14
麗狼院は自室に戻ると、ほくそ笑んだ。
洗脳技術。
聖真理はまるでそれを人ごとのように聞いていたが、今現在、それが自分自身におこなわれていることにまったく気づいていない。
真理の体には、気づかないうちにある薬が投与されている。判断力を鈍らせる薬だ。
ロボット工学や、サイボーグ手術とちがい、洗脳には最新の科学技術はいらない。ようは頭の中にある既存の価値観を破壊し、新しい価値観を導入すればいい。
古い価値観を破壊する方法としては、考える力を低下させ、既存の論理を徹底的にくずせばいい。方法としては、監禁して睡眠不足状態で強制的に単純作業をさせたり、呪文のようなものを唱えさせたり、痛めつけたり、とにかく思考能力を奪うのだ。場合によっては催眠や薬を使って、それをより効果的におこなってもいい。その状態で、論破する。徹底的に相手の価値観を砕く。そこに新しい価値観を導入する。
今回は薬を使った。いい薬ができたからだ。
そもそも、あの男は最新のサイボーグを作りたいという誰にも負けない欲求がある。ただし、実験体がないから、それが敵わない。道徳観が一線を越えさせない。
そこさえくずしてやれば、必ず落ちる。
しょせん、天才科学者なんてやつは、倫理や道徳などよりも、自己の研究の完成を選ぶようにできている。薬や監禁などは、いいわけに過ぎない。ほんとは自分で一歩踏み出したいのに、踏み出せないから、こっちが押してやったことをいいわけにしたいだけだ。
ほんとは、こんなことをする気じゃなかった。あいつが悪いんだ。あいつが押すから。
そういって、自分自身をだましたいだけだ。
それは自分自身の経験からわかりきっていた。あの男が自分よりも高尚な魂を持っているとは思えない。
いくらでも悪役になってやる。それであいつの頭脳が手にはいるのなら。
麗狼院は、デスクのコンピューターを立ち上げ、さっき撮ったスチーム娘の映像を読みこませた。とりあえずは、スチーム娘にどれくらいのパワーがあるかを解析したかったからだ。
もちろん、洗脳後、真理に説明させればすむことだが、なにからなにまで教えを受ける気はない。こっちだって舐められたくないのだ。
画像を再生した。スチーム娘があお向けの状態から、「一号」を押し上げていくシーン。
「一号」の重量や、パワーのデータはこっちにある。それをあの状態にするには?
コンピューターが計算する。出た答えは一見馬鹿げているほど、高出力だった。
ほんとうに蒸気の力なのか? だとすると、体内にどれだけ高性能の炉を持っている?
そのシミュレーションをしていると、デスクの電話が鳴った。
「麗狼院よ」
『俺だ。灰枝だ』
「こっちはスチーム娘は逃がしたけど、かんじんの聖真理を手に入れたわ。そっちは?」
『すまねえ。ダメだった。逃げられた。というか、逃げた。あいつ化け物だ』
たしかに麗狼院は、スチーム娘の力も自分の目で確かめている。あれは人間の力をはるかに凌駕していた。だが、最新型はビデオを見る限り、スピード重視で、そこまでのパワーは感じられなかったのだが。
『気を失わせるつもりで、電気ショックを与えた。なかなか気絶しないから、高圧電流を流したよ。そしたら、どうなったと思う? あの特殊合金でできた拘束具をぶち切った。体に巻いた、やはり特殊合金の鎖の束とともに。ありえねえだろ?』
「あれを切った? どうやって?」
『どうやってもこうやっても、両足を左右に大股開きだ。それでばっちん。腕のほうも同様。左右に広げたら、鎖もろとも切れた。化け物だろ?』
信じがたかった。それを実行するにはどれだけのパワーがいるというのか?
麗狼院はその計算をコンピューターにやらせた。
出た答えに呆れた。スチーム娘を上回っている。それもすくなくとも、三倍はあった。
「そのとき、ひかりの体から蒸気が噴き出した?」
『蒸気だって? なんのことだ』
やはり、スチーム娘とは原理がちがうらしい。
「……まって。電撃を喰らわせる前は、切れなかったのよね?」
『ああ、それまではふつうの小娘と変わらなかった』
考えられることはふたつある。
ひとつは電撃によって、体内バッテリーに電気をチャージした。
もうひとつは、パワーを押さえていたリミッターが電撃で壊れた。あるいは一時的におかしくなった。
たぶん、その両方だ。ということは……。
雨神ひかりとは、電気によって動くサイボーグ。しかもそのパワーはかける電圧に比例するらしい。
ハイパワーモーター? どうも合点がいかない。それでほんとうにスチーム娘以上のパワーを出せるのか?
そのとき、麗狼院の頭にはあることが閃いた。
電流を流すことによって瞬時に伸び縮みする柔らかい金属。
まだ実験段階で、わずかな伸縮しかしないはずだが、もしそれが真理の手によって改良されていたら?
それだ。そっちのほうがはるかに効率がいい。
完成すれば、ハイパワーにしてハイスピードで動けるボディができあがる。
それこそが、麗狼院の欲しい技術だった。
長年求め続けていた答えは、そんなところにあったのか?
これで聖真理に対して優位に立てる。
洗脳も一気に進められるはず。
受話器では灰枝がまだなにかいっていたが、すでに耳には入っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます