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薔薇娘? いや、そんなのはどうでもいい。問題は……。
「真理が名付けたって、あなたはいったい……」
水貴は認めたくなかった。そんなものが存在していることを。
「真理様を呼び捨てにするな」
薔薇娘の顔に、怒りとも嫉妬とも取れる表情が浮かぶ。
「まさか、あなたを作ったのは……」
「そう。真理様。もっともあなたのように、事故にあったから間に合わせで作ったわけじゃない。志願したのよ」
「う、嘘よ」
薔薇娘は勝ちほこった顔をした。
「嘘なもんですか。あたしはある組織の理念に共感し、その戦士であるサイボーグになることを志願したの。さらにあたしの体は最新型。あなたのお友だちの雨神ひかりと同じ性能の筋肉を持つけど、彼女みたいに変なリミッターは作動しない。つまりいつでも自由自在にパワーを使いこなせるわけ。それだけじゃない、あたしたちは純粋に戦闘用に作られたから、それぞれ専用の武器を仕込んでいる。あなたとはちがうのよ」
「ある組織ですって?」
「そう。もっとも、あなたに詳しく教えるつもりはないわ。そこからは、あなたを壊すか、生け捕りにするようにいわれているけど、破壊してあげる。ふふふ。あなただって捕まって洗脳されるより、ここで死んだほうがいいでしょう?」
洗脳? そうか、真理は洗脳されたのか?
くそぅ、こいつら、なんてことを……。
水貴は唇を噛んだ。
もっとも、この薔薇娘だって洗脳されているにちがいないのだ。そうでなければ、どうして年ごろの少女が、そんな怪しげな組織に忠誠を誓い、サイボーグ手術などを志願して受けるものか。
「ふふ。だって、あなたのような旧式のサイボーグは、仲間になったところで、あたしとは対等じゃない。さっきの一号のように使い捨てにされるだけよ。それにあなたは気に入らない。だって暑苦しくて、見苦しいんだもの。ぜったいに死んだほうがましよ」
薔薇娘は勝手なことをほざくと、さっき奪い取った水貴のスポーツバッグからペットボトルを取りだし、中に放り投げた。
ひゅん。ぱしーん。
鞭が空気を切りさく音とともに、ペットボトルは真っぷたつになった。
「念のためにいっておくけど、ここの内部の水道は全部止めてある。水が飲みたかったら外に行くしかないけど、さっきあなたが戦ってる隙に、外から施錠しておいたから。今のあなたは鍵を壊す力も、囲いを飛び越える力もないでしょう? だって、旧式だから。水を補給しなければなにもできないスチーム筋肉に頼った、暑苦しいスチーム娘だから」
ムカつく女だが、いってることには一理ある。今の水貴にははっきりいって勝ち目はなかった。ただでさえ、向こうのほうが戦闘力が上なのに、スチーム筋肉を使えないなら、スピードだけでなくパワーでも完全に負ける。それに、この女の体に仕込んである専用の武器というのは……?
水貴は武器になるものがないか、考えた。残念ながら今の力では、さっきのように数メートルのパイプを振りまわすことは無理っぽい。
それに、ひかりと同じ構造なら、たぶんそんな攻撃は効かないだろう。いや、でも、顔面なら……。この女も、自分やひかり同様、頭部は生身なのだろうから。
ぱらぱらと雨が降ってきた。もっともそんなことを気にしている余裕は水貴にはない。
「雨が降ってきたけど、あなたには関係ないわね。どうせびしょびしょだし。っていうか、そのぼろぼろで水浸しの格好はどうにかしたら? 見苦しい上に、体にまとわりついて動きづらいでしょう?」
薔薇娘の顔に残酷な笑みが浮かぶ。
表面がつるつるだった薔薇娘の鞭にいきなりトゲが生えた。長さ三センチほどの鋭いトゲがそれこそ数センチ間隔でそこら中に。
それはまさに薔薇の茎だった。
「その見苦しい格好を脱がしてあげる。ま、かんたんにいうと、素っ裸にしてあげるってことだけど」
いうや否や、薔薇娘は鞭を振るった。
ひゅああん。
よけたつもりだった。だが、本気で打たれた鞭の先端は音速を超える。かわせるものではない。
ぱちーん。
音速を超え、衝撃波を生み出す音とともに、水貴の左肩が弾けた。
ブレザーとブラウスの左上が裂け、肩が露出する。現れた皮膚は血で染まっていた。
もちろん痛む。人工有機体とはいえ、筋肉より表層部には神経が入っているのだから。
もっともそれは肉を裂き、骨にダメージを与える重い痛みではない。皮下脂肪より内部は、神経がない上、そうかんたんには壊れないようになっている。
「しゃおっ!」
薔薇娘の第二弾。
水貴はとっさに後ろに飛びのいたが、かわしきれなかった。
今度は、左半分、上着、ブラウスとも、肩から下がごっそりなくなった。ブラも紐が切れ、左の乳房が露出する。
「あら。ボーイッシュだとは思ってたけど、貧乳過ぎるわ。ほんとは男なんじゃないの? ぜひ確かめてみなくっちゃね」
そういって、さらに鞭を振るう。
今度はスカートがはじけ飛ぶ。白いショーツが丸見えに。
素っ裸にしてあげる、というのは冗談ではなかったらしい。本気で水貴をもてあそぶ気だ。
「あら、とりあえず、パンツに余計なふくらみはないようね。でもうまくごまかしてるだけかも。やっぱりそれも取ってみなくっちゃね」
「女の裸見て、楽しいの、あなた?」
「ええ、楽しいわ。泣いてくれるともっと楽しいけど」
「こ、この、変態」
水貴は無策のまま、逃げていたわけでもない。相手が遊んでいるのをいいことに、じわじわと建物に近づいていた。
そして、今、建物の外周にある仮設足場を背にする。
足場材は、細い建て枠と筋交い、それに鋼製の板などで組まれている。これをバックにすれば、下手に鞭などで攻撃した場合、鞭が建て枠や筋交いにからみついてしまうはずだ。
「ふふっ、それであたしの鞭を封じたつもり?」
こっちの考えてることなど、お見通しとばかりに、薔薇娘は笑った。
「浅はかね」
薔薇娘はかまわず鞭を振るう。
ブレザーの右肩が切れた。しかし今度はブレザーだけ。中のブラウスや皮膚には傷ひとつつかない。
つぎの一撃で、ブレザーは完全に崩壊した。たんにぼろ布と化し、水貴の体から滑り落ちる。
薔薇娘はさらに鞭を振るう。今度は体を傷つけずに、ブラウスだけが吹き飛んだ。
そんなことをしても無駄だ。距離なんて、ミリ単位で見切れるんだ。まちがっても後ろの足場に鞭を絡ませるようなバカな真似はしない。薔薇娘はそういいたいらしい。
「それだけの腕があるのなら、正々堂々と勝負しましょう。あたしに水を飲ませて。それともあたしに実力を出されると、勝つ自信がないの?」
水貴はなんとかそういう勝負に持ち込みたかった。しかし、薔薇娘は心底驚いた顔をする。
「なにをいってるの、あなた? 百パーセント勝てる勝負の確率を、たとえ一パーセントでも落とすバカがどこにいるわけ? そうすればなにか楽しいの?」
そんなことをして、自分にいったいなんのメリットがあるのだ? といわんばかりだ。
「でもまあ、パンツ一丁になっても、泣き言いわないのはたいしたものね。でも、それじゃあつまらない。あたしは泣いて命乞いするやつをいたぶるのが好きなの。がんばれば、がんばるほど、悲惨な目が待ってるんだから、はやく屈服したほうが利口よ」
「ふん、本性が出たようね。上品ぶっていても、自分より弱いものをいたぶることでしか満足できないサディスト。どうせ、あなたも洗脳されたんでしょうが、その腐った性格はそのせい? それとも、生まれつき腐っていたからスカウトされたの?」
水貴がちょっと挑発すると、薔薇娘は全身を震わせた。自分より弱いと信じているものに侮辱されるのは死ぬほどの屈辱らしい。日本人形のような顔が、蒼白になっている。
「決めた。あんたに残ってるわずかなプライドをこなごなに打ち砕いてから殺してあげる。今、あたしに暴言を吐いたことを、地獄で後悔するがいいわ」
薔薇娘が怒りにまかせて振るった鞭は、空気とともに、いつの間にか強くなってきた雨を切り裂きながら、飛んでくる。
ばしっと、その先端が水貴の左手首に巻きついた。反射的に右手で鞭を掴む。
「ふっ、不用意だったわね。これでもう……」
「あんた、バカ? わざとやったのよ、それ」
薔薇娘は明らかに、水貴を見下した目をした。
ぎりぎりと左手首が締め付けられる。
え?
からみついた鞭がなぜ、万力のように……?
「まだ、わからないの?」
今度は勝ちほこった顔で、水貴に微笑みかけた。
薔薇娘は左手を開いて前に突き出す。
手のひらの中央に穴が開いた。そこから鞭がするすると這い出てくる。
「これは?」
それは鞭というより、触手のようだった。振るったわけでもないのに、うねうねと空中で踊り、すこしずつ水貴に近づいてくる。いつの間にか、その全身に薔薇の刺をまといながら。
「この鞭は、体の一部?」
突然、触手は猛スピードで水貴めがけて飛びついたかと思うと、右手に巻きついた。
左手同様、すごい力で締め付けられる。そのまま、両手は左右にめいっぱい広げられた。
「いったでしょ? 専用の武器が内蔵されてるって。これはただの鞭じゃない。自由自在に動かせる、あたしの体の一部よ」
薔薇の触手は両手からだけではなかった。スカートの下から二本、背中のほうから三本。追加で伸びてくる。
その内の二本は、水貴の足首、一本ずつにからみついた。そして強引に左右にこじ開ける。
「くっ」
またたく間に、水貴の体は宙に浮き。計四本の触手で、手足を引っぱられ、大の字になった。残り三本の内、二本は左右の太ももにからみついた。これは引き絞るというより、蛇がうねうねと体を這いまわっているような感覚だ。さいわい、それにはトゲがない。
最後の一本は水貴の目の前で鎌首をもたげた。
その先端からはドリルの刃が飛び出し、回転しはじめた。
「ふふふ。唯一残った生身の顔を、ふた目と見られないようにしてから、脳を食い破ってやろうかしら?」
薔薇娘は、雨で水貴同様びしょぬれになりながらも、そんなことは露ほども気にしていないらしい。その顔は喜びに満ちあふれている。
「でも、その前にいたぶりつくしてあげる。ねえ、あなた。オタク男が大好きな、エロアニメを見たことある? 触手プレイってやつだけど……」
「な?」
太ももにからみついた二本の触手は、水貴の股間を狙っていた。
「あ、そうそう、いうの忘れてたけど、ここにはあらかじめカメラがセットしてあって、映像は本部に送られるようになってるから。もちろん、真理様も見てるわよ。よかったわね」
「な、なんですって?」
じょ、冗談じゃない。
そんな屈辱的なことには耐えられない。
冷たい雨が体を打ち、入道雲がごろごろと不気味に轟く。
「うふふ。そろそろ泣きたくなってきたかしら? 今から楽しみだわ、とっても」
薔薇娘はサディスティックに高笑いする。
その瞬間、空に稲妻が光った。
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