3
どういうこと?
「……なんでこいつが」
ひかりは混乱した。
刑務所にいるはずのこの男が、ここにいること自体不思議だったが、それよりも体がサイボーグ化していることが気に掛かる。
「不思議でもなんでもねえよ、ひかりちゃんよ」
上のほうから灰枝の声がした。
「わざわざあんたを倒すために、脱獄させたらしいぜ。なにせそのお方、恨みが積もり積もってるからな」
「脱獄させたって、誰が?」
「さあな?」
聞いて馬鹿を見た。真理をさらった連中に決まってる。
「ひひひ、神だよ。神が私にこの体をくださったのだ。おまえのような生意気な小娘を切りきざむためにな」
凶器男の大鎌がぶんと首の高さで振られた。
ひかりはかがんでやり過ごす。
凶器男、すかさず膝蹴り。膝に付いたトゲが槍のように、ひかりの顔面に向かう。
とっさに両手でつかんだ。
両手の鎌の切っ先が、同時にひかりの顔面を襲う。
右手は膝のトゲを掴んだまま、左手で鎌を防御した。
しかし、凶器男は胸を突き出し、胸から突き出したドリルでひかりの顔面をねらう。ぎゅるぎゅると回転する切っ先がすぐ目の前に。
「えええい」
右手で膝のトゲ、左手で右手を掴んだまま反動をつけ、まだ床の張ってない建物の中央に男を投げすてた。そうしないと、やられる。
しかし凶器男は無様に下まで落ちてはいかなかった。
左の手のひらから、鎖のついた分銅が飛び出すと、中央の梁に巻きつき、振り子のように揺れる。
「ひゃははは。そうかんたんにやられるかよ」
もっとも、たとえそんなものを使わなくても、一階まで落ちることはないらしい。工事作業員の安全のためだろうが、梁の下には仮設の作業用通路がつり下げられ、数階ごとにその仮設通路間を水平方向に張られた安全ネットがあることに、気づいた。
鎖は体内で巻き取られているらしく、がちゃがちゃと音を立てながら、凶器の男は梁に引き上げられると、そのまま梁の上に乗った。
幅、わずか三十センチほどの上を、凶器男は恐れもせずに、すたすたと歩いてくる。ふつう、鳶職でもなければ、いくら下に安全ネットが張ってあるからといって、そんなことはできそうにない。こいつには先天的な恐怖感がないのかもしれない。
「ひゃはっ、腹から生えてるナイフがおしゃれだぜ」
見ると、腹にナイフのようなものが突き刺さっている。そこではじめて、腹の皮に痛みが走っていたことに気づいた。
いつの間に?
さっきひかりに投げすてられたとき、どこからか飛ばしたか、あるいは接触したときに刺したのか、そんなところだろう。人工筋肉を断ち切ったとは思えないから、たぶん筋と筋の間に入りこんだんだろう。さいわい、人工臓器に損傷はないようだが、思った以上に油断ならない相手だ。
「おまえもこっちにこい」
冗談じゃなかった。なにを好きこのんで、そんな細いところの上を歩かなくてはならないのか?
かつん、かつん、かつん……。
下のほうから階段を上ってくる音が響く。
「水貴先輩!」
ひかりはとうぜん、そう思った。遅れてきてくれることになっていたのだから。
水貴が来てくれると心強い。しかし、下から現れたのは、見たこともない女だった。
年はひかりと同じくらい。どこかの学校の制服のようだが、上は白のブラウスにネクタイ。上着は着ていない。スカートはチェックのミニで、ソックスは膝下の白。スニーカーを履いている。髪の毛は水貴より短いベリーショート。顔つきも男の子のように凛々しい。全体的にスレンダーで、なんとなく水貴ともイメージが似ているが、水貴のように長身ではなかった。
「だ、誰?」
その少女に気を取られた瞬間、ひかりは足もとになにかが巻きつく衝撃を感じた。
「わ?」
両足を拘束するように鎖が巻きついている。その先は、凶器男の左手。さっき落下しないように使った鎖分銅を飛ばしたらしい。
「俺を無視するなんて、とんでもねえ」
凶器男が鎖を引っぱる。
「うわわっ」
完全にバランスをくずし、引っぱられるがままになるひかり。必死で、階段の手すりをつかもうとした。
その瞬間、下から来たボーイッシュな少女がひかりの腹を蹴り上げる。
一瞬、自分の身になにが起こったのか、理解できなかった。
がつんと足にふたたび、ショックを受ける。
気づくと、ひかりは逆さづりになっていた。
見上げると、両足に絡まった鎖は頭上に伸び、梁に乗った凶器男の手につながっている。
念のために下を見ると、すぐ下に水平ネットが張られてあった。とりあえず、鎖が切れても、死ぬ心配はない。
「じゃあな。ひかりちゃん、俺は高みの見物とさせてもらうぞ」
そういい捨ててて、灰枝は上の踊り場に腰を下ろした。
「ふふふ、パンツ丸見えだよ」
選手交代とばかりに、ひかりを突き落とした片割れの女が上からいった。
「だ、誰よ、あなた?」
「ボクかい? ボクは
「く、蜘蛛娘っ?」
そう名乗ったボーイッシュな少女は、鉄骨階段の踊り場から、ひかりに向かって飛んだ。
そのまま、下の安全ネットに落ちるかと思いきや、ひかりのすぐそばでぴたりととまる。彼女の体はどこにも触れていないし、さっきの凶器男のように鎖でぶら下がっているわけでもない。仁王立ちのまま、まさに宙に浮いていた。
「そうさ、蜘蛛さ。そして君はボクの巣に掛かった蝶かな?」
蜘蛛娘は楽しそうに笑った。
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