲がった。

「装甲はグレードアップしてある。もう、おまえのパンチごときでは俺を貫けないぞ」

 怪物は振り向きざまにパンチ。しかし、水貴はそれを逃げずに正面から受けとめた。

「ぬ?」

「残念だけど、もう体が温まったの。こっからは全開よ」

 すでに水貴の体は汗が覆っていた。全身から湯気が噴き出す。

 腕が、胸が、脚が、見る見る間にふくれあがっていく。

「ち、力で負けても、俺の装甲は貫けない」

 そういいながら、必死で水貴を押した。

 水貴はそこで力くらべをしなかった。力を後ろに反らし、自分は前に出る。体を翻し、敵に背中を密着させながら。

 そのまま敵をかついだ。というより、曲げた脚を伸ばし、相手の体重の乗った腰をはね上げ、同時に掴んだ腕を前に振る。

 かんたんにいえば、柔道の一本背負いだ。

 おそらくダンプ並みの体重のあるそいつは、宙に舞うと激しく地面にたたき付けられた。

 轟音とともに、巨体が地面にめり込む。

 水貴はとどめとばかりに倒れた相手の額に、上から掌打をぶち込んだ。

「いくら、外部を装甲で固めても、脳は人間のままでしょ?」

 たしかに敵の体は頑丈になったらしく、激しい投げにも壊れてはいないようだった。しかし、脳は頭蓋骨の中で激しく踊ったはず。

 案の定、そいつはもう動かなかった。

「やれやれ」

 水貴は自分の格好を見て嘆く。大量の蒸気が噴出し、手足のサイズは元に戻ったが、またもや、制服がずたぼろ、ついでにびしょぬれ。いつも思うが、これってなんとかならないのだろうか?

 ついでに猛烈に喉が渇いた。

 さっき、そこらへんに放り投げたスポーツバッグを探した。その中に予備のペットボトルが入っている。

 それを手にしようとしたとき、バッグが動いた。まるで水貴から逃げるように空を飛んで。

 なにごとかと思い、バッグの逃げる先を見ると、水貴と同じ年頃の女がいた。

 オーソドックスな紺のセーラー服で身を包み、脚には黒いパンスト、胸には真っ赤なリボン。前髪を目の上で切りそろえたおかっぱ頭。顔は古風な人形のような和風美少女。その手には長めの鞭。それでバッグを絡め取ったらしい。

「醜い。筋肉を男のボディビルダーのように肥大化。あげくに全身を真っ赤にして、汗まみれ、湯気まみれで戦う姿に、自分でいやにならないの? まるで発情した豚だわ」

「なんですって?」

「しかも戦いのあと、無様に水をがぶ飲みしたがる。まるで三日も水を飲んでない浮浪者のように。ふふふ。醜悪ここに極まれりって感じね」

 そいつは薄い唇に侮蔑の笑みを浮かべていた。

 それだけで水貴は、この女を殴りたくなった。

「『一号』もいっていたけど、あなたの弱点はわかってる」

「一号」というのは、今の巨体サイボーグのことらしい。

「ひとつはパワーが出るまで時間が掛かること。これは水蒸気を作る体内の炉を暖めるのに時間が必要なため。そして、ふたつめ。その体内構造のため、パワーを出す前には、水が必要だし、パワー全開にしたあとは水の補給が必要になること。みっつめ、体は強化されていても、頭部は生身であること」

 だからこそ、補給しようとしていた水を奪った。そうすれば、さっきのようなパワーが出せないことを知っている。

 というより、「一号」とかいうのは、この状況を作り出すための捨て石にされたのだろう。

「まさに欠陥だらけのサイボーグね。でも旧式だからしょうがないか。そのおかげで今のあたしがあることだし」

「あなた、……何者?」

 問題はなぜこの少女がそんなことを知っているかだ。

真成寺しんじょうじさやか。でも、今はべつの名前で呼ばれてる。真理様のつけた呼び名は……」

「真理ですって?」

 水貴は動揺した。まさか、この高ビーなお嬢様は?

「真理様のつけた呼び名は、……薔薇娘」

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