13

 真理は目隠しをされたまま車を降り、後ろ手に手錠を掛けられたまま引き立てられた。途中エレベーターで地下に下りたらしい。さらにしばらく歩かされ、どこかの部屋に入った。

「目隠しを取ってもいいわ」

 麗狼院の声で、脇にいたごつい男が真理の目隠しを外す。

「なんだこりゃ?」

 真理は目に入った光景に、少なからず驚いた。

 ちょっとした工場だった。中央には最新鋭の工作機械が並び、周辺の壁ぎわには、動物や昆虫を摸した機械の固まり、……そのほとんどが未完成といった中途半端な形でオブジェのように並べられている。

「そんなに驚くことないでしょ? あなただって、似たようなことをやってるはずよ」

 麗狼院はこれ心外とばかりにいう。

「なるほど。つまり、あんたは数年前から地下に潜って、ロボットの研究をしてたってことか? となると、俺をさらったのもわかる。俺に教えてほしいんだな?」

 そういうと、麗狼院の唇がぴくりと動いた。

「共同研究を持ちかけるだけよ」

 自分が下とは死んでも認めたくないらしい。

「よくいうぜ。こんな手荒なことをしておいて。共同研究? たんに俺を利用したいだけだろ?」

「どうとでもいうがいいわ。でも、もうあなたには選択肢はない」

「断れば殺すってか?」

「まさか。気が変わるまで待つわ。監禁して」

 真理は考えた。ここでぐたぐたいってもはじまらない。そもそも相手のほんとうの目的がわからない。たんにロボットを開発したいだけなのか、それ以上の裏があるのか?

 こうなりゃ、腹の探り合いだ。

「この研究資金はどこから出てる?」

 国家や大手企業からなら、真理にも情報が入っていたはずだ。だが、聞いたことがない。

「それは秘密」

「じゃあ、協力できねえな。なにに使われるかわかったもんじゃねえ」

「なにに使われるかって、なにに使われることを心配しているわけ?」

「決まってるだろ。たとえば軍事目的だ。国家間戦争、テロ、武力革命、大義名分はなんでもいいが、とにかく兵器として使われちゃたまらないね」

「馬鹿馬鹿しい」

「なに?」

「アインシュタインは原爆が戦争に使われて後悔したかもしれない。でも、戦争に使われるからこそ、彼は研究を許されたのよ。まず、兵器として開発され、その後、ようやく発電などの平和に利用される。戦争は科学技術をなによりも発展させる。なにしろ負けるわけにはいかないのだから。国家にしろ企業にしろ、あたしたち科学者を利用するのなら、あたしたちもそいつらを利用してやればいい。自分のやりたい研究を完成させるためにね。それのどこが悪いの? そもそもその結果、人殺しの道具に使われようが、それは使った側の責任、そうでしょ? 今の時代、テロにダイナマイトが使われたからといって、ノーベルを非難する? 誰もしない。市民を銃殺する人殺しが現れれば、拳銃を発明した人を非難する? だから馬鹿馬鹿しいといったのよ」

「なんとでも好きにいえ。だが、俺は……」

「じゃあ、どうしてサイボーグなんて作ったの?」

「そりゃあ、事故で体を失ったり、そうしないと死ぬ人間のためだ」

「はん」

 麗狼院は鼻で笑った。

「嘘おっしゃい。だったら、どうして人間以上の力を出せるようにしたの? 試したかったんでしょう、自分の技術がどこまでやれるのか? 人間以上のものを作れるか? 大げさにいえば、神を超えられるのか?」

 真理は反論できなかった。体を失ったものに、人工の体を与えるが目的だというのなら、水貴までの技術でいい。それもスチーム筋肉抜きの。だが、真理はそれでは満足できず、水貴にはスチーム筋肉を入れ、さらにそれを越える人工筋肉を開発し、ひかりに与えた。

「とうぜん、そんなものを作れば、兵器利用されるという可能性は考えていたはず。だけどあなたはやめなかった。とうぜんよ。それが科学者なんだから」

「案外そうかもな。だが、現実に悪用されるのがわかっていれば、抵抗するのがあたりまえだろう?」

「悪用されるのがわかってるって、ずいぶんないわれようね。正直にいうと、あたしにもスポンサーの真意はわからない。でも、考えないことにしてるのよ。利害が一致している限りね。だいたい、深刻に考えすぎる必要はないわ。だって、街を破壊するなら、核を使った方が早いし、確実。人間だけを殺したいなら、毒ガスや細菌兵器がある。あなたの作ったサイボーグがいかに優秀といえど、その戦闘力はせいぜい戦闘機一機に匹敵するかどうかってところでしょう? いえ、現状を見る限り、そこまでない。たぶん戦車一台ぶんくらい。それすらもないかも。今さらそんなものが核ミサイルや生物化学兵器を凌駕するわけもない。なにを心配しているの?」

 麗狼院はほんとうに不思議そうな顔をした。

 実際、真理の考えは揺らいでいる。じつは真理自身、そういうことを突きつめて考えたことはなかった。あふれる才能を、よりすぐれたサイボーグを作ることにだけ費やし、その利用法を考えるのは、べつの人間がやればいい。どこかそういうふうに思っていたところがある。

 はっきりいえば、すぐれたサイボーグを作ることが目的で、その利用法などどうでもいい。今、兵器利用をどうこういっているのは、たんに麗狼院に使われたくないだけだ。

「ふん。つまり、俺もあんたも同じ穴の狢。大差ないってか? 案外そうかもしれないな。だとすれば、わかるはずだ。俺があんたに協力するはずもないって」

「あら、どうして?」

「俺のほうがすぐれているからだ。なにもかも。俺が得るものはなにもない」

「あら、そうでもないわよ。まず第一に、あなたにはかんたんに手に入らないものが手に入れられる」

「なんだそりゃ?」

「人間の脳よ」

 真理は言葉につまった。

 たしかにサイボーグを作る研究でもっともネックになるのはそれだ。脳だけは機械では作れない。だから水貴やひかりのように、サイボーグ手術をしなければ死んでしまう肉体が偶然手に入るのを待つしかない。しかし、それでは技術は進まない。

 もっとも、それがかんたんに手にはいるということは、麗狼院のスポンサーは犯罪組織だということだ。

「歯がゆいんでしょ? 実験体が次から次へと手に入らないことが。そうすれば、もっともっとすばらしいサイボーグを作り出せる。ちがう?」

 真理は答えなかった。

「それともうひとつ。あたしにあなたを超える技術がないというのは誤りよ。あなたにできないことがあたしにはできる」

「……そりゃあ、なんだ?」

「洗脳技術」

「洗脳?」

 たしかにそんなことを試みたことはない。興味もなかった。

「あたしのもともとの夢は、一からすべてを作り出すこと。でも、それは現状では不可能。思考する機械はどう考えてもできない。たぶん、あと百年は無理でしょう。だから、人間の脳を代用することを考えたのだけど、脳はあくまでもパーツ。あたしのコントロールを離れて、あたしの作った体を、脳が自分のものだと自己主張されたら困るの。だから、サイボーグ研究を始める際、機械と人間の脳の接続の研究と同時に、他人の脳を自由にコントロールする研究をしたの。とうぜんよね。あたしは神になりたいのだから」

「たしかに俺にはできない技術だ。しかしそんなものは必要ない」

「では、熱田水貴に雨神ひかり、彼女たちのボディは彼女たちのものなの?」

「そうだ」

「馬鹿馬鹿しい」

 麗狼院は天をあおいだ。

「あの子たちの体にはいくらの予算が積み込まれているの? なにより、そこに導入した技術は金では買えないものよ。それはあなたが一番よくわかっているはず。それをただでくれてやる? なにもない高校生の小娘に? あなた、正気なの?」

「じゃあ、なにか? 体を改造すると同時に、洗脳して、こちらのいうことには絶対服従するようにすべきだったとでもいう気か?」

「あたりまえじゃないの。それのどこが悪いの?」

「冗談じゃない。人間をロボットにする? そんなことはごめんだね」

「ロボットを人間にすることは平気でも?」

「なに?」

「あなただって、あたしと同じ過程をたどったはず。はじめは自分で考え、動くロボットを作りたかった。神のように『人間』を作りたかった。ちがう? それが無理だとわかって、サイボーグで妥協したのよ」

 そうだったかもしれない。そして挫折した。

「それはロボットを人間にすることに他ならない。同じことなのよ。人間をロボットにするのも、ロボットを人間にするのも」

「ぜんぜんちがうだろ!」

「じゃあ、どうして彼女たちをサイボーグなんかにしたの? それは人間をロボットにすることじゃないの? 脳さえ、心さえ残しておけば人間なの?」

「そうだ。心さえ残しておけば人間だろ? あんただって、その『心』を作り出せないからこそ、サイボーグに研究対象を移行したはずだ」

「そうかしら? あたしにとっては、『心』もロボットを作り上げるためのパーツ。内臓や筋肉と同じようにね。それを区別する意味がわからない。パーツは自分で作れなければ、外から調達するまで。あたしにとって、サイボーグを作り上げることは、人間をロボットにすることであり、ロボットを人間にすることでもある。そのふたつに意味の差などない」

 ちがいすぎた。基本的な考えが、自分とはちがいすぎる。

 だが、真理は彼女の理論に少なからず惹かれているのを感じた。

 ひょっとして、自分は倫理とか道徳とか、そういうものに縛られていたのかもしれない。

 その殻を破れば一皮剥ける。もっとべつの次元に立てる。そんな気がした。

「俺に……、悪魔に魂を売れってのか?」

「悪魔? そんなものは存在しない」

「ふっ、あんたは、神すら恐れないんだな」

「神? それは、あたしたちがなるの」

 麗狼院は笑った。その笑みは神とも悪魔ともつかないが、真理の心を惹きつける。

 この女は、俺を堕落させる悪魔なのか? それとも、俺をさらに高みに連れていこうとする神なのか?

「返事はきょうは聞かない。よく考えるのね。実験体を得られないまま、新たなサイボーグを作れず、嘆く不遇な科学者で終わるか? あるいはあたしとともに神を目指すか?」

 麗狼院はそういうと、警備の男に目配せした。

 その男は、真理を引き立てていく。たぶん、監禁場所にだろう。

 真理は悪魔の誘惑に打ち勝つ自身がなくなりつつあった。

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